第1章 総論
§2 海外における動力炉開発の進展

 近年,諸外国においては,動力炉の開発が急速にすすみ,これにもとづき,原子力発電の実用化は驚異的な進展をみせ,その経済性および安全性に対してきわめて高い信頼が寄せられるにいたった。
 わが国の原子力開発利用は,その基本的な方向において,海外の動向と密接な関連をもってすすんでいる。以下,動力炉開発の動きを中心に,40年度の海外諸国における原子力開発の動向を概観してみよう。

(米   国)
 米国における軽水炉の開発は,とくにいちじるしい進展をみせ,その単基発電容量はますます大規模化する傾向にあり,その経済性は地域により十分在来火力と競争しうることとなり,米国の電気事業者は競って原子力発電所の建設計画を具体化することとなった。10年前には,商業発電を目的とする原子力発電所をもたなかった米国において,今日,すでに12州において16基の発電用原子炉が稼動し,7州において8基が建設中である。このような趨勢から,米国においては1970年代の初期には,全発電量の10%ないし15%が原子力発電になるものと予想されている。また,米国が1965年までに諸外国に提供した軽水炉は,15基に達している。米国ではこのような内外における原子力発電所建設計画の進展に対処して,すでに1964年に,原子力法が改正され,これらの軽水炉の燃料として用いる濃縮ウラン等の特殊核物質は,1973年までに民有化されることとなっている。これにより,企業の自由競争の原則に立脚して,原子力技術の改善進歩を促進し,将来における原子力発電の健全な発展をはかることが意図されている。
 さらに,この民有化の措置と同時に,1969年から民間および海外諸国がウラン濃縮を米国政府に委託し得ることとなった。このための基準案は,1965年10月に発表された。
 このような特殊核物質の民有化とウランの委託濃縮業務開始の措置にともなって,米国の産業界はその巨大な資本を背景として,原子炉の建設から燃料の供給,さらに使用済燃料の再処理にいたるまで一貫したサービスを供給する体制を確立する動きを示しており,これは,米国内はもとより,わが国を含めて諸外国に大きな影響を及ぼすことが予想されている。このような動きとともに米国政府は,1966年2月,濃縮ウランの外国に対する供給枠の増加を発表し,さらに,長期供給の用意があることを明らかにした。
 このようにして,技術的,経済的に原子力発電の有利性を実証しつつある軽水炉と,これを裏づけるための核燃料供給の保証とを通じて,米国は,国内的には原子力発電所建設の一層の推進をはかるとともに,対外的には,軽水炉による原子力国際市場の開拓へと大きく前進することとなった。
 米国では,このような軽水炉の実用化と併行して,その原子力技術に関する指導的地位をひきつづき維持するとともに,核燃料の有効利用をはかる観点から新型転換炉および高速増殖炉の開発を積極的にすすめている。
 新型転換炉については,従来,多種の炉型について,併行的に開発がすすめられてきたが,1965年にいたり,これらの研究開発の結果について検討が行なわれ,開発炉型を少数にしぼり,それぞれの研究内容を調整して新型転換炉の実用化に関する研究開発が促進されることとなった。すなわち,核燃料利用率の向上,トリウム資源の活用,発電コストの一層の低減等を目的として,高温ガス炉*,シードブランケット炉**,重水減速有機材冷却炉***および溶融塩炉****を対象に開発がすすめられることとなった。高温ガス炉については,電気出力4万キロワットのピーチボトム炉の完成をまって,電気出力33万キロワットの実用発電所が米国原子力委員会の援助のもとに建設されることとなっている。
 重水減速有機材冷却炉については,重水炉に関する経験が豊富なカナダとの協力によりその開発が行なわれ,目下原型炉*****の設計研究がすすめられている。シードブランケット炉は軽水炉技術に立脚して開発がすすめられているものであり,従来計画されていた大型炉の建設がとりやめとなったが,さらに長寿命燃料の開発を中心とした研究開発がすすめられることになった。溶融塩炉については,熱出力1万キロワットの実験炉******が完成し,現在各種の試験がすすめられている。このうちシードブランケット炉および溶融炉は将来,熱中性子増殖炉に発展させることが期待されている。
 高速増殖炉については,はやくから実験炉および臨界実験装置*******によって研究開発がすすめられている。現在,民間では,エンリコフェルミ原子力発電所を使用して,発電炉の運転経験を蓄積しつつ,照射試験の計画がすすめられているが,米国原子力委員会においては,燃料照射試験の重要性にかんがみ,新たに照射用大型実験炉として高速中性子束試験施設(FFTF)の建設が決定された。また,実験炉SEFORの建設計画が西ドイツと共同してすすめられている。これらの成果をもとに,米国では1969年に電気出力30万ないし40万キロワットの原型炉を建設することが検討されている。このように米国では,高速増殖炉の実用化を急いでいる。とくに,英国,ソ連等における高速増殖炉計画の進展に刺激され,米国の計画は一層強く促進される傾向にある。


