第11章 放射能調査

§3 調査結果

 以上の通り国内の放射能調査は各機関の協力によって行なわれているが,34年度の測定結果からみると,核実験の停止以来全放射能(グロス放射能)は減少しつつある。しかし90Srの蓄積量は増加しつつあり,今後の調査においては核種別の分析調査をさらに充実させることが必要と思われる。またこれらの調査結果に基づく人体への影響については,放射線医学総合研究所を中心として研究が行なわれており,国際的にも国連科学委員会に各国からの多くの資料とともに提出され,大いに利用されている。


 各種の放射性物質の放射能をその核種(Co,Sr,Cs等)または線質(α,β,γ線等)によって区別せず,全ての放射性物質の放射能の合計をいう。

(1) 大気,雨水中の放射能
 核爆発実験により生成した放射性物質は,高くは成層圏にまで吹き上げられ,後徐々に地表に落下する。大気中の放射熊の分布は高くなるほど増大するが,全体として放射能レベルは減少しつつある。
 大気中の放射性物質は雨,雪,落下塵等にまじって地表に落下するが,雨とともに落下するのが最も多い。
 雨水中の全放射能は34年度は前年度に比べ,著るしく減少しており,雨水1l当り1分間平均数百カウント程度である。35年初頭に行なわれたフランスのサハラ砂漠での核実験の直後には,3000カウント程度にもなったが,その後は急激に減少した。
 しかし,雨水,落下塵等による90Srの降下量は全放射能が減少しつつあるにもかかわらず減少を示さず,東京における蓄積量は第11-1図のごとく年々増加している。


* 試料(ここでは雨水)1l中にある放射性物質の崩壊によって放出される粒子のうち,1分間に測定器に入った粒子数を表わす。

(2) 土壌中の放射能
 土壌中の全放射能は降下物の全放射能が減少しつつあるが,90Srの量は増加している。90Srは地表下5cm位までの所にその70%位が蓄積され,それにより深くに行くと急激に減少する。34年度に各地で行なわれた土壌,中の90Srの測定結果は第11-2図の通りである。
 また土壌中の90Srの量は第11-3図に示すように年々増加している。第11-2図および第11-3図からみると土壌中の90Srの量は表日本よりも裏日本の方が多くなっている。

(3) 農作物中の放射能
 農作物は降下物および土壌中の放射性物質によって直接または間接に汚染される。
 農作物中の全放射能が減少し,90Srの量が増加しつつあるのは,落下物および土壌中の傾向と一致している.土壌および麦中の90Srの量は第11‐2図に示した通りであって小麦等植物の汚染は降下物による直接汚染のほか,土壌よりの吸収が含まれるが第11-2図により土壌と植物の汚染との大凡の関連性を知ることができよう。
 次に玄米中の90Sr測定結果を第11-1表に示す。水稲は陸稲より90Srの蓄積量が多いことは注目されよう。
 なお,玄米を精白米と糠に分けると90Srの多くは糠の方に集っている。

(4) 畜産物中の放射能
 畜産物は放射性物質によって汚染された植物を餌としているので,体内に放射性物質を蓄積することになる。植物中の90Srが年々増加の傾向をたどっているので畜産物中の9OSrも年々増加している。34年度に行なった牛,馬の骨中の90Srの測定結果は第11-2表の通りであった。

(5) 人体中の放射能
 人体には呼吸および飲食により,汚染された空気および飲食物から放射性物質が入る。特にsrはcaと比較的性質が似ているので骨に蓄積され易く,長期間にわたって人体に影響を与える。34年度に死亡した者の骨中の90Srの測定結果を第11-3表に示す。前年度までの測定結果と比較すると,31〜32年は90Srの量はS.U.で小数点以下の値が多くなっているが,33,34年では同じ位め値を示している。また新潟県の試料は東京のそれに比べて90Srの量が多く,これは環境中の90Srの量が裏日本の方が

 表日本より多いことと一致している。年令的には,過去の調査結果を総合してみると,一般的に年令が若いほど蓄積量が大きく,また胎児は特に大きいのが通例となっている。

 また人尿中の137Csの定量を34年度から行なっているが,その結果を第11-4表に示す。これによると石川県の値が大阪府のものよりも一般に大きい。

(6) 海洋の放射能
 表層海水中の全放射能も最近は次第に減少しており,3坪7月頃の測定結果では2-4cpm/lの値が多かった。しかし35年の6月までの調査では全般的にCPm/lで小数以下どなっている。
 深層水の放射能調査は34年度始めたばかりなので,まだ試料数も少ないがその結果では最近の表層海水とほぼ同程度の値を示している。
 海水中の90Srの分析は溶存する多量の塩類のため分離法が難しく,未だ余り多くの試料が得られていないが,太平洋について調査したところでは0.4〜3.1μμC/lであった。

(7) 海洋生物の放射能
 海洋生物の全放射能については34年度に入って減少の傾向を示しておりdpm/0.5g*灰でプランクトンでは100〜1000,ネクトン**では10-50,ベントス***では20〜200位であった。
 また90Srの蓄積量については,34年度採取の14試料では0.009〜0.11μμc/lg灰,S。Uで0,05〜10の範囲であった。このように海洋生物の90Srの含有量は低いが,同一地点,同一種のものでは32年から34年にかけて増加の傾向があらわれており,またかなり深い所から採取されたものも浅い所と同程度の90Srが見出された。


* 灰0.5g中にある放射性物質の1分間における崩壊原子数をいう。
** 普通の魚のような海中を遊泳している生物をいう。
*** なまこ,ひとで等海底棲息動物をいう。


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