第4章 放射線の利用
§2 医学利用

 放射線の医学利用は,古くから基礎研究のみならず,実際の診断,治療面に広く用いられており,その普及率もきわめて高い。ことに,戦後のラジオアイソトープの利用では,常に他の分野を圧して高い利用率を示しており,40年度においても,(社)日本放射性同位元素協会(放同協)からのラジオアイソトープ出荷件数についてみても63%と最多数を占めている。
 近年におけるこの分野の主要な傾向は,ラジオアイソトープをトレーサーとして利用する核医学と,照射線源として利用する放射線治療との2つの分野にわけることができる。
 核医学は,当初,甲状腺疾患および血液疾患の研究を中心に発展してきたが,最近では,循環器系統に関する研究や各種臓器の機能検査がさかんに行なわれ,また深在性悪性腫瘍,代謝異常などの診断や研究もすすめられ,いまや全臨床領域を対象としようとしており,急速に普及しつつある。
 40年度には,従来測定技術の点で使用が困難であったトリチウム(三重水素)や炭素-14も,高性能の液体シンチレーション・カウンタ等の測定機器の開発によって,これらの核種で標識したアミノ酸等の化合物が代謝系の研究のような基礎医学面で広く利用されるようになり,これらの核種の使用量も倍加している状況である。また,テクネチウム-99mや水銀-197,よう素-131,その他の短寿命核種が甲状腺,肝臓,腎臓などの疾患や脳腫瘍の診断に利用されはじめ,40年度に急激に普及しており,これらの核種の国内における量産が期待されている。
 また,最近の医療用計測機器の発展もめざましく,解像力のすぐれたシンチスキャンナや検出器を固定したまま臓器の形態を描記し得るシンチレーション・カメラなども普及し,さらにこれらの機器の自動化,高級化にともないデータも,カラー描記,テープ記録,テレビジョンなどで分析され,また漸次,ディジタル化して,この方面への電子計算機の利用が注目されるようになった。
 科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研)は,わが国における放射線の医学的利用に関する研究の中枢機関として,実際に患者を収容する病院部を設置し,大学,国立病院等とも密接に連けいを保ちつつ,これらの核医学分野および放射線治療の研究を基礎的,臨床的に追究しているが,わが国で唯一の臨床的利用が可能なヒューマン・カウンタをもち,これにより微量トレーサ診断法や人体内天然ラジオアイソトープのカリウム-40の測定法などについても積極的に開発してきた。ヒューマン・カウンタは,40年度に,あらたに東京大学に1基が稼動し,京都大学などにその設置が計画されはじめ,核医学分野での利用が注目されている。また,放医研をはじめ,大学等で放射化分析の医学的研究が開始され,血液中の微量物質の分析等による疾病の診断に成果が期待されている。
 放射線治療は,炎症性疾患や機能失調による疾患,あるいは良性腫瘍などにも適用されるが,その大部分はがんなどの悪性腫瘍を対象としている。
 ラジオアイソトープの体内授与による治療は,甲状腺疾患や白血病,真性多血症,そのほか悪性腫瘍について研究されているが,技術的困難や治療効果ならびに経済的理由等の点で国際的にも停滞気味である。
 しかし,大線量外部照射による治療は,コバルト-60やセシウム-137のガンマ線照射装置が普及し,悪性腫瘍の治療などに顕著な成績を収めている。
 また,舌がん,子宮頸がんなどに対する小線源治療にはラジウム針のほか,コバルト管などが用いられ,技術的改良もすすめられている。最近の傾向としては,放射線治療と外科的治療との併用や放射線増感剤の授与などによってさらに悪性腫瘍の治療効果を高めるための研究がすすめられ,また,粒子加速装置による高エネルギー放射線の利用が注目されている。すでに,放医研のベータトロン(3100万電子ボルト)やリニアック(600万電子ボルト)をはじめ,国立がんセンター等主要病院にこれらの粒子加速装置が設置されており,悪性腫瘍の治療に効果をあげている。


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