第2章 原 子 炉

§2 各国原子炉開発の動向

 世界で現在運転中の発電炉は20数基,建設中のものは約30基,建設計画の確実なものは10数基におよんでいる。昭和29年6月,ソ連のAPS-1が世界最初の原子力発電所として運転を開始してから数年しか経ていない現在においてこのように多くの発電炉が開発されているということは,原子力の将来性が高く評価されていることを示すものである。しかしこれまでに莫大な研究開発費が投入されたにもかかわらず,原子力発電所はまだ新鋭火力発電所に経済性において匹適するまでにいたっていない。このような現状に対して最近一部には原子力発電の将来性に疑問をもつむきも現われているようである。しかしここでわれわれが考えてみなければならないのは研究開発に要した期間についてである。化石燃料を利用する在来発電が現在の水準に到達するのには,過去約1世紀にわたる歴史をもち,この間に豊富な経験を積み重ね,投入された研究開発費も莫大なものであった。これに対して核エネルギーを利用する原子力発電の歴史は,さきにのべたごとく10年に満たないものであり,費した研究開発費はともかくとして,その経験という面では在来発電におよぶべくもない。しかし原子力発電が在来発電と全然別個のものではなく,その技術の上に立って開発されているものであり,かつ現存する高い水準の関連技術の基盤の上にたつものであるから,すでに発展の頂点に近づいたと見られる在来発電に対し,近い将来充分匹敵しうるようになるとみることは,決して無理な予測ではない。
 さてここで先進諸国における原子炉開発の趨勢をみることにしよう。
 米国の動力炉開発の方針は他の国と違って手広く開発を進め,ある程度の見通しが得られるような段階に達してから,研究の窓口をしぼろうというやり方をとっている。実際原子力は未知の分野が多く,やってみなくてはわからないというのが現状である以上,これも一つの行き方であろう。
 米国においては現在,軽水炉,有機材冷却炉,ナトリウム黒鉛炉,濃縮ウライガス冷却炉,熱中性子増殖炉,高速中性子増殖炉等の研究開発が進められている。
 米国原子力委員会は,さきに特別諮問委員会を設けて原子炉開発のあり方について検討したが,その結果が34年2月発表された。それによれば,原子炉の研究開発は以下のようにあるべきだとしている。
(1) 全般的な応用研究は今後さらに助長すべきである。なかでも燃料サイクルおよび233Uのη値の究明等の原子炉物理に重点を置くべきである。
(2) 軽水炉に核過熱**を採用することは,経済性の向上に重要であり,早期にその原型炉の建設を行なうべきである。
(3) 有機材冷却の構想は資本費引き下げのうまみがあると考えられるので,重水減速有機材冷却型の研究によって有望な結果がえられるならば,早期に原型炉に着手すべきである。
(4) 耐圧管型原子炉は超大型炉や,核過熱方式の実現に有望な型式であるので,その研究を継続すべきである。
(5) ナトリウム技術の研究は現在運転中の実験ナトリウム黒鉛炉等により行ない,新しいナトリウム黒鉛炉の建設の優先順位を低くすべきである。
(6) ガス冷却炉はすぐれた蒸気条件が得られ,高い経済性が期待できるので,研究開発を進めるべきである。このため,最高1,400°F(約760°C)の温度で燃料要素を試験できるようなガス冷却炉を1基建設すべきである。
(7) 水性均質炉,溶融ビスマス炉,溶融塩炉などは燃料サイクル費低下のため有望であり,3者を比較検討し,そのうち最有望と思われるものに研究作業を集中すべきである。ただし233Uのη値がこれらの炉によって増殖を実現できる値であることが明らかになるまでは開発を手控えるべきである。
(8) 高速中性子増殖炉の研究を強力に助成すべきである。
 米国の動力炉開発は,今後当分の間以上のような線にそって進められるものと思われる。その後,原子力委員会は,動力炉の技術的,経済的問題について検討を行ない,34年には「重水炉,加圧水炉,沸騰水炉,有機材冷却炉に関するAEC報告」を,35年には「商業用動力炉開発計画」を発表した。それによれば米国における原子炉の開発状況は以下のごとくなっている。


 一つの核分裂によって生成される中性子の平均数である。
** 原子炉で発生した飽和蒸気を石油等の在来燃料を使用しないで,原子炉で発生した熱によって過熱蒸気とする方法である。

