第1章 総論

§1 世界の動き

 かつての,世界的原子力平和利用ブームが去って,世界各国とも,従来の野心的原子力発電開発計画を繰り延べ,スローダウンの時代に入ったといわれてから,すでに2年以上を経た。しかし,この間にも,世界の主要各国が原子力平和利用に投入した経費は着実に増加しており,開発の努力は依然として強力に続けられていることを認識する必要がある。
 世界のエネルギー供給構造の大巾な変化によって,ここ当分の間は石油の時代が続くわけであろうが,長期的にみた場合,いずれ原子力が世界のエネルギー供給源の一つとして,重要な役割りを果すことは明らかである。しかし,原子力が本当に実用的なエネルギー源となるためには,その前に解決しておかなければならない数多くの問題がある。安全性と経済性の両者を満足するような原子炉技術の開発は勿論のこと,燃料サイクルの確立,放射性廃棄物処理問題の解決,災害補償制度のような原子力独特の法体系の確立,あるいはさらに広く,社会制度全般に対する原子力の適合といった問題を解決するためには,かなりの時日と,世界的規模における国際間の協力が必要である。したがって考えようによっては,急激な開発によって生じた全体的な不均衡を調整するとともに,原子力発電を地道に研究し地ならしをして行く時間的余裕を与えたということで,ここ数年の動きは大きな意味があるわけである。
 過去1年間における世界の動きとして,特に注目されるのは,まず第1に,実用規模原子力発電所が,米,英などで運転経験を次第に蓄積し,今後の原子力発電技術の開発に重要な資料を提供しつつあることである。
 米国では,ドレスデン(電気出力18万5,000kW)およびヤンキー(電気出力14万1,000kW)の両原子力発電所が,1年以上にわたる運転実績(37年3月までの累計発電量,ドレスデン約11億kW時,ヤンキー約12億kW時)をあげ,シッピングポート原子力発電所(電気出力6万kW)の数年間にわたる運転経験(37年3月までの累計発電量約11億kW時)にさらに貴重なデータを追加した。たとえば,ヤンキー原子力発電所は,36年1月全出力運転に入ってから,順調な運転を続け,これによって実用規模原子力発電所の信頼度を示すとともに,原子力発電コストの推定についても,現在の炉心について3円96銭〜4円68銭(11〜13ミル)/kWh,将来の炉心については3円60銭(10ミル)/kWhという在来火力発電コストにかなり近いものが得られた。これは米国原子力委員会(AEC)の各種の助政策を前提としたものではあるが,一応米国でもエネルギー・コストの高い地域においては,近い将来において原子力発電が在来火力発電と競合し得ることを実証したわけで,この点,原子力発電推進の上できわめて勇気を与える成果であった。
 英国においても,ブラッドウエル(電気出力30万kW)およびバークレイ(電気出力27万4,000kW)の両原子力発電所が運転を開始し,コールダーホールおよびチャペルクロス(各電気出力15万2,OOOkW)の両原子力発電所の数年間にわたる運転経験に新たな資料を提供しようとしている。
 こうした実績に裏付けられて,英国ではオールドベリー (電気出力55万kW)およびウィルファ(電気出力80万kW)の両原子力発電所が,それぞれ第8番目および第9番目の実用規模原子力発電所として発注され,建設費も当初のkW当り約16万円が約10万円にまで切り下げられている。米国でも,ホデガベイ(電気出力31万3,000kW)原子力発電所が計画され,運転条件によっては,在来火力発電に匹敵する発電コストが見込まれ,話題を呼んだ。
 ひるがえって,天然ウランガス冷却型および軽水型に続くさらに高能率な原子炉の開発については,当初の予想よりも技術上の困難が多く,このため,先進諸国の新型原子炉に対する異常なまでの開発努力にもかかわらず,まだどの型式の原子炉が次の時代に支配的になるかを見極めるまでにいたっていない。
 たとえば,英国がマグノックス型原子力発電所に続くものとして,ウインズケールにおける原型炉(電気出力2万8,000kW)を中心に進めてきた高級ガス冷却炉(AGR)の開発は,ベリリウム被覆の技術上の難点が克服されず,ついに英国原子力公社はベリリウム被覆の考え方を一時放棄することに決定した。これによって,ステンレス鋼被覆の使用と,燃料濃縮度の上昇を余儀なくされるため,この型の原子力炉には多少の批判が出ている。
 AGRより更に進んだ型として,高温ガス冷却炉がある。これは欧州原子力機構(ENEA)の協同研究のーつのドラゴン計画として取り上げられ,また米国においても,同様の高温ガス冷却炉(HTGR)が,ゼネラル・アトミック社と53電力事業者との協力により,ピーチボトム原子力発電所(電気出力4万kW)として開発されつつある。しかし,この型の原子力炉についても,種々の事情で開発が必ずしも予定通りには進捗していないようである。
 将来の原子力発電の本命として古くから考えられてきた高速増殖炉については,米国のエンリコ・フエルミ原子力発電所(電気出力設計当初9万4,OOOkW,変更後6万kW)が,数次にわたる設計変更と構造材の取り換えとのためいまだに稼動せず,増殖実験炉(EBR-2)もストライキその他の事情で建設が遅れている。英国のドウンレイにある高速増殖炉(熱出力6万kW)は,熱出力約1万kWで比較的順調な試験運転を行なったが,まだ本格的な運転経験の蓄積にはほど遠いものがある。
