第10章 放射線の利用
§2 アイソトープ

2−4 研究と利用

 アイソトープは,大学,国立試験研究機関,民間企業などで基礎科学,医学,生物,農業部門および各種工業などの各分野にひろく利用されて,基礎科学の進歩,産業の進展および国民の福祉の向上に役立っている.ここでは,とくにひろく利用されている医学,工業および農業の分野に重点をおいて最近の研究利用にふれてみる。

(1) 医学利用
 アイソトープが医学の領域にとりいれられたのは最もはやく,今日では,わが国の全利用の70%をしめ,基礎医学への研究はもちろん,日常の診断や治療にも使用されている。
 アイソトープの診断への利用は131I,198Auなどによる甲状腺,肝臓などの機能検査や,32P,76Asなどによる乳癌,子宮癌などの悪性腫瘍の診断が可能となった.また,14C標識化合物による薬剤の体内分布と作用の研究,3Hを用いた生体によるアミノ酸,糖類などの代謝の研究,51Crによる血液の循環状態などの研究が行なわれている。
 治療への利用としては,60C0,137CSのγ線照射による癌の治療,177LU198AUの放射性コロイドによる子宮癌,白血病などの治療が行なわれている.また131Iなどのように,ある器官にあつまりやすい性質を利用した治療もひろく行なわれている。
 これらのアイソトープを用いた診断や治療は日常の診断や治療に利用され,また,新らしい解決のための手段として研究に利用されている.最近では,アイソトープからの放射線の利用のほかに,ベータトロンやリニア・アクセラレータなどの加速器からX線,β線,中性子線の利用も研究されている.例えば放射線医学総合研究所では,36年5月から発足した病院に60Coおよび137Csの大線源照射装置のほかに,35MeVの医療用ベータトロンが設置され,また,36年度には6MeVの医療用リニア・アクセラレータが建設されることになっている.今後は,病院関係にかなりの数の加速器がアイソトープ照射装置とともに設置されることが予想される。
 米国では,医療用加速器が,相当数設置されているほか,ブルックヘブン国立研究所では,3,000kWの医用原子炉が運転され,その熱中性子線による脳腫瘍の治療研究などが行なわれていることは注目すべきである。

(2) 工業利用
 原子力産業会議が行なった調査によれば,35年5月現在の民間企業での工業利用は,計測関係85社,トレーサー関係85社,ラジオグラフイ66社,照射利用関係17社となっている.業種別にみると,化学工業,電気機械工業,鉄鋼業などが多く利用している。
 計測利用関係では,金属板,紙,ゴムなどの厚さの測定,化学,繊維工場などの液面の調整などの利用が大部分である.35年4月の使用者台数は,厚み計127台,液面計87台である.しかし,これは全体に平均して設置されているのではなく,液面計の場合はある企業が33台を所有し,大部分の企業が1〜2台の試験的使用であってこれらの計測器を自動制御装置と結びつけて,工程を自動化している企業は非常に少ない。
 トレーサー利用は,高純度のシリコンの製造工程における不純物混入の検査や,切削工具やエンジンなどの摩耗検査のほか工程の解析に有用な手段となっており,化学,鉄鋼,金属などの工業で比較的多く利用されている。
 ラジオグラフイは,68COあるいは,ベータトロンを用いて,肉厚の鋳物や溶接の欠陥検査に日常的に使用されており,工業利用のなかでは最も実用の域に達している。
 このように,わが国の工業利用は,その出発がおくれたためか,今日でもラジオグラフイの利用を除けば,産業全般への実用には達していないので,この分野の積極的利用が望まれる.とくに,工程管理のための実際的な応用研究が必要である.また,化学,金属工業などで非常に有用な工程中の材料の流動,拡散,混合などの状況を把握し,工程の合理化をはかるための,アイソトープ利用,すなわち,工程の解析に関する利用の開発が望まれる。
 最近の新しい研究について注目すべきものとして放射化分析をあげることができる.米国の報告によれば,安価なイオン加速装置の開発によって放射化分析の商業ベースの利用も可能になっている.このように加速器による放射化分析は,従来の分析法に比し,感度が著しく高く,短時間で行なうことができ,現在の原子炉による場合にくらべて,安価で汚染除去などの問題も少なく,一層時間の短縮が可能となり,今後の分析技術に大きな意味をもつものと考えられる。

(3) 農業利用
 アイソトープの農業への利用研究は,主として,大学および農林省農業技術研究所,地域農業試験場,家畜術生試験場,蚕糸試験場などの国立試験研究機関で,施肥法の改善,品種改良,土壤の研究,桑,蚕の改良,食品保存,家畜の研究が行なわれてきた。
 農業利用における応用研究について二,三ふれてみると,農業土木への利用として,24Naなどの利用による灌漑水量の測定,漏水検査,地下水量測定などへの応用がある。
 三重県高束のため池,山形県蛭沢および滋賀県野州川えん提での漏水処理,富士山麓での灌漑地下水量の測定に応用された.また,水産への利用としては,ベニマスなどの放流魚の害敵の調査に60COがトレーサーとしで利用された.このほか,病害虫の防除,散布農薬の作用の研究などにもひろく利用されている。
 上述のトレーサー技術による応用研究のほか,もう一つ大きな利用研究がある.すなわち,放射線照射効果を利用したもので,穀類,野菜類などの放射線による品種改良である.わが国では,この品種改良の研究を大規模た行なうため,茨城県那珂郡大宮町に60CO 2,000キュリーをそなえた約9万6,000平方米の敷地をもつ農林省放射線育種場を建設中で,36年度中に完成の予定である。
 また,最近の米国,ソ連における農業利用の注目すべき点は,放射線照射による農作物の保存,あるいは食品処理のために,非常に大きな線源の建設を計画していることで,例えば,米国では,現在,ブルックヘブン国立研究所で2万5,000キュリーの60Co照射装置を建設中である.また36年2月には陸軍補給部食品照射研究センターに,100万キュリーの60CO照射一装置および24MeVの加速器の設置をきめ,ソ連でも,5万キュリー60COの馬鈴薯照射用実験装置が建設されることになっている.また,穀類,乾野菜などを貯蔵する場合に,全ソ穀物研究の10万キュリーの60CO照射装,置が使用されることになっている.また,野菜(人蔘,大根,キャベツ)に放射線を照射することによる収量の増加,鶏卵の人工ふ化時の微量照射によるふ化率の向上,鯉の餌料中に小量の60CO添加による魚の平均重量の増加などの応用が発表されている。


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