 軽水炉は実用規模のシッピングポート発電所,ドレスデン発電所がすでに運転中であるほか現在建設中のものも数基あり,建設費の低下のため設計改良を行なうことによって近い将来に実用化されることが充分期待できる段階に達している。有機材冷却炉は現在では経験に乏しいが,発展の可能性は大きいので,実験炉の成果をもとにして発電炉の建設が進められている。ナトリウム黒鉛炉は,すぐれた蒸気条件が得られるという利点があり,この炉の特長を生かしうる燃料の研究が進められている。濃縮ウランガス冷却炉は,ナトリウム黒鉛炉と同様すぐれた蒸気条件が得られるという利点があり,現在その原型炉の建設が進められている。また高速増殖炉については,出力約10万kWのエンリコフエルミ発電所が35年末運転開始の予定で建設が進められており,さらにその成果をもとにしてプルトニウムを燃料とする電気出力約30万kWの発電炉が計画されている。熱中性子増殖炉については,水性均質炉一本にしぼって研究開発が進められるようになったが,現段階では経済性等の問題より動力炉としての実現可能性を見極めることがまず問題である。
 次にソ連は世界最初の電気出力5,000kWの原子力発電所APS-1を29年に建設した。その後,加圧水炉,沸騰水炉の開発が進められているが,沸騰水炉は米国のものと異なり減速材として黒鉛を用い,冷却水は圧力導管を通る方式となっている。以上は濃縮ウラン型であるが,天然ウラン黒鉛型,天然ウラン重水減速ガス冷却型についても開発を行なっている。さらに注目すべきことは,高速増殖炉に深い関心を示していることである。特にソ連の実験用高速炉はすべてプルトニウムを燃料としており,その他の国の高速炉が,まず235Uで足ならしをしてからプルトニウムを使用するというのに対して,進んだ行き方をしているものといえよう。
 以上,米国,ソ連における開発状況について概観したが,この2国は種々の型式の原子炉について手を広げて開発を進めているといってよかろう。これに対してその他の諸国では,それぞれ自国に適した原子炉型にしぼって研究開発を進めている。
 まず英国の原子炉開発は,これまで黒鉛減速ガス冷却型のみにだいたいしぼられていたといってよいであろう。31年,天然ウランを燃料とするコールダーホール原子力発電所が運転を開始して以来,次々と同型の発電所を建設してきた。しかし天然ウランを使用し黒鉛を減速材とするかぎりにおいては,設計の自由度が小さいため,炉の運転温度をより高温にすることができない。このため高温炉をめざして現在濃縮ウラン燃料を使用するAGR(改良型ガス冷却炉)の原型炉を建設中であり36年には運転に入ることになっている。またさらに炉の高温化と同時にトリウム系の燃料の増殖をめざして,ドラゴン計画というOEEC諸国との共同研究になる高温ガス冷却実験炉を建設中である。この炉は被覆材として不滲透黒鉛,燃料としてはウランおよびトリウムの酸化物または炭化物,冷却材としてヘリウムを用いるもので,炉の運転温度もコールダーホール改良型の約390°Cに対して約750°C程度が予定されている。以上のように英国は減速材として黒鉛,冷却材としてガスを用いる原子炉の開発に重点をおいて研究を進めている。なお,英国は将来の原子炉として高速中性子増殖炉の研究開発を進めている。34年末動力実験のためのドンレー高速中性子増殖炉が運転を開始したが,この炉は電気出力15,000kWでこれからの英国の高速中性子増殖炉開発の礎石となるものである。
 フランスではコールダーホール炉とほぼ同型の炉の開発を行なっている。現在運転中のものはプルトニウム生産を主目的としたものであるが,現在建設中あるいは計画中のものは発電を主目的としている。その他の国で注目されるものとしてはカナダの重水炉,ドイツのペッブルベッド炉があげられる。カナダが計画している重水炉は耐圧管方式で,燃料としては天然ウラン酸化物を用い炉内で燃し切るという方法をとっている。これによれば使用済燃料の再処理は行なわない。そのねらいとするところはプルトニウムのようなまだ燃料としての実効性が明らかでない副産物の回収は行なわず,国内に豊富に産するウランをそのままできるだけ燃すことによって,燃料費の低下をはかろうとしている点にある。計画によればその原型炉を36年に完成すべく計画されており現在建設が急がれている。ドイツが計画しているペッブルベッド炉は,燃料はウランおよびトリウムの炭化物を黒鉛に分散し球状にしたものを用い,これを炉内に多数入れることによって臨界に達せしめようとするものである。この方式もドラゴン計画と同様,高温と増殖をねらった熱中性子増殖炉に属するものである。
 以上各国の動力炉開発の趨勢を見たが,いずれにしても欧米の先進国はそれぞれ自主的な計画にしたがって,動力炉開発を進めているといえよう。


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