第7章 アイソトープ利用の効果
§2農業利用

農業部門は,わが国においても,最も早くから,アイソトープの利用を手がけた部門であり,トレーサーの利用に,照 射の応用に,その効果が最も著しく発揮されているところのものである。
 特にこの部門の推進には官学界ともに熱意をみせているところで,農林省関係では農業技術研究所が中心になって,その応用普及にあたっており,また各大学でも研究とその応用とにたゆまざる研鑽をつみ,大きな成果を挙げている。
 作物に供給された養分や農薬が生物体内でいかに行動し,その作用をどのようにして発揮するかを探求するのにアイソトープ利用の大きな道が開かれている。現在までにすでに数多くの研究がなされ,実地の応用に移されて顕著な効果の上げられたものも少なくないが,たとえば32Pを利用して,土壌中のリンの行動を調査しその利用率を高め,施肥法を改善しようというので,種々の農作物の場合につきなされているが特に水田については埼玉,長野,岐阜等においては圃場で実験が行なわれ,稲のP吸収が土壤の性質により影響されることがわかり,灌漑による土壤管理を行なって火山灰地で10%の増収の見透しを得た。また農薬についても非常に一般によく用いられる水銀剤の作物中への吸収,移動およびその病害虫に対する作用を調べようと203Hgを用いて追跡した結果,その散布の時期,施用方法が改善され,より大きな効果が期待されるようになった。この他窒素,炭素その他微量金属元素についても多くのトレーサー利用により,その農作物に対する作用機構が順次明らかにされている。
 一方,家畜,家禽,魚類等に対する各種無機塩類,すなわちCa,Sr,I等の作用を調べ,給餌法,産卵法等に多くの改善がなされた。
 この他トレーサーとしてのアイソトープ利用の分野は灌漑用堰堤の漏水検査にも用いられている。これは24Na,32P等の塩類を流水中にとかし,漏水中放射能の検査により漏水の原因や機構を明らかにし,適切な対策の立案に供しようと,さる32年度から研究に着手し,従来検出が不可能とされていた野州堰堤,蛭沢堰堤等においても漏水止工事に成功するに至り,アイソトープによる検査方式が確立され,同時に灌漑水量の測定も可能となった。
 またこれとは別に林学の分野で木材加工におけるアイソトープの利用にも注目するものがあるが,一般に接着剤として用いられる尿素樹脂の調整方法が14Cの利用により大幅に改善され,その結果接着力が55〜83%と非常にすぐれ,5%におよぶ経費節約が可能になっている。
 他方,線源利用を目的とする応用研究も進められてきたが,.特に放射線による突然変異を利用して品種の改良,育種方法の改善が行なわれている。
 九州で行なわれた農林18号から短茎多収の西海64号の育成,青森では八甲田から強稈多収のふ系54号の育成等がその著名な成果であるが,これらが実験田から本品種として実用化されるようになれば約10%の増収が期待される。この他サツマイモ,イチゴ,チューリップ,ブドウ等についてX線やγ線による発芽率の変化,花弁や色の異なった品種の生成等,品種の改良について多くの研究が試みられ,たとえば桑についての研究から丸葉,多枝条型,矮生変異体を得て品種改良の実を上げた。
 品種改良の他,線源利用として注目されているのは食品の殺菌であり,実用化の段階に入ろうとしているが,なおこれには解決されるべき問題があり研究が行なわれている。すなわち,ビタミン類(特にB.C)は水溶液中ではγ線照射によりかなり分解される。しかし野菜中にあるビタミンCはほとんど影響されない。また,餅,でんぷんに対するγ線の効果が調べられ,殺菌作用は顕著だがその際粘度低下,および吸水能の増加が明らかになった。その他魚貝肉の貯蔵性についての研究も行なわれ,多くの魚.貝肉は50日に至るも腐敗徴候を呈しないが,味,臭,色等に変化が生じ品質が低下することがわかった。


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