§1 概況

 わが国の原子力開発利用は,昭和36年に策定した「原子力開発利用長期計画」にもとづき着実にその成果をあげてきたが,最近における原子力発電の本格化,動力炉開発の進展,原子力船の建造,放射線利用の拡大等内外における原子力開発利用の進展に対処するため,原子力委員会は,42年4月13日,この長期計画を改訂し,今後のわが国における原子力開発利用のすすむべき方向と施策の大綱を明らかにした。42年度は,この新長期計画の初年度として,わが国の原子力開発利用は,新たな段階への第一歩を踏み出したのである。
 すなわち,42年度には,動力炉・核燃料開発事業団の発足をはじめとして原子力発電,核燃料,原子力第1船,放射線利用,核融合,安全対策,国際協力の各面において,それぞれ新情勢に即応した前進が示された。
 第一に,資源に乏しいわが国において,核燃料の安定供給と有効利用をはかり,原子力発電の有利性を最高限に発揮させ,さらには,わが国科学技術水準の向上と原子力産業基盤の確立をはかるため,原子力委員会は,さきに,高速増殖炉および新型転換炉をそれぞれ60年代の初期および50年代の前半に実用化することを目標として,その開発を「原子力特別研究開発計画(国のプロジェクト)」として推進する方針を決定した。42年度は,この方針にもとづき,開発体制の整備がすすめられ,原子燃料公社を解散し,その業務もひきついで,42年10月2日,動力炉・核燃料開発事業団(動燃事業団)が発足した。これにより,わが国がかつて経験したことのない大規模な研究開発計画が,関係各界の総力を結集して強力に推進されることとなった。
 第二に,急増する原子力発電に対処して,核燃料の低廉かつ安定な供給とその有効な利用をはかる観点から,原子力委員会は,上述のような動力炉の自主開発を強力に推進するとともに,核燃料資源の確保と国内における適切な核燃料サイクルの確立をはかるため,関係各界の協力のもとに核燃料懇談会を開催し,新長期計画に示した核燃料の基本的な考え方にもとづく一層具体的な施策の検討をすすめ,一貫した核燃料政策の確立につとめた。
 また,わが国の原子力発電が,当面,濃縮ウランを燃料とする軽水炉によって,その主流が占められる事情にかんがみ,政府は,さきに,原子力委員会の方針にもとづき,濃縮ウラン,プルトニウム等の特殊核物質の民有化の方針を決定し,民間による原子力産業の自主的な発展を期待することとしたが,42年度は,この民有化にともなって必要とされる措置に関し,その検討をすすめるとともに,濃縮ウラン入手のための日米原子力協力協定を改訂するなど原子力発電の推進に必要な施策の充実をはかった。
 第三に,原子力委員会は,原子力第1船の建造に関し,40年度にその着手を若干延期して,技術的,経済的諸問題の検討を行なった結果,42年3月,「原子力第1船開発基本計画」を改訂したが,42年度には,この新たな基本計画にもとづき,民間産業界の協力を得て,日本原子力船開発事業団(原船事業団)により原子力第1船の建造に関する業務がすすめられた。すなわち,42年11月,青森県むつ市に地元の了解を得て定係港を設置することとし,さらに,内閣総理大臣により原子炉設置の許可を受け,原子力第1船の建造は,定係港における付帯陸上施設を含め本格的に着手されるにいたった。
 第四に,放射線利用に関しては,医学,農業,工業等の各分野において,それぞれ着実な研究開発がすすめられ,42年度には,なかんずく,放射線化学とラジオアイソトープ工業利用の分野で,注目すべき成果がおさめられた。
 とくに,新たな利用分野として,食品照射に関し,原子力委員会は,食品照射専門部会の報告にもとづき,42年9月,これを原子力特定総合研究として実施することとし,「食品照射研究開発基本計画」を定め,これにより,関係各機関の協力のもとに研究開発の総合的な推進がはかられた。
 第五に,核融合に関し,制御された核融合の実現を明確な目的とする総合的な研究開発を順次計画的に推進するため,新長期計画に示した線に沿って,さらに具体的な方策の検討が核融合専門部会においてすすめられ,43年5月29日,その報告書が原子力委員会に提出された。原子力委員会は,この報告にもとづき,「核融合研究開発基本計画」を定め,核融合研究を原子力特定総合研究として,44年度から,大学および民間企業の協力のもとに,日本原子力研究所(原研)をはじめ関係各機関において実施することとした。
 第六に,原子力委員会は,本格的な原子力発電の進展および動力炉開発計画の具体化に対応して,今後における安全審査に資するため,43年2月から原子炉施設安全問題懇談会を開催し,軽水炉に関する安全基準,高速炉等に関する安全審査等について,その問題点およぴ解決の基本的方向に関し検討を開始した。
 一方,国内における核燃料加工事業の具体化にともない,政府は,その十分な安全性を確保するため,所要の法律改正を行ない,また,原子力委員会は,核燃料物質の加工施設および輸送容器の安全性について,加工施設等安全基準専門部会を設けて検討をすすめ,それぞれ審査指針を作成した。
 さらに,放射性廃棄物の海洋への処分に関し,事前に十分な調査研究を行なうこととし,新長期計画に示した原子力委員会の方針に従い,実験施設等の整備がすすめられた。
 以上のように,42年度は,原子力開発利用の各分野において,新長期計画に示された方針と施策の具体化が着実にすすめられ,わが国の原子力開発利用は,ようやく実用化,産業化へ向って,大きく前進がはかられたのである。
