第11章 原子力関連機器および材料

§3 原子炉材料

(1) 重 水
 重水の濃縮についてはこれまでに民間企業で,交換反応法および2重温度交換法による低濃度濃縮,水の蒸溜法を組み合せた濃縮,回収電解法による高濃度濃縮,水素の液化精溜による重水素の濃縮等について研究が行なわれてきた。これらの方法のうち,交換反応法,水の蒸溜法,回収電解法についてはすでに基礎研究は終了し,これらの方法を組み合せることにより,年間数トンの生産を行なう技術はほぼ確立されている。
 35年度は,34年度に引き続き水素液化精溜法について棚段式精溜塔の構造についての研究が民間企業で行なわれた。実験に使用された精溜塔は内径49.5mmのアクリル樹脂製パイプ,棚段は現在各種の空気液化溜装置に使用されているものと同形式の孔径0.9mmの真鍮製目皿板で,落口面積は塔面積の10%,塔の高さ10mm,段間隔9mmである。まず,この試験装置により水素の精溜試験が行なわれ,ついで空気の精溜試験が行なわれ水素精溜と空気精溜の関係が求められた。さらに,より大型の空気精溜塔による空気の精溜試験が行なわれ,水素精溜塔の大型化への資料が得られた。この結果,空気液化精溜装置に使用されているものと同形式の孔径0.9mm真鍮製多孔板の精溜棚で十分液体水素の精溜を行なえることが解った。
 この他,重水の大量生産に必要な水蒸気と水素ガスとの間の高温接触交換反応による重水素の濃縮法に使用される各種の解媒についての研究が行なわれた。その結果アルミナ系触媒については,その活性を増大させるためには,鉄,銅,ニッケル,コバルトが適当で,マンガンは活性を減少させることが解った。また,触媒の耐久試験の結果では,触媒の活性はむろ時間とともに増加し,1,600時間後においても活性減少の傾向は認められなかった。

(2) 黒 鉛
 黒鉛の製造技術は29年度以降開発が進められ,十分外国製品に匹敵しうるものを製造しうる技術が民間企業で開発された。しかし,ガス冷却炉の運転温度上昇のために,燃料外套として,1,000°C以上の高温で冷却材に対して安定で,しかも核分裂生成物および冷却材に対し,実用上不滲透な黒鉛さやが必要となり,その研究が34年度から引き続き行なわれている。
 製造法の1は,黒鉛にポリビニル・ベンゼンを充填し焼成する方法でこれまでの実験結果では,処理前のものに比して処理後の透過係数は約1万分の1であった。その後,この試料の表面に4塩化珪素を水素および炭酸ガスとともに気化させて炭化珪素の蒸着被膜を作る方法について研究が進められている。また,高温用有機接着剤であるフエノール・エポキシアロイ樹脂を炭素材接着用に改良して耐熱性,接着性の試験を行なったが,300〜400°C程度が限界であることが解り,その後無機接着剤について研究が行なわれている。
 他の製造法は,黒鉛にニトロ化合物をタールに混合溶解させた変成タールを滲透し焼成する方法で,これによれば,焼成回数3〜4回までは気体透過度が1回の処理により10分の1ないし20分の1に降下するが気孔分布から,4回程度が限界であることが解った。この方法による黒鉛の透過係数もポリビニル・ベンゼン充填による方法とほぼ同じであった。
 また,ピッチ滲透による方法についても研究が行なわれたが,気体透過度が3回処理で10分の1程度になるぐらいであまり有望でないことが解った。
 一方,原子力研究所でも,半均質炉開発の一環として,不滲透性黒鉛について研究が進められている。黒鉛のろう付けの研究では,継手形状5種について試験が行なわれたが,ビスマスの滲透をとめることができず,ビスマスをシールするためには黒鉛フアイバなどのパッキングを考えねばならないことがわかった。また,不滲透性黒鉛はビスマスの滲透を防ぎ550°Cで差圧3kg/cm2まで十分使用に耐えることがわかった。また黒鉛と炭酸ガスとの反応を広い温度範囲にわたり測定した結果,反応速度は黒鉛の種類により異なるが,900〜1,100°Cにおいて著しく大となることが解った。この他黒鉛の機械的強度についても研究が進められている。