* ガス冷却炉の冷却材の温度を高温にすることにより,熱効率の向上をはかり,経済性向上を目的とした原子炉。この場合,冷却材はヘリウムを使うのが普通であり,燃料には高濃縮ウランとトリウムを用い,U-233の転換率の向上をはかっている。
** 高濃縮ウランの種(シード)を中心に,トリウムのプランケットを配置したユニットを多数組合せた燃料を炉心とした原子炉で,減速材および冷却材として軽水が用いられる。この原子炉は,米国で軽水炉技術に立脚して開発されているものであり,トリウムをウラン-233に転換させるものである。この炉は転換率が,かなり高くなることが期待されている。
*** 重水減速炉の一種として開発されているもので,冷却材の圧力を低くしうるという利点などから,冷却材にターフエニルやポリフエニル等の有機物を用いた動力炉であり,燃料には天然ウランまたは微濃縮ウランを用いる。最近,米国において,発電と海水脱塩の2重目的をもつプラントとして建設が計画されている。
**** 主に,米国で開発されている原子炉で,ウランおよびトリウムの溶融塩を燃料として用い,減速材には黒鉛を用いるものである。この型の動力炉は,原理的には燃料の連続再処理が可能であり,また転換率がかなり高くなることが期待されている。
***** 特定の型式の動力炉を開発するにあたり,試作用として実用規模に近いものを製作し,その炉の経済性の検討,運転経験等を得るために使用される原子炉。
****** 開発の目標とする原子炉について,その炉の動的な特性などの基礎資料を得るために使用される小規模な原子炉。
******* 開発目的の原子炉について,中性子の挙動など炉物理に関する問題を臨界点近くで究明するための装置。

(英   国)
 英国においては,ウィルファ原子力発電所の発注をもって,第1次原子力発電計画にもとづく発注がすべて終了し,1964年に策定した第2次原子力発電計画が着手されることとなった。英国では,コールダーホール原子力発電所の建設以来,一貫してガス冷却炉の開発がすすめられてきたが,第2次原子力発電計画にもとづくダンジネスB原子力発電所の建設に際しては,米国における軽水炉実用化のいちじるしい進展にともない,軽水炉を自国で開発した改良型ガス冷却炉(AGR)とならべて炉型選定の対象とするにいたり,世界から注目されるところとなった。1965年5月,英国動力相は,同等の基準による比較検討の結果,AGRは技術的および経済的に有利であり,将来における発展の可能性も大きいとしてAGRの決定を発表した。
 このダンジネスB原子力発電所における入札の結果により,同年10月,英国動力相の発表した「燃料政策白書」において,AGRをもとにさきの第2次原子力発電計画を修正して,さらに300万キロワットを原子力発電規模に,追加し,1970年から1975年にいたる6年間におけるその建設規模を800万キロワットとすることが明らかにされた。


英国が天然ウラン黒鉛減速ガス冷却炉の技術を基礎として開発した動力炉。燃料には低濃縮ウラン,減速材には黒鉛,冷却材には炭酸ガスを用いる。この概念をさらに発展させると高温ガス炉になる。

