第8章 国際協力

§2 国際条約の制定

 各国が原子力の利用および研究開発をすすめて行くに際しては,1国だけでは,解決しえない問題が生じてくる。た とえば,原子力船の出入港に際しての安全の確保および災害が生じたときの損害賠償の問題,陸上における原子力 施設等から生ずる各国間にまたがる災害による損害賠償の問題,放射性廃棄物の海洋投棄にともなう問題等がそれ である。これらの問題を解決するためには,それぞれの問題に関して,国際条約等を制定することが必要であり,わ が国もこれらの討議に積極的に参加している。
 原子力船の出入港に際しての安全の確保の問題については,35年ロンドンにおいて開催された「海上における人命の安全のための国際会議」の結果採択された「1960年の海上における人命の安全のための国際条約」の中に,原子力船に関する1章が設けられた。この条約は,原子力船(軍艦を除く)の入港に際しては,安全説明書をその安全性の評価のため,受入国政府に事前に提供すべきこと,原子力船は,入港前および港内において受入国政府の行なう特別の監督に服すべきこと等を規定している。
 この条約には,米国,英国,ソ連,フランス,西ドイツ,日本等を含めた40箇国が署名したが,ソ連等3箇国は,署名に際して,原子力船に関する規定のうち,上記の安全説明書の提出,ならびに入港前および港内における特別の監督に関する規定について留保を付した。
 この条約の効力は,100万総トン以上の船舶を有する7箇国を含む15箇国が受諾した後,12箇月を経過した時に生ずることとなっているが,37年度末までに,10箇国が受諾した。また,米国,英国等10箇国は,ソ連等3箇国の付した留保に反対の意志表示を行なっている。わが国は,38年4月ソ連等3箇国の付した留保に反対の意志表示をして受諾した。
 原子力船の就航によって生ずる事故による損害賠償の問題については,37年5月ブラッセルにおいて開催された「1962年海事法外交会議」において,「原子力船運航者の責任に関する条約」が採択された。この条約は,原子力船(軍艦を含む)の運航者が,その運航によって生じた原子力事故による損害について無過失責任を負い,運航者以外の者は責任を負わず,また,その責任は15億フランに制限されるべきこと,運航者は運航許可国が定める内容の損害賠償措置を講ずべきこと,その裁判管轄は損害発生地国または運航許可国の裁判所に属すべきこと等を規定している。この条約の採択に際しては,米国,ソ連等10箇国は,反対の意志表示をしており,現在までに署名を行なっているのは,ベルギー等11箇国である。
 この条約の効力は,原子力船保有国1箇国およびその他の国1箇国の受諾により生ずることとなっているが,未だ受諾した国はなく従って効力を生ずるにいたっていない。
 原子力船に関するこれら2条約が,比較的早期に制定されたのは,米国の原子力商船サバンナ号およびソ連の原子力砕氷船レーニン号の就航に間に合わせようとした考慮が働いたものである。しかし,「1962年の海上における人命の安全のための国際条約」に対するソ連の留保,「原子力船運航者の責任に関する条約」に対する米国およびソ連の採択に際しての反対により,実際には,当分の間,米国およびソ連と受入国との間の2国間協定を結ぶことが必要となろう。
 陸上における原子力施設,核物質の輸送等から生ずる事故による損害賠償については,現在そのための国際条約を制定する準備がすすめられている。すなわち,国際原子力機関は,ウィーンにおいて,わが国を含む14箇国の参加のもとに,36年5月に第1回政府間委員会を,37年10月に第2回政府間委員会を開催し,原子力損害の民事責任に関する国際的最低基準に関する条約案について討議してきた。
 この条約案は,38年4月ウィーンで開催された外交会議で,さらに,検討を行なったのち正式に採択された。この条約案においては,「原子力船運航者の責任に関する条約」の場合と異なり,責任限度,損害賠償措置等について,条約で画一的な基準を設けることを避け,できうるかぎり,締約国が,自主的に定めるところに委ねることとし,締約国が,国内立法を行なう際の最低限度の基準を定めるにとどまっている。
 放射性廃棄物の海洋投棄の問題については,33年に,国連海洋法会議において何らかの国際機関がこれについての基準および規則を作成すべきであると要請されたことを受けて,国際原子力機関が作業をすすめてきた。
 すなわち,国際原子力機関では,33年以来,4回にわたり,科学者のパネルを開催し,その報告書(パネルの議長の名をとってブリニルソン報告と呼ばれる。)が作成されたが,さらに,これを国際条約の形にするため,36年から38年1月まで,法律家のパネルが4回開催された。
 このパネルにおける討議の結果は,近く国際原子力機関理事会に,国際原子力機関の勧告案として,同機関事務局から提出される見込みである。
 この法律家パネルは,当初国際条約を作成する目的で,4回の会合を重ねながらも,なお,かかる勧告案の形式にせざるをえない主な理由は,科学的に検討されなければならぬ面が残されていることおよび条約とした場合には非加盟国には何ら拘束力を持ちえないこととなることであり,国際原子力機関理事会の勧告として,国際原子力機関加盟国に道義的拘束力を持たせようとするものである。


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