§4 米国原子力軍艦の寄港

1 概要

 米国原子力軍艦のわが国への寄港については,昭和39年10月に原子力潜水艦が佐世保港にはじめて寄港して以来,昭和44年4月まで通算29回(横須賀港13回,佐世保港16回)をかぞえている。このうち,昭和43年1月に佐世保港に寄港した原子力空母エンタープライズおよびフリゲート艦トラクストンのほかは,すべて原子力潜水艦である。
 これらの寄港にともなって,海水,海底土,海産生物について,寄港時および定期的に放射能調査を実施してきているが,昭和43年5月に佐世保港での平常と異なる測定値(異常値)が得られた経緯にかんがみ,放射能調査体制はさらに強化された。

2 ソードフィッシュ号に関する異常値について

(1)放射能測定結果
 原子力潜水艦ソードフィッシュ号は,昭和43年5月2日,佐世保港に入港し,5月11日出港した。
 この間,5月6日午前,モニタリングボートで測定を実施した結果,平常値の10~20倍の観測値が一時的かつ局所的に散在して記録された。
 その後,再三にわたって調査を実施したが,平常と変りはなかった。
 また,6日午後に採取した海水を分析した結果,鉄-59,コバルト-60など原子炉に特有な放射性核種は検出されなかった。
 なお,モニタリングポストおよびモニタリングポイントによる連続測定では,なんら平常と変りはなかった。

(2)原因の究明および今後の小策
 このため,政府は直ちに5名(のちに10名)の専門家にその原因の究明を依頼した。
 原因の究明にあたって,専門家検討会を再三にわたって開催するとともに,現地調査も行なった。また,この問題の調査のために来日した米側専門家3名を招いて事情聴取を行なったのち,専門家検討会は,5月27日「放射能以外によるものとする疑問はほとんど解消した。したがって,今回の異常測定値は放射能によるものと考えるのが妥当であり,その原因について種々検討したが,科学的にそれをソードフィッシュ号によるものと確認するには至らなかった」とする最終報告を科学技術庁長官に提出した。
 また,米側専門家は5月25日,「ソ号は,寄港中,放射性物質は一切放出しなかったことを確認した」との報告を駐日米国大使に行なった。
 以上のような専門家による原因の究明が行なわれたのち,5月29日,原子力委員会は「本件の原因を科学的に解明することができず,疑を残すに至ったことは甚だ遺憾であるが,原因の調査はこれをもつて打切らざるを得ない。しかし,このままでは国民の不安は解消されないので,今後,①寄港中は原子炉の一次冷却水が艦外に放出されないこと②一次冷却水以外のあらゆる系統からも放射性物質が排出されないこと③寄港中は米側でも環境モニタリングを行ない,必要に応じて測定結果をわが方に提示すること④わが国の放射能調査体制の整備強化をはかり今回の事例に対しても原因の解明に役立つようにすること」とする見解を述べた。
 政府はこの原子力委員会の見解にもとづき,上記①,②,③の事項について米国政府に対し申し入れを行なった。また,④の事項については放射能調査体制の整備強化をはかった。

3 放射能調査体制の整備強化

(1)原子力軍艦の本邦寄港に伴う放射能調査の整備方針
 政府は,原子力委員会の見解にもとづき「原子力軍艦の本邦寄港に伴う放射能調査の整備方針」を定めた。その概要は次のとおりである。①現地調査班を編成するとともに,調査指針の整備,測定要員の訓練を強化し,寄港中および定期調査について試料数,測定回数を増加する。②測定,試料採取,分析などが迅速に行なえる機器を増強するとともに,とくに異常現象を解析できる核種分析の機能を強化する。②解析の迅速化,専門家による検討等によって解析機能の強化をはかるとともに,放射能以外の要因による測定器への影響について試験研究を行なう。④現地との連絡を緊密にするとともに,資料作成などの迅速化および発表体制の改善などをはかる。

(2)測定分析機器等の増強
 この整備方針にもとづいて調査体制を強化するため,総額53,352千円を予備費から支出した。  このうち,おもな事項は,①試料数および測定回数の増加,②モニタリングポストを両市に各2基設置,③波高分析器を両市に各1台設置,④テレファックスを佐世保市,科学技術庁間に1台設置,⑤モニタリングボートの水中系測定装置を1台増加,などである。 (第10-2表)に,昭和39年以降の整備状況を示す。