 このような国内における原子力発電の推進とともに,英国ではさらに原子国際市場への進出が企てられ,AGRをはじめ自国で開発した動力炉を関係諸国に提供するための活動が積極的にすすめられている。
 こうして英国では,AGRを半ば実証炉とすることに成功しているが,このAGRの開発と併行して水冷却方式による動力炉の開発の必要も認められ,新型転換炉として蒸気発生重水炉(重水減速軽水冷却炉)の開発が行なわれ,現在電気出力10万キロワットの原型炉を1967年に運転開始することを目標として建設中である。
 高速増殖炉については,英国は,つとに,その研究開発に着手し,電気出力1万5000キロワットのドーンレイ実験炉において各種実験を実施し,この経験などをもとに,原型炉の建設について検討がすすめられていた。1966年2月にいたり,1971年に運転開始を行なうことを目標に,電気出力25万キロワットの原型炉の建設が決定された。この英国における原型炉建設計画は,各国の高速増殖炉の開発を強く刺激し,各国の開発計画がかなり促進されることとなった。

(フ ラ ン ス)
 フランスでは,1964年の第5次原子力開発計画にもとづき,自主的に開発した黒鉛減速炭酸ガス冷却炉(EDF型炉)による合計約250万キロワットの原子力発電所の建設がすすめられる一方,対外的にも,1972年運転開始を目ざして,スペインに両国の共同出資による原子力発電所の建設計画がすすめられており,このほかスイスなどを対象に国際的な進出がはかられている。また,フランスは自国に相当量のウラン資源を保有しているが,原子力の将来の発展に備えてウラン資源の枯渇に対処するため,カナダなどからウラン資源の入手をはかる努力が重ねられている。
 新型転換炉については,EDF炉の経験にもとづき,その技術を改良発展させ経済性を一層向上させる意図のもとに重水減速炭酸ガス冷却炉の開発がすすめられ,1967年運転開始を目標に,電気出力7万3000キロワットの原型炉EL-4の建設がすすめられている。
 高速増殖炉については,すでに実験炉ラプソディーの建設がすすめられており,1968年から1969年に原型炉の建設を開始することが計画されている。

(カ  ナ  ダ)
 カナダでは,豊富な国内ウラン資源を背景として,従来,独自の立場で重水減速重水冷却炉(CANDU)の開発がすすめられてきた。カナダは水力資源が豊かであり,原子力の開発はエネルギー需給の点からは,必ずしも急がれる事情にはないが,原子力産業の育成をはかる観点から原子力の開発に鋭意とりくんでいる。カナダでは,原子力産業の基盤強化をはかるとともに,対外的に重水炉市場の開拓が企図されており,すでにインドに対してCANDU炉が輸出されたが,さらに1965年5月,パキスタンとの間に電気出力13万キロワットのCANDU炉供給の契約が調印された。
 このCANDUの経験にもとづき,その経済性を向上させるとともに,CANDU型を改良した重水減速軽水冷却炉(CANDU-BLW)の開発が着手され,1971年に運転開始することを目標に電気出力25万キロワットの原型炉の建設計画がすすめられている。

(西 ド イ ツ)
 わが国と同じく原子力の開発利用におくれて着手した西ドイツにおいては,独自の原子力技術を早急に確立して,西ドイツを世界の主要原子力国にまで高め,将来,国際市場へ進出することが企図されており,科学研究省を中心に官民一体の努力が傾注されている。
 すなわち,米国からの導入技術によって,原子力発電所の建設計画がすすめられ,2号炉からは国内メーカーを主契約者とするなどの措置によって国産技術確立への努力がはらわれている。
 新型転換炉については,核燃料の有効利用,経済性の向上などをあわせ目標とし,各種の炉型について併行的に開発がすすめられている。すなわち,西ドイツ独自の構想によるペブルベツド型高温ガス炉の開発がすすめられるとともに,西ドイツのおかれた環境に即した動力炉として重水減速炭酸ガス冷却炉の開発も行なわれている。
 高速増殖炉についても,西ドイツでは,積極的にその開発がすすめられており,前述した米国SEFOR計画への参加とともに,1968年に電気出力20万ないし30万キロワットの原型炉を建設する計画がすすめられている。
 なお,西ドイツでは,動力炉開発の一環として,軽水冷却型の舶用炉の開発がすすめられている。この炉は,サバンナ号およびレーニン号につづく世界第3番目の原子力船としてすでに船体の建造が完了したオットーハーン号に搭載されることとなっている。