(3) マグネシウム合金
 マグネシウム合金としてはマグノックスについてこれまでに民間企業で造塊法および鋳塊検査法について研究が行なわれた。35年度は34年度から引き続き,TIG溶接(タングステン電極不活性ガス雰囲気溶接)による溶接条件の検討,溶接部の各種試験が行なわれた。研究の結果,気密溶接装置を使用した場合でも溶接部の表面は灰白色の酸化物に覆われ,多層溶接する場合はこれらの不純物を除去しなければ,アークの不安定による肉の片寄り,溶込不良,気孔などの溶接欠陥が発生し,完全な溶接部を得ることが困難であることが解った。今後,溶接部の気孔,割れ等の欠陥を防止するため適当な溶加棒の併用等さらに試験を行なう必要がある。また,民間企業では,フイン付燃料さやの製造について研究が進めらている。
 一方,原子力研究所でも,外国製フイン付管について,グレイングロース,軟化開始温度,引張強度等の測定を行なっている。また,JRR-2によるマグネシウム合金の照射試験を行なうための準備が進められている。

(4) アルミニウム
 アルミニウムについては,原子力研究所において,JRR-3用燃料被覆材として用いられるものの動水中の腐食について研究が行なわれた。低温常圧炉外水ループによる実験では,温度70°C,流速0.07m/sec, 3m/sec, 6m/secの所に試料を置き流速の影響をみたところ,低流速では重量増加,高流速では重量減少を示した。60CO7線照射ループによる実験では,流速3 m/secの所に試料が置かれy線による影響を見たところ,重量増量には差異がなかったが。照射下の場合やや酸化被膜が厚くなっていた。さらに高温高圧炉外水ループによる実験を行なうためにその装置の準備をすすめている。
 この他,原子力研究所では,高温高圧蒸気による腐食試験が行なわれた。試験の結果,250°Cまでは温度と共に腐食は増大したが,300°Cを超えると逆に減少し,350°C以上では特殊な局部腐食を生ずるが圧力を下げれば高温でも安定であることが解った。
 一方,金属材料技術研究所ではアルミニウムとその合金の高温純水中の腐食に,特に温度が100°C以下の時にはアルミニウムの化学組成よりは水質の差が大きく影響するので,この点に関して60°Cの純水中に種々の陰陽両イオンを数ppm程度添加して腐食増量に及ぼす影響について研究が行なわれた。その結果,イオンの種類によって著しい影響があり,特に陰イオンの影響の大きいことが解った。腐食抑制材としては陰イオンではSO4,AsO2,CrO4Cr207,Si02,PO4,陽イオンでは3価のAl,2価のFeであった。

(5) 鉄-アルミニウム系合金
 鉄-アルミニウム系合金は高温における耐酸化性が秀れ,熱中性子吸収断面積が比較的小さく廉価であるため,炉心部材料として有望視されている。35年度は民間企業で,その溶解加工について34年度から引き続き研究が行なわれた。
 この研究では,鉄-アルミニウム系合金は従来の溶解法ではアルミニウムが酸化し,加工が不可能となるため,消耗電極式アーク溶解法により,鋳塊が溶製され,これが鍛造,圧延,押出等の加工により,棒,板,管等に加工された。溶製された鋳塊のうちアルミニウム10%,クロム8%とその含有量の高いものは割れを生じていたが,アルミニウム7.5%,クロム5%と含有率の低いものは健全な鋳塊が得られた。なお,鋳型の外側から磁場をかけて溶湯を攪拌する方法が柱状結晶の微細化に有効であることが解った。また,加工した棒,板等については抗張力試験,衝撃試験,高温空気中および炭酸ガス中における耐酸化性試験を行ない,極めて良い結果が得られた この研究により加工法の基礎資料が得られたので,今後は溶接法等の加工技術の開発,諸性質の改善等の研究が引き続き必要であると思われる。
 一方,原子力研究所でも民間企業で製造された鉄-アルミニウムークロム合金について300°C,静純水中での腐食試験が行なわれた。

