§3 農業利用

 放射線の農業利用は,照射による優良品種の選抜育種,農林畜水産物の殺菌,保存,およびラジオアイソトープのトレーサー利用による施肥法,作物保護技術,飼養法等の改善に関する研究や農業土木,放射化分析による微量成分代謝や鉱害の調査等,広範囲にわたってすすめられている。
 トレーサー利用については,肥料,農薬などの標識化合物の合成研究がすすみ,これにより,肥料,農薬の効率測定に関する研究が行なわれ,施肥法の改善や農薬の使用効果の増大等に大きな成果が収められてきた。
 馬鈴薯が病源菌に感染すると,抵抗性品種の場合には,組織内に新抗菌性物質(リシチン)を生成し,病源菌に抵抗性を示すにいたるが,このリシチンの化学的性質,構造および生成過程がトレーサー利用により最近明らかにされた。また,畜産部門では,乳牛の成長や牛乳生産に関与する各種血液中の微量ホルモンの測定法が開発され,家畜育種面への利用に関する研究がすすめられている。
 農業土木の部門においても,ラジオアイソトープのトレーサー利用により水の流跡調査が実施され,かんがいの改善や地下水資源の調査等が有効に行なわれている。
 照射利用については,放射線育種の研究開発のセンターである放射線育種場をはじめ,農業技術研究所等で,植物の放射線照射による突然変異を利用した品種改良の研究がすすめられ,すでに,種子照射によって水稲では「レイメイ」,大豆では「ライデン」,「ライコウ」,小麦では「ゼンコウジムギ」等の新優良品種が育成されてきた。また,水稲に放射線を照射することにより,蛋白質含量の高い突然変異体が発見されて注目をあび,成分育種への放射線,照射の利用について研究が開始された。
 林業部門では,水質材料および木材構成分に対するビニール系化合物の放射線照射によるグラフト重合の研究が続行されており,新しい木材としてのプラモウッドの製造に多くの新しい資料が得られている。
 さらに,最近,魚類を用いて行なわれた胎児の生殖腺における放射線感受性の研究から,ニジマスのふ化直前の発眼卵に放射線を照射し,その後,普通に飼育すると,これらの照射群においては,生殖腺の成熟は極端に悪いが,魚体の成育はきわめてよく,非照射群に比して体重も倍近くになるという結果が得られ,魚類の人工養殖に対する新しい応用面が開発されるものとして,注目されている。
 放射化分析については,これを利用して,動植物における微量栄養成分,残留農薬,水質汚濁による農作物の被害等の研究がすすめられている。また,遠洋漁業で国際的な問題になっているサケ,マス等の系統群の識別のためにも放射化分析の利用が行なわれている。


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