第14章 国際関係

§3 国際的基準の制定への動き

 原子力の平和利用が進められるに伴って,これが単に1国内の問題でなく,国際的な関係をもってくる場合が生じてくる。特に原子力の利用が新しい分野である上に放射線を放出するという点から,安全の面については国際的な影響をも十分に考慮しなければならない。このような事情から原子力の分野では全く新しい国際的な基準が設けられつつあり,その中のあるものは新たな条約となることも予想されている。
 国際的な基準を制定するにあたって最も大きな役割を果たしつつあるのが国際原子力機関であることはその設立の趣旨からみても当然のことである。34〜35年において,この機関の中で検討されつつあるものは大きくわけて,原子力災害補償,保健・安全,廃棄物の処理の3部門であるということができる。
 第1の原子力災害補償の問題は,内容において二つあり,一つは陸上の原子力施設に関して災害の生じた場合の補償の問題であり,他は原子力船の運航に伴って生じた災害に対する補償の問題である。前者については34年2月,5月および8月に専門家会議が開かれ,その結果作成された草案が各加盟国政府に送られて意見が提出されることになっており,36年に政府間の条約会議が開かれる予定である。後者はそのスタートはやや遅れたが,36年には政府間会議が開かれることが予定されている。
 第2の保健・安全については,「アイソトープの安全取扱手引」がすでに33年末に公表されているが,35年には「臨界実験装置と研究炉の安全運転」の基準に関する専門家会議が開かれ,また,「放射性物質の安全輸送の規則」案が作成されて9月には理事会で採決された。
 第3の廃棄物の処理については,放射性廃棄物の海中投棄に関する検討が33年以来行なわれてきたが,35年5月に専門家会議の報告書が公表された。
 この他にも「原子力発電コスト算定基準」についての検討も行なわれている。これらの国際的基準はだいたい10国前後から派遣される専門家の会議によって草案が作成されるが,以上のすべての専門家会議にわが国からの専門家が招請されていることからみても,国際的基準作成という点を契機としてわが国が原子力の国際的舞台に果たしている役割はきわめて大きいといえる。これらの国際的基準は,災害補償のように単独の条約として成立を予想されるものもあり,また,放射性物質の安全輸送のように,他の既存の条約におりこまれていく可能性のあるものもあり,また,加盟国政府に対する勧告となるものもあると思われる。
 原子力の国際的基準の確立については,国際原子力機関が中枢となっていることは事実であるが,同時にその他の機関,たとえば国連科学委員会,国際度量衡局,国際標準化機構,国際労働機構,国際放射線防護委員会なども国際的基準の作成のために努力を払っている。
 全体としてみるならば,原子力の分野における国際的基準はいまだなお形成期にあり,その基礎となる研究の進展とともに漸次具体的な基準として確立されていくことになろう。


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