第9章 基礎的研究

§1 概 説

 すでに今まで述べてきたところからも明らかなようにわが国の原子力界の現状は,実用化時代として深く産業の基盤にのっているものとはいいがたく,その大勢はいまだ研究開発の段階にあるとみるべきであろう。わが国の原子力開発の実状は諸外国に比して出発がきわめておそく研究設備が不十分であったためもあるが,とかく海外技術の導入が先走り,また大勢を占めており,基礎科学から応用科学へ,そしてそれらの諸科学の基礎に立った技術の開発という本流的な行き方に欠けるところがなかったとはいいがたい。このような立場から見るときわが国の原子力の研究開発についてとるべき態度がおのずからきまってくるものと考えられる。すなわち諸外国に比しての初めからの遅れを取り戻すという現実的観点からの海外技術導入と,諸科学の確固たる基盤の上に立つ国内技術の開発とが並立して考慮されなければならないだろう。
 特に後の立場を考えるとき,基礎研究の重要さが十分認識されなければならないことであろう。幸いにしてわが国の基礎科学,特に原子力に深い影響をもつ物理学,化学等は分野によっては高い水準にあるものが多いので,それらが時代の進展とともに世界的水準から遅れをとることのないような施策を考えると同時に,低い水準にある分野については本質的欠陥が何であるかを見きわめ,それに対する対策を講じなければならない。しかしわが国の原子力研究開発にとって最も大きな問題は基礎科学を技術へと導いていく応用科学-工学の立場であろう。原子力によってもたらされた,またはもたらされると予想される多くの新しい技術の進展のためには基礎科学における多くの結果をそこへ橋渡していくための新しい体系として応用科学の確立が考慮されるべきであろう。
 上述の観点から基礎科学および応用科学のなかの代表的なものについて,特に原子力の基礎的研究という立場から以下に概観を試みることにする。
 基礎科学についてはすでに述べたように原子力開発の基盤をなすものであり,この幅広い発展が最も望まれているわけである。しかも原子力という氷山の一角を目に見えるようにするには,水中に没した目に見えない氷塊の大部分がまさに基礎科学にあたっていることはいうまでもない。したがって原子力開発のための第一の命題は基礎科学全体の水準向上にあるといえよう。その中でも端的に原子力とつながる基礎科学の中の分野,物理学,化学および生物学についてはその充実が特に考慮されるべきである。原子核物理学と物性物理学を二つの柱として進展をする物理学と核化学,放射化学,放射線化学を三つの柱として原子力とつながる化学とは原子力開発利用の立場から最も重要な意味をもつものである。基礎科学の根本的性格からその充実強化は長期にわたり,かつ継続的に行なわれなければならない。しかも基礎科学の施設設備は近時ますます大型化し,費用も巨額にのぼるものが多くなりつつある現状からその成果も長期にわたる計画から出発してみていかなければならない。
 次に基礎科学を基にして炉物理,核設計という段階で原子力開発へと進み,さらに炉材料,核燃料,さらには産業技術の面から要請される種々の型の原子炉を可能ならしめるための応用科学の諸分野-核工学,原子炉材料学,原子力発電工学,放射線応用の諸科学等の水準向上とその充実が望まれるわけである。
 基礎科学,応用科学の大部分を受け持つ大学の使命は国の持つ社会経済的要請から考えてもきわめて重要なものであるが,日本原子力研究所,原子燃料公社,放射線医学総合研究所もそれぞれ基礎科学から応用科学の分野での研究にたずさわっている。また国公立試験研究機関,民間企業等の研究は国なり産業なりの要請を強く受けてそれぞれの分野での基礎研究を分担している。


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