第2章 原 子 炉
§3 わが国における原子炉開発の現状

3−2 動力用原子炉

 3−2−1 コールダーホール改良型原子力発電所の設置

 この炉の輸入については,主としてその安全性の面から国内でも種々論議がなざれた。すなわち,炉心は黒鉛ブロックを積みあげたものであるから耐震性が弱いと考えられること,経済性が充分でないとみられることなどが,黒鉛の収縮,燃料の燃焼度3,000MWd/tの実績がないこと,中空燃料の使用実績がないこと,正の温度係数になることなどとからんで問題とされた。しかし日本原子力発電(株)はこれらの問題について,詳細に検討した結果ある程度の設計変更等によっていずれも十分解決しうるものであるとして34年4月この炉の輸入先である英国GEC社に対して発注の意思表示書に署名し提出した。一方政府に対しては34年3月原子炉設置許可申請書および電気事業経営許可申請書を提出した。前者については内閣総理大臣から原子力委員会に諮問が出され,後者については通商産業省がその審査にあたった。原子力委員会では原子炉安全審査専門部会に検討を依頼し,通商産業省でもその重要性にかんがみ新たにコールダーホール改良型原子力発電所審査委員会を設け検討を依頼したが,両者はその審議内容において密接な関連をもつので合同審査会を設け,立地,気象,耐震構造,放射線,原子炉,発電所の6グループに分れて34年4月よりそれぞれのグループで検討を開始した。以後7月迄に11回の合同審査会を開いた結果安全性についての一応の見通しが得られたので,7月中間発表を行なった。それによれば,
(1) 事故時の安全を確保するためには,現在計画されている一次冷却装置より,さらに能力的にも,機構的にも信頼度の高い緊急冷却装置を設けること。
(2) 中空燃料については,今後その炉内試験等を行ないその性能と安全とを確めた上で,採用すること。
(3) 構造物が一応竣工した後その各部につき振動性状を確め,その結果により必要に応じ補強その他適当な処置を構ずること。
を条件としてコールダーホール改良型炉をわが国に設置することを許可してよいとしている。
 これらの審査と並行して原子力委員会では地元居住者の意見はもち論,広く学識経験者の意見を聴取し,これらを参酌するため,7月31日原子炉設置に伴う安全問題についての公聴会を開催した。公述人としては地方自治団体,学術会議,大学,労働組合,研究所,産業界から計14人が選ばれ,それぞれの立場から公述が行なわれた。その多くは条件を付することにより設置を可とするものであったが一部には必ずしも安全性が十分であるとはいえないとの公述も行なわれた。特にコンテナーの設置については多くの要望があった。
 その後合同審査会はさらに16回の審査会を開いた結果,34年11月「この発電所の安全性と所期の性能は十分確保しうるものと認める。」との結論を出した。その概要は以下のとおりである。
(1) 立地条件:人口分布,気象,地震,地盤,排水,用水,航空機関係等に関し,異常時にも原子炉の設置場所として支障がない。
(2) 原子炉の性能:核設計については英国の同型原子炉の運転経験および研究開発をもととしているので精度は高いと思われるが,英国においても高燃焼度における運転経験はないので正の温度係数等の計算値は今後の詳細な検討が望ましい。熱設計については実験と経験によって確められたものであり妥当である。
 運転上の問題となる正の温度係数については計算値を若干上回った場合も制御可能であるが,さらに今後の英国における経験を生かして設計をすれば特に問題はない。
(3) 燃料要素:中空燃料要素の使用実績はないが,炉内試験の結果によってその安全と性能が確められた上で使用されることになっているので問題はない。
(4) 黒鉛:6角柱ブロックは蜂の巣型設計になっているので,ウイグナー収縮および膨脹にたいして問題はない。
(5) 地震対策:構造計画として剛強な生体遮蔽構造物に原子炉本体,ガスダクトおよび熱交換器を結びつけこれらを一体の基礎の上に設ける方針をとっており,設計耐震力は,予想される最大の地震に対し十分余裕があるので耐震性は十分である。
(6) 安全対策:異常時の安全対策としては,安全保護装置の多重化機構のほか,ボロン鋼球を落下せしめる緊急停止装置および緊急冷却装置があり,非常に過酷な条件のもとでも炉の停止および冷却については十分の信頼性がある。またダクト破損等の場合炉内に空気が混入して燃料が酸化し酸化部から放射性物質が放出されたとしても一般公衆の安全は確保しうる。
 以上のような対策がなされているのでコンテナーの必要性はない。
(7) その他:原子炉施設の機械およびその構造,原子炉の計測および制御,放射線障害対策,設置者の技術的能力については特に問題はない。
 以上の結論をもととして原子炉安全審査専門部会は11月原子力委員会に安全であるむね報告を行なった。これを受けた原子力委員会では安全性,経済性,射爆場問題等の検討を行ない,米軍射爆場問題については,日米合同委員会で12月2日東海村上空の飛行制限に関する使用条件の改正の調印が行なわれ一応の解決を見たので,12月5日に設置許可に関する答申を内閣総理大臣に提出した。
 一方通商産業省ではさらに経済性の検討を行なった結果,その発電コストは初年度4円99銭,最終年度3円60銭,耐用年数20年間の平均4円07銭となり,在来新鋭火力発電所の発電コストに匹敵するとの結論を得た。また,利害関係者の意見を聴取するため12月3日聴間会を開催し,電気事業者,研究所,労働組合,地方自治団体から計6名の陳述が行なわれた。さらに12月10日には電源開発調整審議会にはかった。
 かくして政府は12月14日付で日本原子力発電(株)のコールダーホール改良型原子力発電所について内閣総理大臣名でその設置を許可するとともに,通商産業大臣名で電気事業許可を行なった。
 日本原子力発電(株)では,正式許可にともなって12月22日英国GEC社と本契約の正式調印を行なった。引き続き富士電機製造(株)とGEC社と間に,国産部分に関する契約がなされた。その後35年6月政府は両者間の「原子炉製作に関する技術援助契約」を認可した。この発電所の総建設費は232億7,900万円で,国産部分はGEC社との全契約高199億6,300万円の約40%にあたる80億4,300万円程度になる予定である。
 なお昭和39年春工事完成,39年中頃営業運転に入る予定で現在建設が急がれている。

