第7章 原子力船

§1 海外における開発の動向

 米国は昭和29年はじめて原子力を潜水艦の推進に用いることに成功した。これがノーチラス号であり加圧水型原子炉を搭載した。以後米国では40余隻の潜水艦をはじめ航空母艦,巡洋艦,駆逐艦を含む原子力艦隊の建造計画をたて,すでに18隻の潜水艦が就航している。
 米国ではこの技術をもとにして原子力貨客船サバンナ号の建造に着手し34年7月進水に至ったが,就航は予定より遅れて本年秋とみられている。
 試運転に先立って36年3月6日,安全上の問題等についての公聴会が米図原子力委員会により開かれた。一方ソ連では34年12月に原子力砕氷船レーニン号の運転に成功し36年3月までに北極圏で約4,000キロの船団護送の実績をあげている。これらの原子力推進利用は軍艦,砕氷船,実験船に対するものであり経済性は一応議論から外している。しかし経済的な原子力商船の開発は海運造船国にとって大きな関心事であって,現在,各国でその開発研究が進められているが,米国,英国およびソ連等軍事開発の基礎を持つ国以外の,ドイツ,イタリや等わが国も含めた大半の諸国は平和利用のみのために開発技術を基礎から積み上げねばならない。以下各国の研究開発状況について述べる。
 米国では高温ガス炉が舶用炉として最も将来性を持つと考え,これを高温ガスタービンと結合して用いるため高温ガス冷却炉開発計画(MGCR計画)を進め臨界実験装置の建設を終り実験を行なっている。この外経済性の検討のため載貨重量43,000トン30,000馬力タンカーについて在来船と加圧水炉,間接サイクル沸騰水炉,直接サイクル沸騰水炉を積んだ場合の比較検討を行なった。
 英国ではガルブレイス委員会の勧告により運輸省が沸騰水炉または有機材炉搭載の載貨重量65,000トン22,000馬力タンカーについて5社から見積書の提出を求めたが,経済性の点から建造を取りやめ,舶用炉の開発研究に重点を移そうとしている。
 欧州では西独が最も積極的で,造船海運原子力利用有限会社(GKSS)他5グループが舶用炉の研究を行なっているが,35年1月GKSSとインターアトム社がユーラトムと舶用有機材炉の共同研究を行なう契約を行なった。これは載貨重量16,000トン10,000馬力バルクキヤリアを対象とするものである。イタリヤでも載貨重量52,000トン,23,000馬力タンカーの研究契約が政府と民間の間で結ばれ,ユーラトムとの協力も期待されている。フランスでは舶用AGR開発計画により陸上プロトタイプを建設することになっている。この他ノルウエー,デンマーク,オランダ,スウエーデン等でも研究を行なっている。しかしこれらの研究開発の状況から推察すれば,経済的原子力商船の建造は10年先とみるのが一般的であろう。
 このように経済的原子力船の運航はこれまで考えられていたより先に持ち越されたが,原子力船に関する国際的動きは活発であった。すなわち35年4月米国産業会議主催で原子力船会議が開かれ諸外国からの参加の下に舶用炉の経済性,安全性,信頼性の問題,外国の活動状況,将来の計画,技術的諸問題等について発表があった。原子力船の国際的運航に当ってはその管理,安全および入港に関する国際問題を解決するため国際協約をつくる必要があり,また運航による原子力災害の責任にたいする賠償措置と保険制度の確立が特に強調された。
 35年5月〜6月ロンドンで開かれた海上人命安全条約会議(SOLAS条約会議)では原子力船が会議の議題として取りあげられ,米国,英国,ソ連を始め日本を含む16ヵ国により審議が行なわれた。この結果原子力船は本条約の適用船舶となり,附属規則に新たに「第8章原子力船」が設けられ,原子力船についての一般的事項に関する基本的原則が加えられた。
 しかし具体的,技術的事項については勧告として加えるにとどめられた。
 本条約は受諾あるいは批准を条件として40ヵ国が署名したが,ソ連等3ヵ国は本条約8章第7規則の2項(安全審査書の事前送付)および第11規則(特別な監督)については拘束されない旨の宣言を付している。
 35年11月には国際原子力機関―政府間海事協議機構(IAEA-IMCO)共催により原子力船の安全問題に関する初の国際シンポジウムがイタリやのシシリー島で開かれ,米国,英国,フランス,ドイツをはじめ日本を含む19カ国とユーラトム,欧州経済協力機構(OEEC)等8機関から代表の出席があり,40編の論文が提出された。海運造船国の老舗英国ではロイド船級協会がSOLAS条約会議の規則,勧告をいれて原子力船に関する暫定規則を制定し35年10月発表した。これは原子力船の技術的分野における変化,発展のための手引きとなるもので,設計上の独創性を妨げることなく,詳細な規定の部分は将来の調査検討により変えうることになっている。具体的規程としては舶用炉に対する特有なものとして3gの加速度に対し原子炉機器等が耐えること,50呎以下に沈んだ時,50度以上横傾斜した時等には必ずスクラムされることなどがあげられている。
 原子力船の運航による災害補償については,34年9月ユーゴースラビヤのリエカで開かれた国際海法会で「原子力船の運航者の責任に関する国際条約」草案,いわゆるリエカ案が作成され,エAEAでも35年3月および8月に「原子力船の賠償責任」に関する専門家会議を開いて国際条約草案の検討を行ない,34年11月原子力船災害補償に関する報告書を作成した。さらに36年4月ベルギーのブラッセルで開かれた海事法外交会議で,両案を基として審議が行なわれた。この会議では,署名のための最終条約草案の確定は各国政府で検討の後近い将来再び会議を開いて行なうこととし,暫定草案の作成に留まった。草案に規定された事項のおもなものは,対象船舶としての原子力船に軍艦も含むこと,求償権は故意の場合に限ること,責任の限度は1億ドルとすることなどである。裁判管轄,条約の適用範囲に関しては次の政府間会議に委ねられた。


目次へ          第7章 第2節(1)へ