第4章 原子力船
§3 原子力船の運航に伴う問題

3−2 海上人命安全条約の原子力船への適用

 3−2−1 海上人命安全条約と政府間海事協議機構(IMCO)

 海上人命安全条約会議は,タイタニック号の遭難に端を発し,船舶が安全に運航できるよう大正3年第1回が開かれて以来昭和4年,23年に開かれ,現在の1948年条約は,27年11月19日発効し,日本を含めて48ケ国が加盟しており,内容は本文15条,146規則と附属書としての海上衝突予防法,32規則,および勧告23項目から成っており,わが国においては,船舶安全法関係法令にとり入れられている。
 海上人命安全条約の事務局は,従来英国が担当していたが,23年3月ジュネーブに集った35ヶ国による国連海事会議により,国連専門機関としての政府間海事協議機構(IMCO)の設置が決められ,33年3月,21ヶ国の批准により正式に発足し,34年1月第1回総会で海上人命安全条約の事務局となることが決まった。これに先立ち,従来,海上人命安全条約の事務局であった英国は,35年春にロンドンで改正会議を開くことを提案,33年末,加盟国の1/3の賛成を得て,正式に開催が決まった。-方,政府間海事協議機構,第1回総会で,原子力船が改正会議の議題となることがきめられ,英国により,34年6月,原子力船の安全に関する非公式国際会議が開かれ,主要国の意見情報の交換が行なわれた。

 3−2−2 条約会議に対するわが国の態度

 わが国としては,条約改訂会議に対処すべく検討を行ない,34年6月末行なわれた「原子力船に関する非公式国際会議」における各国の見解を考慮した結果,現在の段階では国際条約の条文訂正までは行なわず,暫定的に相互承認の様式をとり入れた勧告の形で原子力船の規制を行なうべきであるとの方針を決定した。この決定にもとずき次の提案を34年8月に行なった.
(1) 締約政府は,国際原子力機関が政府間海事協議機構との緊密なる協カのもとに,放射性廃棄物の投棄による海洋および水産資源の汚染防止ならびに第三者補償に関する国際的協定作成の作業を促進するためにできる限り協力すること。
(2) 締約政府は,原子力船の安全に関する法律,政令,命令および規則を制定した場合には,すべての締約政府へ回章するため,政府間海事協議機構に通報すること。
(3) 締約政府は,原子力船の設計,構造および設備等についての安全基準に関する情報を相互に交換すること。
(4) 原子力船の船長は,その環境に対し放射性災害を及ぼす恐れのある事故を起した場合には,災害を及ぼすと認められる国の適当な機関に対し,その位置,事故の程度およびその他必要な事項を通報すること。
(5) 締約政府は,その国に登録される原子力船が他国の港に入港しようとするときは,受入国政府が入港許諾を与えることができるための当該原子力船の安全を確認するに必要とする事項その他の資料を通報し,かつ,その承認を求めること。受入国政府は,前記資料を審査し,かつ,第三者補償に関する保証措置等の有無をも考慮して当該原子力船の入港の承認を拒否することができるものとする。
(6) 原子力船は,受入国が予め承認した当該原子力船の安全規制事項が守られるかどうかを確めるためその国の正当な職員が入港前および入港後に行う監督に服すること。
 その後政府間海事協議機構を通じて,米,英,ソ連,仏,伊,豪,アラブおよびチリーの8ヶ国からの原子力船に関する提案がわが国に送付されてきたので,これについて原子力委員会で検討を加え従来の日本提案を多少修正した「1960年海上人命安全条約の対処方針」を決めて会議にのぞんだ。

 3−2−3 会議における審議経過

 海上人命安全条約会議は,35年5月17日から6月17日にわたり,ロンドンで政府間海事協議機構主催の下に開催された。この会議では,主席代表委員会,起草委員会を始め,一般規定,構造,救命設備等従来の規定を審議する特別委員会の外に,新たに,本会議で始めて取上げられた原子力船に関する事項を審議するため,原子力船委員会が設けられ,米,英,ソ連,フランス,ドイツ,ノルウエー,日本を始め16ヶ国が出席して審議が行なわれた。なお国際原子力機関からオブザーバーとして出席があった。
 議事の進行にあたって,提案国より,提案要旨および原子力船取扱いについての基本的態度の説明が行なわれ,引続き各国提案を中心に審議を進めた。
 審議に当って論議の中心になった主な事項は,次の4点であった。
(1) 原子力船を本条約の適用船舶とするか否か。
(2) 原子力船に関する事項を条約の附属規則とするかまたば勧告に止めるべきか。
(3) 原子力船の受入れに関する手続はいかにあるべきか。
(4) 原子力船の入港前および港内における監督はいかにあるべきか。
 第1の点については,大半の出席国が原子力船を条約の適用船舶とする意見であったため,当分の間ば適用除外とし,2国間協定によるべきと主張していた英国も同調し,結局条約としては原子力船も含むこととなった。
 第2の点については,原子力船に関する事項のうち一般的事項につき限られた基本的なものについては附属規則とし,具体的,技術的事項については勧告とする意見が多く,全て附属規則にすべきと提案していた米国,ソ連もこれに同調し,一部附属規則は時期早尚であり勧告に止めるべきの意見もあったが,附属規則12条,勧告11項目が決められた。
 第3の点は,本会議最大の論点となった。すなわち,原子力船の安全性は充分確保されており,在来船と同様,登録国政府の交付する安全証書のみでよいとするソ連と,原子力船はいまだ開発の途にあり,その安全性に関して判断の基準が定められていないため,その受け入れに先立ち安全審査書により評価されるべきとした,米国,英国,,日本を始めとする意見が対立し,総会において再三論議の上,票決でソ連案が否決された。さらに,これと関連して,安全審査書の結果に基く,原子力船受入れの拒否権についても議論が行なわれたが受け入れの選択権は,当然国家の主権によるものであり,本条約に規制する必要はないとの結論を出した。
 第4の点については,在来船に対する監督以外は,船の外側における放射線の検査にのみ止めるというソ連の主張に対し,安全審査書の記載事項についての確認,検査を行なうという多数国の意見が対立し,結局ソ連案は否決された。
 このようにして審議を行なった結果を,総会に提出し,若干修正の上,賛成29票反対5票で採決された。反対の5票はソ連を始めとするソ連圏5ヶ国であった。
 なお,本条約の受諾あるいは批准を条件として,会議終了の6月17日に署名を完了した国は,アルゼンチンをはじめ,わが国も含めて34ヶ国あり,その後1ヶ月の猶予期間中にソ連をはじめめとする6ヶ国が署名を完了した。
 しかし,ソ連,ブルガリヤ,ハンガリーの3欠国は本条約第8章第7規則の2項(安全審査書の事前送付)および第11規則(特別な監督)については拘束されない旨の宣言を付している。


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