 3−2−2 原子力研究所における動力用原子炉の開発

(1) 動力試験炉の設置
 原子力研究所はさきに動力炉の建設,運転,保守の経験および特性試験を目的とした動力試験炉として米国GE社の自然循環沸騰水型原子炉を採用することに決定したが,本年度はその購入契約交渉が進められた。すなわち34年9月までに3回にわたって契約交渉が行なわれ,10月にはIGE(InternationaIGeneralElectricCo。)社の最終契約案が提示された。
 これに基づいて検討した結果,原子力災害補償措置等の基本問題およびその他のとりきめの詳細についてさらに折衝する必要があることがわかり,35年2月災害補償の点に関し,  JGE(JapanGeneralElectricCo。)社と打合わせを行なった。この結果,JGE社が要求する「IGE社の故意によらない災害については原研がJGE社の補償責任を免責するのみでなく,政府もJGE社を免責する」という提案内容を満すため,契約締結後,JGE社から燃料の出荷されるときまでに原子力損害の賠償に関する法律が成立することを条件として35年8月に契約が成立した。
 この炉は37年完成の予定であるが,完成後の実験計画として,以下の事項が計画されている。
 第1段階としては,動力試験炉完成後1年ないし2年の間はもつぱら定格出力近くで運転し,動力炉の運転保守の問題点を把握するよう努力し,この期間に簡単な動特性試験,各パラメータの測定などを行なう。
 第2段階としては,動力炉の特性を理解するため広範な基礎研究および試験を行なう。この期間には発電,定格運転は終目的とせず,実験計画にあわせてプラントが運転され基礎研究を一通り終わる。
 第3段階としては,各種の開発研究が予定されている。この中には出力増加試験,運転様式の変更(強制循環沸騰水炉,二重サイクル沸騰水炉などとして運転)などが含まれる。

 最後の段階としては,ふたたび定格出力近くで連続運転を行ない,それと同時に国産部品の試験,国産燃料要素の試験などが行なわれる。
 なお,舶用実験としては,舶用負荷を模擬した実験を行なうことを計画しており,上述の第2,第3段階時に行なわれる。