(ソ    連)
 ソ連では,1954年,世界ではじめて電気出力5000キロワットの黒鉛減速軽水冷却炉による原子力発電に成功し,また,原子力砕氷船レーニン号に用いた軽水炉の改良を行ない,これらの炉型による原子力発電所の建設がすすめられている。これらの原子力発電所の多くは,エネルギー資源の地域的偏在を解消するため,とくにシベリア地方に建設されている模様である。さらに,高速増殖炉に関しては,はやくから研究開発がすすめられてきた。最近,カスピ海沿岸に,海水脱塩を加えた2重目的の電気出力35万キロワットの高速増殖炉の建設がすすめられ,各国から注目されている。
 また,ソ連では,ドブナの国際合同原子核研究所における基礎研究をはじめ,動力炉開発の分野にいたるまで幅広い国際協力が主として東欧諸国との間にすすめられている。

(その他の諸国)
 以上の各国のほか,イタリアでは,各種の在来型炉が外国からの導入により建設され,その特性が比較検討されており,一方,新型転換炉として,重水減速軽水冷却炉(CIRENE)の開発がすすめられており,最近には,高速増殖炉の開発計画が検討されている。
 また,ベルギー,フランス,西ドイツ,イタリア,オランダおよびルクセンブルグの6カ国をもって構成される欧州原子力共同体(EURATOM=ユーラトム)においては,重水減速有機材冷却炉の開発がすすめられている。また,経済協力開発機構(OECD)の下部機構である欧州原子力機関(ENEA)においては,高温ガス炉のドラゴン計画およぴ重水減速重水冷却炉のハルデン計画がすすめられている。このほか,高速増殖炉の研究開発も地域内諸国の協力により,また米国との協力によりその促進をはかっている。このほか,ノルウェー,デンマーク,スウェーデン,スペインなどにおいても,それぞれ重水減速炉の開発が行なわれている。

(その他の事項)
 このような世界各国における原子力発電と動力炉開発の動きに対し,1965年度には核燃料に関連する動きがめだち,これに関連して核燃料賦存量の推定も行なわれた。すなわちENEAがその事業の一環として建設をすすめてきたユーロケミックの使用済燃料再処理施設は,ほぼ完成に近づいた。また米国では,二ュークリア・フュエル・サービス(NFS)社が民間企業としてはじめて使用済燃料の再処理施設の建設をすすめていたが,同社の再処理施設は,建設が完了し,本格的な運転が開始された。英国原子力公社では,第2次原子力発電計画にAGRが採用されたことにかんがみ,ケープンハーストのウラン濃縮施設を改造し,微濃縮ウランの安定的供給に備えることとなり,一方,ウインズケールにおいて濃縮ウラン燃料の再処理施設の建設が開始された。
 ENEAでは,原子力発電の進展にかんがみ,そのために必要な核燃料の需給関係を想定する目的で世界のウラン資源の推定を行ない,1965年にこれを発表した。これによると,イエローケーキ1ポンドあたり5ドルから10ドルまでのいわゆる安いウランの相当確度の高い賦存量は,約65万トンとされており,このほか値段の高いウランは,今後発見される可能性のあるウランを含め相当量あるとみこまれている。
 このように先進諸国においては,動力炉の開発を鋭意すすめるとともに,核燃料確保のための措置を講じ,さらに,動力炉の開発にあたっては,国際協力によりその促進をはかっていることが注目される。


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