第7章 国際協力
§2 国際条約

 「1960年の海上における人命の安全のための国際条約」,1962年の「原子力船運航者の責任に関する条約」,1963年の「原子力損害の民事責任に関するウィーン条約」等原子力の研究開発および利用にともなって生ずる多数国間の問題を解決するため,国際条約を採択する動きが進展している.しかし,これらの問題は,原子力という全く新しい分野に係るものであること,世界各国における原子力の利用および研究開発の進展の度合がまちまちであり,これらの問題を解決するための方法を各国に対して画一的に適用することが困難であること,問題によっては国際条約の実施がとくに緊急を要するものとは考えられていないこと等の事情があって,これらの国際条約は,未だ発効するにいたっていない.これらの国際条約の概要および採択後の動きは,次のとおりである.
 35年6月のロンドンにおける「海上における人命の安全のための国際会議」において採択された「1960年の海上における人命の安全のための国際条約」の中の原子力船に関する第8章は,原子力船(軍艦を除く.)の入港に際しては,その安全性の評価のため安全説明書を受入国政府に事前に提供すべきこと,原子力船は,入港前および港内において受入国の行なう特別の監督に服すべきこと等を規定している.
 この条約には,米国,英国,ソ連,フランス,西ドイツ,日本等を含めた40箇国が署名したが,ソ連等3箇国は,署名に際して原子力船に関する規定のうち上記の安全説明書の提出ならびに入港前および港内における特別の監督に関する指定について,留保を付した.この条約は,100万総トン以上の船舶を有する7箇国を含む15箇国が受諾した後12箇月を経過したときに発効することになっている.38年度末までに16箇国が受諾しているが,このうち100万総トン以上の船舶を有する国は未だ6箇国であるので,この条約は発効するにいたっていない.また,米国,英国等10箇国は,ソ連等3箇国の付した留保に反対の意志表示を行なっている.わが国は,38年4月,ソ連等3箇国の付した留保に反対する旨の意志表示を行なってこの条約を受諾した.
 37年5月のブラッセルにおける「1962年海洋法外交会議」において採択された「原子力船運航者の責任に関する条約」は,原子力船(軍艦を含む.)の運航者のみがその運航によって生じた原子力事故による損害について無過失責任を負い,その責任は15億フランに制限されるべきこと,運航者は運航許可国が定める内容の損害賠償措置を講ずべきこと,その裁判管轄は損害発生地国または運航許可国の裁判所に属すべきこと等を規定している.
 この条約の採択に際しては,米国,ソ連等10箇国は,反対の意志表示を行なった.現在までに署名を行なっているのは,ベルギー等11箇国である.なお,わが国は,未だ署名を行なっていない.この条約の効力は,原子力船保有国1箇国およびその他の国1箇国の受諾により生ずることとなっているが,未だ受諾した国はなく,従って効力を生ずるにいたっていない.この条約の採択に際して未解決のままに残された国際補償基金または相互保証制度の設置,国際裁判機関の設置,国際機関により運航される原子力船に対するこの条約の適用等の問題について検討を行なうため,第1回常設委員会が38年10月モナコにおいて開催された.同委員会には,わが国を含む12箇国の代表が出席し,前述の問題について討議したが,結論を得るにいたらなかった.
 38年4月のウィーンにおける外交会議において採択された「原子力損害の民事責任に関する条約」は,陸上における原子力施設の運営中に原子力事故が発生した場合はその運営者のみが無過失責任を負うこと,運営者の最小責任限度額は500万ドルとし,条約当事国がこれを下らない金額で各々自国における責任最低限度額を定めることができること,運営者は条約当事国が定める内容の損害賠償措置を講ずべきこと,条約の定める責任最低限度額と条約当事国の定めた損害賠償措置額との間に差額を生じた場合は,その差額については条約当事国の国家補償とすべきこと,裁判管轄は原則として事故発生地国に属すべきこと等を規定している.なお,この条約を現在までに署名した国は,ユーゴースラヴィア等5箇国であり,わが国は,未だ署名していない.
 この条約は,5箇国の受諾によって発効することとなっているが,未だ受諾した国はなく,発効するにいたっていない.この条約の採択に際して未解決のままに残された国際補償基金または相互保証制度の設置,裁判管轄権が2以上の条約当事国に競合する場合の管轄裁判所の決定,国際機関のこの条約への加入問題,少量の核物質に対するこの条約の適用の排除の問題等について検討を行なうため,第1回常設委員会が39年4月ウィーンにおいてわが国を含む15箇国の代表が参加して開催されたが,結論は得られなかった.
 放射性廃棄物の海洋投棄の問題については,国際条約の制定にいたらず,国際原子力機関の勧告という形式をとることとなった.すなわち,33年ジェネーブで開催された国連海洋法会議においていずれかの国際機関が本問題についての基準および規則を作成すべきであるとの勧告が行なわれたことを受けて,国際原子力機関は,科学者のパネルおよび法律家のパネルを開催し,38年1月報告書を作成した.この報告書は,各国の意見が求められた後,近く同機関理事会に提出され,同機関の勧告として採択される見込みである.
 法律家パネルが,当初国際条約を作成する目的で会議を重ねながら,なおこのような勧告の形式にせざるをえない主な理由は,本問題については,なお科学的に検討しなければならない面が残されていることおよび国際条約とする場合には非加盟国に対しては何らの拘束力をも持ちえないことにあり,国際原子力機関理事会の勧告として,同機関加盟国に対する道義的拘束力を持たせようとするものである.


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