§2 医学利用

 放射線の医学利用は,ラジオアイソトープや放射線発生装置等による悪性腫瘍などの放射線治療と,ラジオアイソトープによる疾病の診断,身体機能の検査等を行なう核医学と二つの分野に大別される。
 放射線治療については,従来から用いられてきたエックス線発生装置,ラジウム小線源に加えて,原子炉による人工ラジオアイソトープの生産により,多様な線源が用いられるようになり,舌がん,子宮頚がんなどの治療にラジウム針に代ってコパルト-60小線源などが使用され,また,その他のがん治療にコバルト-60大線源やセシウム-137大線源によるガンマ線照射装置が使用されてきた。とくに,がん治療は,現在のところ,外科療法と放射線治療が主流を占めているため,コバルト-60のガンマ線照射装置が大病院などにかなり普及している。
 しかし,最近では,国立がんセンターをはじめ,各地にがんセンターが設立され,これらの照射装置とともに,一層高いエネルギーの放射線を発生させるベータトロンやリニアックなどがおかれるようになり,これにともない,がん治療に関する高エネルギー放射線の調査研究が,科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研),国立がんセンター,国立病院,大学等で実施され,多くの成果を収めている。
 また,これとならんで,外科療法との併用やより少ない線量で放射線治療効果を高めるための酸素加圧法や増感剤の投与,あるいは患部以外の健康な身体部位に放射線損傷を与えないための防護剤の投与,および,これらの薬剤の開発等に関する研究がすすめられている。43年度には,新たに制がん剤として開発された抗生物質ブレオマイシンが照射されたがん細胞の回復機能を抑制する効果が認められ,放医研および厚生省関係機関で基礎から臨床応用にいたる広汎な総合的調査研究などが開始された。
 核医学の分野では,短寿命ラジオアイソトープや放射線医薬品等の国産化がすすめられ,また,長寿命親核種から短寿命娘核種を抽出して,利用する方法などが確立され,臓器機能をはじめ,代謝系,内分泌機能にいたる広汎な臨床領域を対象として調査研究が放医研をはじめ,国立病院大学,等ですすめられている。また,クリプトン-85,キセノン-133等の気体状核種による呼吸器系疾患の診断への利用も,その基礎的な調査研究が開始された。
 これらの調査研究がすすむにともない,各地の国立病院,大学附属病院等,主要病院にラジオアイソトープ診療施設が逐次整備され,在来の診断方法とならんで,これらの成果が実際の臨床面で活用され,診断技術の飛躍的な向上が期せられている。
 このような核医学の進展とともに,この分野で必要な各種の測定機器,ペーパー・クロマトグラム・スキャナー,薄層クラマトグラム・スキャナーあるいはシンチレーション・カメラなどの改良あるいは新たな開発が行なわれ,測定精度,解像力等の向上や自動化などがはかられている。なかでも,放医研では,物理,臨床両研究部門の協力のもとに,外国製品に比し,はるかに解像力のすぐれたシンチレーション・カメラの開発に成功し,注目されており,また,電子計算機の利用による測定データの解析に関する調査研究も実施され,このため,44年度中に電子計算機を整備することとし,43年度に建屋の建設に着手した。
 以上のほか,43年度にはわが国ではじめて,原子炉利用による脳腫瘍の熱中性子捕獲療法が試みられたが,これを機として,がん治療の分野で新たに中性子線利用が関心をもたれ,原子炉による熱中性子線のほか,サイクロトロンなど加速器による速中性子線によるがん治療が,きわめて重要な役割を果すものとみられている。
 このため,原子力委員会は,「サイクロトロンによる中性子線医用懇談会」を設けて検討することとし,44年5月,関係有識者の参加を得て,その第一回を開催した。
 速中性子線は,従来用いられてきたエックス線,ガンマ線などの電磁波では,効果が限定されていたがん細胞中の無酸素細胞に対しても,基礎実験において良好な成績が収められており,今後の研究開発の進展が期待される。


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