(3)原子力軍艦放射能調査指針大綱
 科学技術庁原子力局は,9月5日,原子力軍艦寄港地周辺住民の安全を確保するための「原子力軍艦放射能調査指針大綱」を原子力委員会の議を経て定めた。
 このうち,おもな事項は,つぎのとおりである。
① 調査体制
 寄港時調査,非寄港時調査および定期調査の調査体制についてのべている。とくに寄港時調査については,科学技術庁からの派遣者,当該港湾の市当局および海上保安部の担当者等で現地に調査班を編成し,調査にあたる。科学技術庁長官が指名した調査班長は,調査を統轄し,とりまとめの任にあたり,調査結果のとりまとめは,科学技術庁が行なう。
 また,調査担当者があらゆる場合に完全な調査を行ないうるように,主要機器の操作を中心とした研修を毎年1回行なうとともに,模擬演習を行なう。
 なお,各分野の専門家をあらかじめ委嘱しておき,必要に応じて,結果の解析,評価および原因究明等について協力を受ける。
② 調査業務
 イ 定期調査
 原則として四半期ごとに,海上保安庁,水産庁および(財)日本分析化学研究所が共同して海水,海底土,海産生物を採取するとともに,他の関係機関と協力して分析,測定を行なう。
 ロ 非寄港時調査
 当該港湾市当局は,モニタリングポストを原則として1日1回巡回して監視し,モニタリングポイントを月に1回巡回してフィルムバッジやガラス線量計を交換する。
 当該港湾海上保安部は,原則として,毎月少なくとも1回以上,港湾内の放射能水準を観測する。
 ハ 寄港時調査当該港湾市当局は,原則として,3時間おきに1回巡回し,異常値が観測されていた場合は,海水を採取する。
 当該港滝海上保安部は,原則として,1日1回以上,港湾内の放射能水準を観測する。異常値を観測した場合には直ちに採水する。
 とくに,異常値が観測された場合,つぎの区分に従って措置する。
 平常値の3~50倍が数時間以内持続した場合には,モニタリングポストに常駐して測定値の変化に応じて海水を採取し,モニタリングボートの巡回回数を増加して測定を行ない,海水を採取する。
 また,異常値発生海域の海底土を採取して,分析,測定を行なう。
 平常値の3~50倍が数時間以上持続または平常値の50倍以上が数時間以内持続した場合には,前記の措置に加えて,港湾内の海産生物の放射能調査を実施する。
 平常値の50倍以上が数時間以上持続した場合には,前記の措置に加えて,周辺地区,漁具等の放射能調査を適宜実施するとともに,調査班長は一定海域の立入り制限等の措置をする。
③報告と発表寄港時においては,1日分の調査結果をまとめて,現地においても同時に調査班長から発表する。
 なお,異常値の場合にあっては,とった措置をつけくわえる。

4 日米会談覚書

 政府は,さきの5月29日の原子力委員会の見解のうち,①,②,③の事項について,直ちに米国政府に対して申し入れを行なった。これについて,10月22日,両国間で了解点に達し,日米会談覚書が作成され,次のことが明らかとなった。
① 寄港中は,通常,一次冷却水が放出されることはない。
② すべての放射性廃棄物の取扱いは,従来に引きつづき,今後とも厳重な 管理を行なう。
③ 引きつづき,海水および海底上の定期的分析を行ない,その結果を提供するとともに,艦上の放射線管理と近傍の環境モニタリングに責任を負う。
 この覚書の内容について,同日,原子力委員会は了承した。
 以上の経緯を経て,米国原子力軍艦の本邦への寄港が再開される運びとなった。

5 再開後の寄港

 ソ号事件に関連して,米国原子力軍艦の寄港が停止されていたが,昭和43年12月18日,原子力潜水艦プランジャー号の佐世保港寄港を皮切りに再開され,昭和44年1月13日に原子力潜水艦プランジャー号が横須賀港,同1月30日こ原子力潜水艦プランジャー号が佐世保港,同2月10日に原子力潜水艦ハドック号および同4月16日に原子力潜水艦フラッシャー号が横須賀港に寄港し,昭和44年4月までに5回の寄港をみている。
 寄港にともなう放射能調査結果は,いずれも原子力潜水艦からの放射能による異常数値を観測しなかった。
 しかしながら,昭和43年度の予備費をもって整備強化をはかつた放射線測定機器については,外部雑音の防止策を検討し,逐次改良を重ねる一方,観測音による解析を行なうため,モニタリングポストにテープレコーダを新設し,調査の万全を期しつつある。


目次へ          第11章 第1節へ