 このほか,熱中性子増殖炉として注目されに水均質炉は米国において放棄され,ナトリウム冷却炉(SGR)・有機材減速炉(OMR)も当初の予定からかなり遅れ,近く中規模発電所が米国で運転を開始する。注目に値する新型炉としては,カナダで開発されている重水炉がある程度である。もともと,新型炉の開発には相当の根気が必要であることは当然であり,今後ともなお,かなり長時間にわたる研究開発の努力がなされなければならないであろう。
 つぎに目だつ動きは,各国の燃料政策に大きな変化がもたらされたことである。核兵器保有国における原子爆弾,水素爆弾の貯蔵量の飽和と,技術改良による爆弾1発当りの濃縮核燃料所要量の減少から,もはや軍事用のウランあるいはプルトニウムの需要増加はほとんど期待できず,一方原子力発電向けの燃料需要も,原子力発電の伸びなやみからそれほど期待できない。
 このため,世界最大の核燃料需要国であった米国は,ウラン精鉱の輸入を大巾に切り下げるとともに,拡散工場の一部操業中止,原料価格低下と濃縮効率向上とによる2回にわたる濃縮ウランの値下げを実施し(36年7月および37年7月),また,プルトニウムの政府買上げ政策の中止,濃縮核燃料の国有から民有への転換といった新しい政策を検討しつつある,海外からの希望による天然ウランの委託濃縮さえ,将来の可能性として考えられている。
 このような情勢によって,天然核燃料はもちろん,濃縮核燃料の供給不安も世界的におおむね解消し,価格の低下とともに原子力発電推進の刺激となったが,他方,プルトニウム買上保証が停止されれば,原子力発電コトスの不確定性を増すこととなり,この点からもプルトニウム平和利用技術開発の必要性を認識させた。従来,米国ハンフオードのプルトニウム再循環試験炉(PRTR熱出力7万kW)を中心として進められてきたプルトニウムの熱中性子炉への利用技術開発の重要性が再確認されるとともに,世界各国でのこの分野における研究が活発化してきた。
 こうした四囲の情勢は,従来にも増して原子力開発の推進における政府の役割りの強化を必要としている。米国においては,37年3月ケネディ大統領からシーボルグ原子力委員長に書簡が寄せられ,原子力平和利用推進方策の再検討と,新しい助成方策の確立が要求された。西独においては,実用規模原子力発電所の導入が,民間ベースでははかばかしく行なわれないため政府が大巾な援助を行なうことが提案された。またイタリーでは,従来から原子力発電には,相当程度国家資金が投入されていたが,さらにこれが電力事業の国営移管によって徹底されることになった。
 原子炉の安全性については,米国アイダホの定置用低出力炉(SL-1)事故以来,世界的に再検討され,国際原子力機関(IAEA)によるシンポジウムなども開催された。特に立地条件については,米国AECが過去3年にわたってその基準化を検討した結果,37年5月,ついにこれがAEC規則として実施された。この規則は,距離によって安全性を確保しようというのが考え方の基本となっており,米国にくらべ人口密度の高い国ではこうした考え方をそのまま採用することはできないが,原子力技術における米国の指導的地位から考えて,他の国々に対して大きな影響を与えるであろう。
 原子力船については,ソ連の砕氷船レーニン号(排水量1万6,000トン)が,過去2年半にわたって順調な運航実績を示した。米国のサバンナ号(排水量2万1,850トン)も,当初計画よりかなり遅れたが61年12月に臨界に達し,62年3月には全出力の80%で19〜20ノットの試験運転に成功した。英国では,65,000トン油送船建造計画を放棄して,舶用炉の開発に重点が移ったが,西独およびイタリーでは,ユーラトムの援助により原子力船設計研究が盛んに行なわれており,原子力艦艇の著しい技術上の進歩を背景に今後の発展が期待される。
 国際協力の面では,主として核燃料物質需給の仲介機関的役割りを期待されたIAEAが,ウランの生産過剰など客観情勢の変化に応じて,当初期待された役割りよりむしろシンポジウムの開催や技術援助などに活動の重点を移してきた。また,国際間の共同研究が活発化し,IAEAとノルウエーとの間のゼロ出力炉(NORA)計画,ユーラトム―米国共同研究,ユートラム域内の共同研究,欧州原子力機関(ENEA)によるドラゴン,ハルデン,ユーロケミック3計画,米英両国間の高温ガス冷却炉交流計画などが着々と成果を上げつつある。共同研究をさらに一歩進めて,実用規模原子力発電所の建設をユーラトム域内で共同して促進しようとする「発電炉建設参加計画」も新しい試みとして注目される。
 放射線利用関係では,英国の民間企業数社に放射線殺菌工場の許可が与えられ,医療用具の大量線源による殺菌が行なわれ,また,米国では陸軍食糧研究所による食料の放射線殺菌が実用化し,オーストラリアでも羊毛の放射線殺菌が試みられるなど新しい動きが見られた。また,米国におけるアイソトープ生産の一部民間移譲や,ハンフオード工場に貯蔵された核分裂生成物からの100万キュリーにおよぶ有効アイソトープの分離利用も注目される。
 原子爆弾の平和利用と銘打って開始された米国のノーム計画は,地中から蒸気を取り出して発電するという当初の構想には失敗したものの,新しい試みとして注目され,また,宇宙動力としての原子力開発あるいは磁気流体方式による数100kWの直接発電の成功なども,やや間接的ではあるが興味のある動きである。
 最後に,36年9月のソ連による核爆発実験の再開と37年4月の米国による同様の核実験再開とは,ここ数年間の核爆発実験休止によって次第に減少してきた地球上の放射能を急増させる結果となり,各国ともその対策に苦慮している。このような核爆発実験は一刻も早く中止されることが世界の願望であろう。


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