第1章 総論
§1 概 況

 わが国が原子力開発利用に着手してから,10周年を迎えた昭和40年度は,この10年間における開発利用の経過を回顧して,このうえに新たな目標を確立し,その展望のもとに一層の進展をはかるべく検討がすすめられた。
 原子力開発利用は,すでにわが国においても広汎な分野にわたって着々と推進されているが,40年度は,その中心課題である原子力発電の分野において,発電所の建設計画が一層具体化され,また,将来の原子力発電のすすめ方について新たに各方面で検討が行なわれた。なかでも動力炉の開発について,海外における急速な進展にかんがみ,立遅れたわが国の動力炉開発を強力に推進する必要が認められ,開発の基本方針を確立するための検討がすすめられた。また,原子力船,放射線利用などの分野においても,今後における開発利用の方向についての検討がすすめられた。

(10年の回顧)
 先進諸国に10年余の遅れをもって出発したわが国の原子力開発利用は,当初から,その推進にあたって,或る程度実用段階に入った技術については,主として民間の研究開発および海外からの導入技術に期待し,他方,今後新たに開発さるべき大きな課題については,主として国が中心となってその研究開発を自主的にすすめることとし,このことは,36年に原子力委員会が策定した「原子力開発利用長期計画」(長期計画)においても明らかにされている。原子力委員会は,この方針のもとに,開発利用および研究開発を計画的に推進すべく努力をはらってきた。
 すなわち,日本原子力研究所(原研)および原子燃料公社(公社)を中心とする研究開発体制の確立につとめ,広汎な分野において基礎研究を含む研究開発の推進をはかり,研究開発および利用面に必要な施設の整備を促進するとともに,安全の確保をはかるため,関連法規の整備をはじめとする安全対策を確立し,いまやこの10年間をもつて一段階を画し,将来の発展を期待し得るにいたつた。
 このようにして,試験研究用の原子炉については,原研のJRR-1,JRR-2などを海外から購入する一方,国産1号炉(JRR-3)を建設したのをはじめ,くつかの研究用原子炉が国産技術により建設された。また,動力炉の開発については,原研の動力試験炉(JPDR)による試験研究をはじめ,核燃料加工技術あるいは炉材料および機器などの関連技術について研究開発がすすめられた。民間企業においても,これらの研究開発がすすめられるとともに,さらに海外からの技術導入によりその技術基盤の強化に努力がはらわれた。このような進展にともない,動力炉の燃料,材料の研究開発を一層強化するために原研における材料試験炉(JMTR)の建設が,39年度から開始されるにいたった。
 放射線の利用は,わが国ではすでに戦前から物理学および化学あるいは生物学等の基礎的な研究分野のほか,医療や工業の実際にも用いられてきたが,これらの経験をもととして,昭和25年のラジオアイソトープ輸入の開始以来,今日までに飛躍的にその利用分野を拡大し,工業,医学,農林水産業およびその他の科学研究などの広汎な分野にわたって多岐多様な利用がはかられており,これらの技術水準は諸外国に匹敵し得る水準に到達している。最近には,新たに放射線化学の工業化あるいは食品保存のための放射線照射等に関する研究開発が注目されている。原子力委員会は,このような放射線利用の各分野について科学技術庁放射線医学総合研究所(放医研)などの国立試験研究機関,原研高崎研究所,理化学研究所等における研究開発の促進をはかるとともに,ラジオアイソトープの生産,廃棄物処理についても必要な措置を講じてきた。
 原子力船の開発については,はやくからその検討が行なわれ,基礎的な調査研究がすすめられた。原子力委員会は,これらにもとづき,38年に原子力第1船開発基本計画を策定し,日本原子力船開発事業団(事業団)においでその具体的な推進がはかられている。
 原子力発電に関しては,将来におけるわが国のエネルギーの安定供給に重要な位置を占めることが明らかであり,原子力委員会は,その将来の発展に備えて,当面,海外で実証された動力炉を導入することとし,この考え方に従って日本原子力発電(株)(原電)が設立された。原電では,その1号炉として英国の天然ウラン黒鉛減速ガス冷却炉*(コールダーホール改良型)を導入し,東海発電所の建設がすすめられてきた。同炉は,約6年の建設期間をへて,ようやく営業発電が開始されようとしている。この東海炉の建設は,今後の動力炉の建設に関し貴重な経験を与えた。これにつづく原電2号炉は米国の濃縮ウランを用いる沸騰水型軽水炉**を選定し,41年4月から,福井県敦賀市の敷地にその建設工事が開始された。
 また,38年10月,わが国最初の原子力発電に成功したJPDRは,その・後,各種の試験研究および要員の養成訓練に活用され,41年3月末までに約4300万キロワット時が発電された。