(6) ステンレス鋼
 ステンレス鋼については民間企業で,コバルト,マンガン,タンタル等を極度に制限した改良型ステンレス鋼を使用して,燃料被覆用薄肉細径管を製造する研究が,34年度から引き続き行なわれた。
 この研究では,まず,改良型ステンレス鋼の溶製が行なわれ,コバルト0.15%,マンガン0.25%,タンタル0.025%とこれらの元素の含有率の低いものが得られた。引き続き継目無鋼管製造用管材および溶接管製造用帯材を製造し,これらを管に加工した。この管を顕微鏡により一般の薄肉細径管に現われる内面滲炭について検査したところ滲炭は見られなかった。また,高温純水,硫酸および硝酸による耐食性試験を行ない所期の結果が得られた。寸法精度は溶接鋼管,継目無鋼管共良好であり,他の性能については両者ともほぼ同じ結果が得られたので,加工費の安価な溶接管が燃料被覆材として有望であることが解った。
 その後,さらに改良型ステンレス鋼の高温高圧水中における挙動を追求して耐食性の向上をはかるとともに,耐食限界を明らかにすることにより,耐食性のよりよい材料を開発しようとする研究が進められている。
 また,フエライト相を含まず,組織は完全オーステナイトで,亀裂を生じない溶接棒を製造し,オーステナイト・ステンレス鋼の溶接法を改良する研究も進められている。
 この他,民間企業では,原子炉用熱遮蔽材および制御棒を目的とする含ボロンステンレス鋼についても工業的規模の製造法を確立する研究が34年度から引き続き行なわれた。この研究では,まず,実験室的規模で大気中および真空中溶製により,ボロンステンレス鋼に改良効果を与えるために必要な合金組成,製造条件についての研究が行なわれ,チタンを添加することが靭性の向上に資することが解った。したがって,現場的中間規模により,1%ボロンステンレス鋼に2%および3%のチタンを添加した改良型ボロンステンレス鋼を溶製し,これについて,引張試験,衝撃試験,腐食試験等が行なわれた。その結果,引張強さはチタンの添加により低下するが,耐衝撃性は向上することが解り,耐食性も通常の18-18ステンレス鋼に比しそん色がないことが解った。また,普通鋼材,特殊鋼材,ステンレス鋼材をホウ砂または,これにホウ酸を添加した溶融塩中で電解を行ない,鉄鋼をボロン化する方法について,ボロン化を行なう材料の種類,電解溶の組成,電解条件等について研究が行なわれている。
 一方,原子力研究所では,ナトリウムによるステンレス鋼の腐食試験が行なわれた。静的腐食試験では温度650°Cで,鋼中の珪素含有量の腐食に及ぼす影響について研究が行なわれており,今後温度600〜650°C程度で高速動的試験を行なうための装置の準備が進められている。
 また,60COγ線照射下における硫酸ウラニルによる腐食実験が行なわれているがまだ顕著な結果は得られていない。また,JRR-1の炉心タンクの腐食状況は非照射下における0.09μg/cm2hrに比して,4.0〜2.5μg/cm2hrであり照射下では腐食が非常に促進されるということが推察されている。

(7) ジルコニウム合金
 ジルコニウム合金としてはジルカロイ-2について民間企業で,34年度から引き続き継目無管および溶接引抜管の製造条件を検討するとともに,試作管の諸性質を解明し,ジルカロイ-2の燃料被覆管の経済的な製造法を確立する研究が行なわれている。
 この研究では,合金は消耗電極溶解法により溶製された。偏析試験の結果,添加元素は微量であるにもかかわらず均一に混合されていることが解った。また,内部および表面の欠陥もないことが解った。これを750〜850°Cで熱間押出し,さらに冷間圧延して直径10.65mm,厚さ0.726mmの薄肉管を製造した。また,熱間圧延と冷間圧延により,厚さ1mmの板を製造し,これを電子線衝撃溶接法,またはTIG溶接法で溶接し,これをさらに冷間抽伸して直径10.65mm,厚さ0.726mmの薄肉管を製造した。この薄肉管の高温高圧水中での耐食性試験では満足な結果が得られ,試験片の表面に白色の腐食生成物もみられなかった。寸法精度および表面状況も良好で継目無管と溶接管との品質の比較,押出に際しての銅鞘法とガラス潤滑法との比較,電子衝撃溶接とTIG溶接との比較については今後の検討が必要であるが,何れの方法によっても品質の秀れたものが得られた。
 また,スカール式アーク炉を使用してジルコニウム-銅0.5%-モリブデン1.5%-ビスマス1%系合金の均一なインゴットを得るための諸条件について研究が行なわれている。
 この他,民間企業でジルコニウム合金のTIG溶接による溶接条件の研究が行なわれた。この結果,機械的性質に悪影響をおよぼす不純ガス量は空気および窒素は約103ppm,酸素は5×103〜104ppm,水素は硬さ,引張強さには影響しないが,絞りには102ppm,伸びには103ppm,曲げ特性には5×103ppm程度から影響を示すことが解った。また,高温高圧水の耐食性には空気,窒素のみが悪影響を示し,その量は空気で1.4×103ppm,窒素では103PPm程度からであることが解った。研究の結果,TIG溶接方式で実用的に満足な溶接結果が得られた。
 一方,金属材料技術研究所ではジルコニウムおよびジルカロイ-2合金の点溶接を行ない,その溶接条件と各板厚に対して決定し,さらに溶接継手について機械的および高温高圧水の耐食性の両面から研究が行なわれた。この結果,これらの合金が化学工業用のみでなく,原子炉用として利用された場合に,空気申での点溶接が採用されても溶接部にはなんら有害な欠陥が生じないことが解った。