(2) 高速増殖炉の研究開発
 高速増殖炉は核燃料としてそのままでは役立たないウラン238を役立つブルトニウム239に転換しようとするウラン238-プルトニウム239系の増殖炉である。この炉は熱中性子炉とは核的条件が本質的にちがっているために原子炉物理的な立場より十分な実験的検討が行なわれなければならない。しかし,高速系の臨界実験をおこなうためには数十kg以上の高濃縮ウランを必要とするばかりでなく,制御についても十分な検討を要するため,ただちにこの種の実験に着手することはできない。この意味からまずブランケット部分の原子炉物理的特性の研究が当初の目標とされた。
 33年度に高速炉ブランケットの指数実験装置が設置されたが,高速中性子源とするための濃縮ウラソ板(ウラン235 3kg)の入手が遅れたため34年度は指数実験を具体的に進めることかできなかった。このためJRR-1炉心よりの高速中性子スペクトルに着目して,原子核乾板による高速中性子束の絶対測定を行なった。また,最近パルス中性子技術による原子炉物理的諸研究が盛んになり,わが国でも,軽水系について2,3の試みがなされようとしているが,これらの技術を高速系に応用するための検討が行なわれた。これは過渡的な中性子束変化を捕えて炉物理的諸定数を得ようとするもので,安全性が特に要求される高速系の実験では非常に有効な手段と考えられる。今後行なわれる高速炉予備実験としては,指数実験による静的方法とパルス中性子技術による動的方法を基盤として高速系の臨界実験を行ない総合実験へ計画を拡張することとなっている。

(3) 水性均質炉の研究開発
 水性均質炉は核燃料として使用できないトリウム232を使用できるウラン233に転換しようとするトリウム232-ウラン233系の増殖炉である。まず2領域重水酸化トリウム系の核的な基礎資料を得ることを目的として,34年度には水均質臨界実験装置が設置された。本装置は出力10W以下,熱中性子束は炉心部で5×106〜1×107n/cm2sec,燃料はウラン235,2kg親物質は酸化トリウム2トン,減速材は重水であり,炉心液として硫酸ウラニル重水溶液,ブランケット液として酸化トリウム重水スラリーの使用を予定している。34年度は装置の据付や試験に費やされ,また燃料や重水の入手も遅れたため,臨界近接等の本格的実験は行なえなかったが,熱外中性子束の測定に関連した研究を行なった。35年度以降の均質炉実験としては臨界実験装置の臨界予備試験を実施した後,重水反射材による臨界実験を行なうとともに,ブランケット系改良に関する実験研究を進めることとなっている。

(4) 半均質炉の研究開発
 半均質炉は水性均質炉と同様トリウム232-ウラン233系の増殖炉となる可能性をもつものであり,運転温度を高くできること,再処理が容易になる可能性があることで有望な原子炉といえる。しかし炉心が高温であるだけに黒鉛を基材とする燃料要素および炉材と高温下において共存しうるガス冷却材としてはヘリウム,アルゴン,ネオン,窒素のような不活性ガス以外にないことがわかった。しかしこれらのガスは経済的あるいは技術的に問題があり,34年はじめより,ビスマスを冷却材として使用することの検射が始められた。その結果溶融ビスマスを冷却材として使用することの優秀性が強調され,開発研究の方針はガス冷却と併せて独創的なビスマス冷却方式に重点を置くこととなった。このほか34年度には各種の核データを集め,さらにこの体系の基礎的な解析を行なうために,半均質臨界実験装置が設置された。その燃料集合体は20%濃縮酸化ウラン(ウラン235分,15kg)酸化トリウム(75kg)および黒鉛からなるペレットを黒鉛被覆材につめた燃料からなっている。しかしこれに使用する濃縮2酸化ウラン粉末の入手がおくれているので,まだデータをとるにいたっていない。
 一方この装置によってビスマスを冷却材として使用したときの核データの測定を行なうよう準備を進めている。

 3−2−3 熱伝達回路の研究

 原子炉内で発生する熱をいかに効果的に取りだすかは,原子炉の安全性に大きな影響をもつだけでなく,経済性にも重要な問題となる。わが国では,軽水冷却,ガス冷却,液体金属冷却について日本原子力研究所および民間企業が研究を行なっている。