(原子力発電の進展)
 原電の敦賀炉につづいて,かねてから東京,中部,関西の各電力会社においても原子力発電所の建設が検討されていたが,40年度には,東京,関西の両電力会社の計画がさらに具体化され,建設予定地の確保,炉型の選定を終り,41年の6月および7月に原子炉設置許可の申請が行なわれた。以上の3社以外の電力会社においても,原子力発電所建設計画が検討されつつある情勢にある。
 わが国におけるこれらの原子力発電所建設計画による発電規模は,原子力委員会が長期計画において示した前期(昭和36年から45年)100万キロワットの見通しに達する見込みであり,さらに後期(昭和46年から50年)700万ないし950万キロワットの見通しを超える趨勢である。


 英国において開発され,発電用として商業的に実用化された原子炉であり,燃料には天然ウラン,減速材には黒鉛,冷却材には炭酸ガスを用いている。まずフランスでも,同形式の炉が実用化されている。
** 加圧水型炉とともに,米国において開発された代表的な動力炉である。減速材および冷却材として用いられる軽水を炉心で沸騰させ,その高温蒸気によりタービンを回転させる型式の原子炉であり,燃料には低濃縮ウランを用いる。
なお,加圧水型炉は,高圧の一次冷却水が炉心で加熱され,熱交換器において二次冷却水を蒸気とし,これ蒸気によってタービンを回転させるものである。燃料には沸騰水型炉と同じ低濃縮ウランが用いられる。

 一方,通商産業大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会においては,わが国の総合エネルギー政策について原子力発電を含めて各種エネルギーの位置づけが審議され,産業界においても,長期の原子力発電の見通しについての検討が行なわれ,ともに,将来における原子力発電の役割が高く評価され,その規模も大きく想定されている。
 このように,わが国において原子力発電に対する積極的な気運が高まったのは,
 まず,最近のわが国における急増する電力需要に対処するため,重油専焼の大容量新鋭火力発電所の建設が陸続としてすすめられているが,これらの電力用重油も含めてほとんど海外に依存している石油消費量が急速に高まり,将来のエネルギーの安定供給を確保するうえから,重大な影響を及ぼすことが考えられ,エネルギー供給源の多様化をはかる必要が認められてきたこと,
 次に,海外における原子力発電をめぐる動向,とくに米国において軽水やの経済性と技術的信頼性とが実証され,さらに,濃縮ウランの入手についても当分不安のないことが明らかにされ,この軽水炉は,わが国においても十分経済性をもつことができ,しかも,近い将来には火力発電を凌ぐ低コストによって発電を行ない得る確信が深められ,電力企業の基盤を一層強化する見通しが得られたこと,などがあげられる。
 原子力委員会は,これら軽水炉など在来型導入炉*の国産化および改良については主として民間産業界における開発に期待し,国としては,原研におけるJPDRによる軽水炉燃料国産化研究の推進をはじめ,燃料加工技術および安全性に関し,試験研究の促進をはかることとしている。


 在来型炉とは,動力用原子炉として商業的に実用化されだ原子炉をいい,米国の軽水炉の沸騰水型炉および加圧水型炉ならびに英国およびフランスの天然ウラン黒鉛減速ガス冷却炉がある。
わが国における原子力発電所の建設は,当面これら在来型炉を輸入もしくは技術導入による国産により行なわれる。

 また,国内における使用済燃料再処理体制の早期確立をはかるため,公社における再処理工場の建設を促進している。
 さらに,核燃料の所有方式については,濃縮ウラン,プルトニウム,ウラン-233は現在も国有がつづけられているが,わが国の原子力発電が現実化しつつあるこの時期に,米国における特殊核物質民有化の措置が明らかにされたこともあり,原子力発電を推進するにあたって,濃縮ウラン,プルトニウム等も民間が自主的に所有運営することがより効果的であると判断して,これを民有化する方針を固め,必要な措置について検討をすすめている。