 なかんずく,原子力発電は,海外において急速な進展をみせ,その経済性の著しい向上とともに,在来火力発電と競争可能となりはじめ,将来のエネルギー供給の有力な担い手として期待されるにいたった。
 わが国における原子力発電は,すでに営業運転を行なっている茨城県東海村のコールダーホール改良型炉(ガス冷却炉)1基のほか,41年度に3基の軽水炉の建設が開始され,その規模は総計130万キロワットに達することとなった。さらに,43年3月および5月には,各1基の軽水炉の建設が許可され,建設の準備がすすめられているが,これらにつづいて,各電力会社においても,原子力発電所の建設計画が具体的に検討されている。
 この結果,42年度当初,原子力委員会が新長期計画において想定した50年度600万キロワット,60年度3,000万ないし4,000万キロワット,というわが国の原子力発電の長期見とおしは,とくに50年度までについてみても,すでに凌駕されようとするすう勢にあることがみられる。
 このようなすう勢に対処して,原子力発電をわが国において適切に推進して行くため,政府は,在来型導入炉の国産化,核燃料加工事業の育成等に必要な措置を講じるとともに,上述のごとく,原子力委員会の方針のもとに,動力炉開発の推進,国内における核燃料サイクルの確立につとめてきた。
 とくに,核燃料サイクルに関しては,動燃事業団における使用済燃料再処理工場の建設計画の具体化がすすめられているが,さらに,プルトニウム利用あるいはウラン濃縮等の研究開発に関する具体的な方策についても検討が行なわれ,原子力発電の実用化に対応する体制の整備がはかられつつある。
 これらの原子力発電に関する分野のほか,すでに述べたごとく,原子力船,放射線利用等の原子力開発利用の各分野においても,実用化を明確な目的とする研究開発がそれぞれ強力に推進されるようになった。
 原子力委員会は,これらの研究開発の一層効率的な推進をはかるため,新長期計画において,基礎研究の一層の重要性を指摘し,その充実をはかる方針を明らかにするとともに,国として重点的かつ組織的にすすめる必要がある研究開発課題については,「原子力特定総合研究」および「原子力特別研究開発計画(国のプロジェクト)」として,関係各界の協力を得て,その研究開発を推進することとした。
 国のプロジェクトとしては,高速増殖炉および新型転換炉の開発計画および原子力第1船の建造計画を指定し,動燃事業団および原船事業団を中心として研究開発体制の確立をはかり,また,特定総合研究についても,原子力委員会は,42年9月14日,「原子力特定総合研究のすすめ方について」を決定し,これにもとづき食品照射,核融合等の研究開発の実施がはかられることとなった。
 このような国内における研究開発の実施体制の整備とともに,自主的技術の開発をはかるうえにも,有効な国際協力を行なうことはきわめて重要であり,このため,42年度には,上述のごとく,日米原子力協力協定のほか,日英原子力協力協定についてもその改訂が行なわれ,相互主義の原則のもとに必要な研究協力が行なわれることとなった。このほか,カナダ,フランス等との間にも,情報の交換,技術の交流がすすめられた。
 他方,これらの研究開発等における国際的な協力とは別に,核兵器の不拡散に関する条約については,原子力開発利用の実用化,産業化がすすめられつつある今日,同条約がその促進に支障をもたらすことのないよう各界の強い関心が表明された。これに対し,原子力委員会は,原子力平和利用の推進をはかるうえに,同条約がいささかもこれを阻害することのないようその見解を明らかにし,政府は,この原子力委員会の見解にもとづき,同条約草案に対し,わが国の意見を反映させる努力を払った。
 以上述べたごとく,わが国の原子力開発利用は,すでに基礎的研究開発の段階から実用化,産業化の段階に移行しつつあり,総合的,長期的視野のもとに関係各界が協力して,これを推進することがより一層強く要請されるようになった。
 このような観点から,わが国における原子力開発利用を,なお一層強力に推進するため,その全般的な体制に関し,再検討を加える必要が認められ,また,42年4月,動力炉・核燃料開発事業団法案の国会審議の際にも,衆議院科学技術振興対策特別委員会において,  「政府は原子力対策の強力な推進を図るため,原子力委員会も含む各機関の権限,機能等を再検討し,抜本的な改革を図るべきである」との付帯決議がなされた経緯にもかんがみ,原子力委員会は,43年3月14日,原子力関係機関体制問題懇談会を開催することとし,3月29日,その第1回を開催し,原子力委員会,研究開発機関等のあり方について検討を開始した。
 わが国における原子力平和利用は,以上概観したごとく,42年度において,動力炉開発を中心として研究開発の新たな展開がはかられるとともに,実用段階にともなって,国内における原子力産業基盤の確立に必要な多くの具体的な問題も提起され,いまや,産業の発展と国民生活の向上にきわめて大きな影響を及ぼすことが明らかにされるにいたった。
 したがって,これをすすめるにあたっては,関係各界が一層の努力を傾注すべきことはもちろんであるが,ひろく国民一般の強力な支援がとくに要請されるのである。
 以下に,原子力委員会を中心とした42年度における原子力開発利用の進展を各分野について,述べることとする。


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