(1) 軽水冷却方式
 この方式については加圧水型原子炉および沸騰水型原子炉を想定した大型ループにより31年度より研究が開始され,33年度までに熱流束と冷却水流速の関係,温度の分布状況等について満足すべき結果が得られた。また沸騰現象についてもかなりの研究成果が得られた。
 34年度には原子力研究所では常圧および高圧の電気加熱ループによる水,蒸気2相流の流動抵抗および沸騰の研究と,沸騰伝熱の解明の基礎となる気泡の行動に関する研究が行なわれた。常圧ループでは焼切れ(バーンアウト)に関係する諸要素の影響を研究した結果,2相流の流れ模様によって別個の限界熱負荷をもつことが見いだされ,今後の研究方向に一つの目標が与えられた。高圧ループでは沸騰水中の流動抵抗が粗管の抵抗と同様に取扱えることがわかり,また伝熱面で発生した蒸気と水の交換流動の抵抗限度にも,管内流動抵抗が関係をもつらしいことが認められた。これらの観察にもとづき焼切れの機構は蒸気と水の交換流動に存在するある制限によるのではないかとして,空気泡による若干の実験が行なわれた。
 一方民間企業においては,沸騰水系については負荷あるいは熱出力の急変の際に起る過渡現象を解析し,炉心設計および制御設計のデータを得るロ的で,非定常時の沸騰熱伝達の研究が行なわれている。また加圧水系については,熱伝達試験回路を製作し種々の寸法の燃料要素模型を圧力容器内に挿入し,圧力0〜3,000psi(約2,000kg/cm2),流速約10m/secで高温水を流し発熱量分布,模型寸法,配列のピツチ,冷却材の温度,圧力を変えて流速分布,温度分布,圧力分布を測定し,管束の平均熱伝達率,燃料棒表面の局所熱伝達率冷却材の圧力損失を求め計算結果と比絞する研究が行なわれている。

(2) ガス冷却方式
 この方式については日本原子力研究所において3次元での伝熱,流動実験用風洞により各種フインについて渦流機構,フイン効率等の研究が行なわれてきた。34年度は前年度にひきつづき常圧風洞によりフイン付管状の燃料体の伝熱特性に関して若干のデータを得た。また将来予想されるガス冷却炉の冷却方法の研究の一環として,充填管の伝熱を研究する一段階として直径180mmの充填管を準備しこの内部の流動状態を物質輸送現象*を利用して測定する装置を完成した。一方原子炉伝熱の一特色である熱負荷の分布が,あらかじめ与えられた状態における管内流熱伝達においては,2,3の理論はあるが実験的裏づけがまったくないので,この点を研究するための実験装置の設計を行なった。
 また民間企業においても,炭酸ガス冷却型原子炉の燃料棒を,電気加熱器で置き換えた研究規模の模型原子炉内の熱伝達の研究が行なわれている。


 熱伝導は分子の運動に伴って生ずるエネルギー,運動量および物質が輸送される現象とみなされる。本現像はこの中で物質が輸送される現像をいう。

(3) 液体金属冷却方式
 この方式については主として民間企業においてナトリウムおよびナトリウムカリウムを冷却材としての研究が進められてきた。34年度には,32年度に設置したかなりの規模の基本実験回路によりひきつづき研究が行なわれた。これまでの実験により流速3.2m/sec,温度400°Cのナトリウムによる動的腐食が,40時間でステンレス鋼0.2mg/cm2,炭素鋼1.5mg/cm2というデータが得られた。なお同じ条件での実験においてステライトの腐食は0.1mg/cm2とさらに小さい値を示し,銅においては220mg/cm2と著しく高い値を示した。また流速1.55m/secの部分では,腐食率は炭素鋼において平均1.6mg/cm2,ステンレス鋼で0.13mg/cm2という値を示した。
 平均値の上部にかなりのばらつきがあるので,速度の影響はまだ明らかでないが少なくとも静的な条件との間にはかなりのちがいがありそうである。
 また伝熱特性については,液体金属はプラントル数が小さいため特異な特性を示す。これについてはある程度の研究結果が外国において発表されているが,まだ一致したものとなっておらず,特にレイノルズ数の影響が大きい。この点に関しても現在研究が行なわれている。


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