(8) ベリリウム
 ベリリウムは高温ガス冷却炉の燃料被覆材として,また液体金属に対する耐食材料としてその有用性が着目されているが,反面高価であり,機械的強度が劣る欠点があるので,軟鋼等の表面にベリリウムを被覆し,ベリウムの特性を生かした耐食材料を得ようとする研究が民間企業で行なわれている。この研究では,軟鋼,13クロム鋼,ステンレス鋼等を対象としてベリリウムの溶融塩電解メッキを行なう諸条件について研究が行なわれている。

(9) ハフニウム
 ハフニウムについては,ジルコニウムの製造の際に副産物として産する酸化ハフニウムから工業的に金属ハフニウムを製造する研究が,34年度から引き続き民間企業で行なわれている。これは酸化ハフニウムに結合剤および還元剤を加えて焼結団鉱を作り,これを塩化したものをマグネシウムで還元したのち,還元副生物である塩化マグネシウム等を分離することにより,金属ハフニウムを製造する方法である。
 団鉱製造には,酸化ハフニウムに炭素を混合成型する際溶剤捏和法が,均一な適当量の炭素を含む団鉱を作るのに適しており,団鉱の機械的強度も大きいことが解った。塩化試験では,塩素の最適条件は温度900°C,流量0.7kg/hrであることが解った。塩化物を精製するための昇華試験では,チタンは100〜150°Cで加熱脱ガスにより除去できること,鉄は250〜300°Cで3時間水素還元すれば除去できること,アルミニウムを除去するためには凝着円筒内温度を200〜230°Cに保持する必要があること等が解った。還元試験では,反応温度800°C,アルゴン気圧0.5気圧が最適条件であることが解った。総合収率は平均65%であったが,今後の改良,装置の大型化により,さらに数%の増収が可能である。

(10) 銀-インジウム-カドミウム合金
 銀-インジウム-カドミウム合金は軽水冷炉用制御棒材料として,機械的性質,耐食性,吸収特性等が秀れ,かつ安価であるため,その国産化の研究が民間企業で行なわれている。この研究では,合金の溶解法,合金元素添加法,鋳塊の鋳巣,偏析およびカドミウム,インジウムの気化損失の程度等について研究が行なわれている。得られた合金については加工条件,加工硬化および焼なまし条件等の検討,機械的性質,耐食性の測定を行なうとともに,合金板のニッケルメツキ等の表面処理法について検討されている。

(11) ニオブおよびその合金
 ニオブおよびその合金は燃料被覆材として,高温強度,高温におけるウランとの反応性等の点で秀れているため,その粉末冶金法による製造法の研究が民間企業ですすめられている。この研究では,製造工程については,ニオブ粉末の成型圧力と圧粉体密度との関係,加工性に及ぼす成型圧力,粒度等の関係,成型体の焼結温度,時間,真空度等が検討されている。また得られたニオブについては,ニオブ金属の使用上問題となる諸性質を検討するとともに高温での機械的性質および高温水に対する耐食性等について検討が行なわれている。

(12) ビスマス
 ビスマスは半均質炉等の冷却材に使用することが考えられているが,これに対して耐食性のよい鉄鋼材料の開発が民間企業で行なわれている。この研究では,鉄-クロム系,鉄-コバルト系,鉄-モリブデン系,鉄-タングステン系,鉄-珪素系等の鋼材を対象として,これら各種供試鋼材の高温(400〜800°C)溶解ビスマスによる耐食試験が行なわれている。
 一方,原子力研究所でも半均質炉の冷却材としての不純物の検討を行ない,従来工業的に製造されているビスマス(純度99.9%程度)の純度向上を民間企業に依頼し,不純物の分析法の検討を行なった。その結果,純度99.99%のものが得られた。また,溶解ビスマスに対して耐食性良好な金属を研究するための黒鉛製ビスマスループが完成し,ビスマスの循環試験が行なわれた。


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