第9章 国際協力

§2 国際条約制定への動き

 原子力の利用開発を進めていくにともなって,一国だけでは解決することが不可能で,どうしても国際的な協力ないし調整を行なうことが必要な問題が出てくる。たとえば,放射性廃棄物の海洋投棄の問題,原子力船の入港に際しての問題,原子力災害にともなう損害賠償責任の問題などである。これらの問題を解決するための国際条約を制定しようとする動きが,原子力開発の進展と併行して起って来たのは当然のことである。
 これらの諸問題の中で,最も早く条約化されたのは,原子力船の入港に関するもので,35年6月ロンドンで署名されたl96O年海上人命安全条約は,原子力船のために特に一章を設けて,外国航路に就航する原子力船は必ず安全評価書を作成し,これを受入国による人港前の審査のために提出すべきこと,原子力船は入港に当っては,受入国の行なう特別の監督に服すべきこと等を規定した。この条約には,わが国を含めて40ヵ国が署名したが,条約が効力を発生するのは,100万総屯以上の船舶所有国7ヵ国を含む15ヵ国が批准した日から12ヵ月後となっている。36年度末までに批准を了したのはフランス,ノルウェーなど4ヵ国である。
 また,36年4月ブラッセルで開催された1961年海事法外交会議は,原子力船運行者の責任に関する条約案を討議した。この条約案は,原子力船の就航にともなって発生する事故に関して,運航者の無過失責任,責任の集中,責任の制限,必要な補償を確保するために講じておくべき措置,裁判管轄等について規定しようとするもので,会議には53ヵ国の代表が参集したが,予定された会期中に条約を採択するにいたらなかった。このため会議はベルギー代表を議長とする14ヵ国(わが国を含む)からなる常設委員会を設置し,本会議で討議されるにいたらなかった点を検討することとした。常設委員会は36年10月ウイーンで開催された。本会議及び常設委員会での討議に基づく条約案は,37年5月ブラッセルで開かれる1962年海事法外交会議において,さらに,審議の上正式に条約として採択される予定である。
 原子力船に関するこれらの条約の制定が比較的早くなったのは,国際航海に従事する原子力第一船たるサヴアンナ号の就航に間に合わせようという考慮が働いたためとみられているが,実際には,サヴアンナ号は37年3月に運転を開始したので,しばらくの間はサヴアンナ号の受入れは,二国間協定で行なわれることになろう。
 原子力船と並んで,陸上の原子力施設や核物質の輸送から発生した事故の責任について規定する国際条約についても準備が進められている,すなわち国際原子力機関は,36年5月ウィーンでこの条約案を討議するための14ヵ国(わが国を含む)からなる政府間委員会を招集した。
 会議は,国際原子力機関が専門家のパネルに依頼して作成した案文につき討議を行なったが,参加国間で意見の分れる点も多く早急に結論を出すのは問題があるとみられたので,今後の予定としては37年秋に今一度政府間委員会を開き意見の調整を行った上,38年に条約採択のために外交会議を開くことになっている。陸上炉の場合は,原子力船の場合と異なり,責任限度,損害賠償措置等について条約で画一的な基準を設けることは避け,できるだけ締約国が自主的に定めるところに委ね,条約は締約国が立法を行なう際の最低限度の基準を定めるに止っているのが特徴といえよう。また,放射性廃棄物の海洋投棄に関しては,1958年の国連海洋会議が,適当な国際機関が,この問題についての基準と規則を作成すべきことを決議した。これをうけて,国際原子力機関では,33年10月から4回にわたって9名の科学者からなるパネルを開催し,廃棄物の種類,性質,許容レベル,モニタリングの方法,封入容器の構造等につついて討議した。討議の結果は,パネル議長の名前をとってブリニルソン報告と呼ばれる報告書にまとめられ,35年2月国際原子力機関事務局長に提出された。国際原子力機関では,この報告を基礎として,この問題に関して規制する国際条約草案を起草するために,36年1月法律家パネルを招集した。法律家パネルは,その後37年3月に第2回が開かれ,更に,今後幾度かの会合を重ねて放射性廃棄物の海洋処分問題に関する統一的な国際条約草案を作成することになっている。世界的な水産国であると同時に,国土狭隘で将来増大する放射性廃棄物の処理に際して海洋投棄を考慮せざるをえない立場にあるわが国としては,この条約の成行には重大な関心を持つ次第である。


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