(動力炉開発の基本方針の検討)
 前述のごとく,わが国の原子力発電が長期にわたり軽水炉を中心としてすすめられたならば,濃縮ウラン燃料の所要量は,前述の産業界による長期見通しによれば,1985年(昭和60年)までに天然ウラン精鉱に換算して約10万トンを消費するものと推定され,さらに2000年(昭和75年)には,約30万トンに達するものとみこまれている。この量は,1965年(昭和40年)10月に,欧州原子力機関(ENEA)が集計した自由諸国の相当確度の高いウラン埋蔵量の推定値約65万トン(天然ウラン精鉱,1ポンドあたり5ないし10ドルの比較的安いもの)に対比しても,尨大なものであり,しかも,上述の消費量は核燃料問題を根本的に解決し得る高速増殖炉がかなりはやく出現したとして推定されたものである。
 海外においで濃縮ウランの対外的供給能力を有しているのは米国のみであり,わが国の原子力発電を軽水炉にのみ頼ってすすめることは,核燃料の安定供給をはかるうえに,またエネルギー政策の自主性を確保するうえに,必らずしも望ましいことではない。ウラン資源はもとより,エネルギー資源に乏しいわが国としては,1国のみにその供給を依存することなく,核燃料の供給源の多様化ならびにその有効利用をはかり得る動力炉を開発し,発電体系に組みいれることが,きわめて有意義である。


再処理とは,原子炉から取り出した使用済燃料に化学的な処理を行ない,未燃焼のウラン(減損ウラン)やあらたに生成されたプルトニウム-239等の燃料物質を抽出することであり,核燃料の有効利用をはかる観点から,早期に国内で再処理を実施することが望まれている。

 したがって,エネルギー政策の確立に資するうえから,さらに,わが国の科学技術水準の向上と産業基盤の強化をはかるうえからも,動力炉の開発を可能な限りみずからの手ですすめることがきわめて肝要である。
 原子力委員会は,このような観点から,新たに総合的見地からわが国の動力炉開発の基本方針を検討するため,39年度から,関係各界の協力を得て動力炉開発懇談会を開催し審議を行なった。この間, ワーキンググループにおける作業,動力炉開発調査団の海外調査等の報告を勘案し,41年3月にいたり,原子力委員会は,核燃料の安定供給とその効率的利用をはかり得る核燃料政策に立脚し新型転換炉および高速増殖炉**の開発を国のプロジェクトしてとりあげ,強力に推進することを骨子とした動力炉開発の基本方針をとりまとめた。このプロジェクトは, 10余年間にわたって千数百億円以上の経費を要するものとみこまれており,わが国ではかって経験のない大型プロジェクトであり,国をあげて強力に遂行すべきことが要請されている。
 高速増殖炉は,自己が消費する核燃料以上に新たな核燃料(プルトニウム)を生産,すなわち増殖する動力炉であるが,これが実用化されたときには,将来の核燃料問題を根本的に解決するという核燃料政策上重要な意義をもつている。しかし,その実用化には,なお,未解決の技術的問題が多く,諸外国においても15年ないし20年を要するものとみられている。このため,在来型炉に比しより有利な経済性をもち,さらに天然ウランの使用により核燃料利用の多様化をはかり得る新型転換炉の開発がきわめて大きな意義をもっているのである。しかも,このような新型転換炉は,プルトニウム転換比が高く,高速増殖炉が実用化されたときに必要となる多量のプルトニウムの供給にも適しており,かつ,高速増殖炉が経済性を獲得したとしてもなお相当期間にわたって併行して用い得る動力炉であり,さらに将来は,トリウム燃料を利用することによって,熱中性子増殖炉***への可能性をもっている。


 在来型炉よりも,転換率の向上,核燃料の有効利用,核燃料利用の多様化あるいは経済性の向上などを目指して,各国が開発をすすめている熱中性子炉。このうち,カナダの開発した重水減速重水冷却炉(CANDU)および英国の開発した改良型ガス冷却炉(AGR)は,すでに準在来型炉(セミプルーブン)とよばれるにいたっている。
** 原子炉で消費される以上の核分裂性物質を生産する(すなわち核分裂物質を増殖する)動力炉。ウラン238からのプルトニウムの生成を多くするためにウラン238の中性子吸収を増大させる必要がある,このためウラン238以外の中性子吸収を少なくする必要があるので,減速材を用いず,核分裂で発生した高速中性子により連鎖反応が行なわれる。冷却材としては,液体金属(ナトリウム,カリウムなど),スチームなどが用いられる。
***高速増殖炉に対して,高速中性子が減速され周囲の物質と熱的に平衡状態に達した熱中性子による核分裂連鎖反応を利用して核分裂性物質の増殖を行なう動力炉であり,この場合トリウムに中性子を吸収させウラン233を増殖させる方式のみが可能である。

 高速増殖炉および新型転換炉の開発は,海外においても,積極的に推進されており,動力炉開発の分野において立遅れているわが国としては,いまこそ,この立遅れを克服して,国情に即した動力炉の開発をすすめ,わが国原子力産業基盤の確立をはからなければならない。
 原子力委員会は,41年度に,上述の考え方にもとづく動力炉開発の基本方針を根幹として,原子力発電の長期見通しの修正などをとりこんで,36年の長期計画の改訂を行なう予定である。


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