第4章 放射線の利用
§1 工業利用

 工業面における放射線利用は,化学,電機,機械,鉄鋼,紙パルプなどの広範囲の分野に普及しているが・その用途は,厚さ計,液面計などの遠隔操作による連続計測および制御をはじめ,ラジオグラフィによる非破壊検査,トレーサによる各種工程の解析にいたるまで,多岐多様にわたっている。また,最近では,放射線化学の工業化のための研究開発もすすみ,すでに熱縮性ポリエチレンが商品化されているほか,工業化への最短距離にあるものがかなり多い。
 一方,放射線利用関係の機器も,最近,多重波高分析器,液体シンチレーション・カウンタなどの放射線測定器,電子流出力の大きい放射線化学用加速装置などの国産化が急速にすすみ,なかでも厚さ計,液面計などは圧倒的に国産品が普及し,その輸入は一部試験的に行なわれているにすぎない。このような面からも,放射線の工業利用は,今後いよいよ本格化するものと期待されている。
 40年度には,まず,民間企業や国立試験研究機関,大学などで,従来から継続して厚さ計などの放射線利用機器について,たとえば2つの異なった試料の厚さ測定や熱中性子吸収による厚さ測定など新しい測定技術の開発がすすめられている。また,各種の測定器についても,一層の測定精度の向上がはかられており, とくに最近は,粒子加速装置の普及とともに,高エネルギー放射線の測定技術の開発がすすみ,粒子加速装置の実用化に貢献している。
 また,ラジオアイソトープの国産がはじまり,原研ではラジオアイソトープ製造技術の開発をすすめている。さらに,ラジオアイソトープ製造ターゲットの純度検定のための放射化分析法が,原研を中心に国公立試験研究機関,大学等でも行なわれはじめた。
 放射化分析法は,このほか,摩耗試験などの製品の品質改良,および紡績工程での繊維挙動の解析,鉄鋼,その他金属生産工程での耐火物溶接状態または不純物混在状態の解析,あるいは化学工業での反応機構の解明に関し,工程管理の基礎資料を得るために,民間企業などで実際にもちいられ,顕著な成績を収めている。このほか,大学,国公立試験研究機関等においてもこれらの基礎研究が行なわれている。また,最近では, 排気ガスや水質汚だく,土壤,食品,人体中の水銀の追跡等,公害問題の解明にも,放射化分析が応用されはじめた。
 放射線化学については,37年度に設立された原研高崎研究所において,大学,国立試験研究機関などにおける研究をもとに,放射線化学の工業化試験およびそのために必要な基礎研究が行なわれてきた。
 原研高崎研究所では,すでに39年度に本格的中間規模試験にはいった繊維のグラフト重合につぎ,40年度は,エチレンの高重合およびトリオキサンの放射線重合の中間規模試験に成功し,いずれも特異性のある品質をもつた重合生成物生成の可能性が確認された。また,あらたに,40年4月からプラスチックの放射線改質について,中間規模および予備試験の実施に着手した。施設面では,300万電子ボルトの2号加速装置(コッククロフト・ワルトン型)の据付け,3号加速器(    )の加速装置建屋および研究棟の建設に着手し,また,コバルト-60線源の追加整備(10万キュリー,総計30万キュリー)を完了した。
 国立試験研究機関では,工業技術院の試験研究機関やその他の試験研究機関が,放射線化学の応用面における開発研究を行なってきた。名古屋工業技術試験所では41年度完成予定の3万5000キュリーのコバルト-60照射施設の建設をすすめるとともに,放射線高分子および低分子化学,放射線照射効果,粒子加速装置の改良・開発など広範囲の研究を行なっている。そのほか,東京工業試験所における放射線テロメリゼーション,大阪工業技術試験所における有機触媒を用いる高分子化学,繊維工業試験所における繊維のグラフト重合,資源技術試験所における石油化学反応への放射線照射効果,農林省林業試験場における木材の改質などの研究がすすめられた。
 また,理化学研究所(理研)では,古くからわが国におけるラジオアイソトープおよび放射線に関する研究開発を行なっており,わが国のこの分野における歴史を創成した伝統をもつているが,最近では760センチメートルのサイクロトロンを建設中であり,また,現有の65センチメートルのサイクロトロンによるラジオアイソトープの製造,濃縮方法に関する研究および標識化合物の合成法に関する研究を行なっている。また,このほか,従来から放射線化学や放射化分析あるいは放射線測定器の開発などに関する基礎研究を実施し,着実に成果を収めている。
 公立試験研究機関では,東京都立アイソトープ総合研究所,神奈川県工業試験所,大阪府立放射線中央研究所等が上述のような放射線工業利用の広範囲の分野で数多くの業績を収めており,この分野の研究開発促進に大きな寄与をしている。
 このほか,民間企業においても,発泡プラスチック,耐熱性ポリエチレンの研究をはじめ,ベンゼンと臭素の放射線化学反応によるベンゼンヘキサブロマイドの製造,アクリロニトリルの放射線固相重合反応,電線の被覆に用いるポリ塩化ビニールの特性改良などに関する研究が行なわれ,良好な成果を収めている。
 なお,40年度に原子力平和利用研究費補助金の交付を受けたものには,日本放射線高分子研究協会の重合反応機構,(株)東京原子力産業研究所の原子炉放射線利用によるエチレンの水素添加反応等の研究がある。


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