第10章 災害補償
§4原子力災害補償制度の準備

前記基本方針(1)の措置を具体化するため,32年12月,政府は「核原料物質,核燃料物質および原子炉の規制に関す る法律の一部を改正する法律案」を第30国会に提出した。その内容は,原子炉の設置許可申請書に,核燃料物質また は核燃料物質によって汚染された物による災害で原子炉施設のうち政令で定めるものの事故に基づくものによっ て第三者に損害を与えた場合におけるその損害を賠償するための措置を記載させることとし,内閣総理大臣は,そ の損害賠償措置が政令で定める基準に適合していなければ設置の許可を与えないというものである。
 この法律案は衆参両院とも34年3月に可決され,34年4月4日公布されたが付則により,施行は公布の日から9ヵ月以内ということになっている。
 したがって施行期日を定める政令と損害賠償措置の基準等を定める政令とが,35年1月3日までには公布されなければならない。
 この一部改正法で要請される損害賠償措置については,基本方針(2)においても明らかなように実際的には原子炉の設置者が原子力責任保険に加入するという場合がほとんどであると考えられ,次の段階として,この保険の実現を図ることが必要となる。そこで政府は,損害保険協会で研究中であった原子力責任保険の早期実現を呼びかけ,遅くともこの一部改正法の施行日までには保険の引受態勢が完了するよう努力している。
 原子力責任保険とは,たとえば,原子炉の設置者が保険料を支払うことにより,原子力災害に基づく住民(第三者)の身体および財産損害に対する損害賠償金を保険金の形で保障し,支払を円滑にしようとするものであるが,わが国の原子力責任保険は,損害保険各社が協力して近く保険プールを結成し運営される段階にある。原子力保険プールでは,原子力責任保険と原子力財産保険(原子力施設の損害を対象とするもので住民とは直接関係がない)とが運営される予定であるが,原子力責任保険の消化能力は1原子炉または1原子力敷地あたり数10億円程度といわれている。もっともこのうち国内の保険市場の消化能力は7億5,000万円程度で,残りは海外の再保険市場で消化されるものと期待されている。
 しかしながら上記の措置は基本方針(3)にいう原子力災害賠償補障制度の一部であり,暫定的な制度ともいえるものであるため,原子力災害に基づく損害賠償責任に関する諸問題を解決して全般的な損害賠償補障制度をすみやかに確立しなければならない。たとえば不可抗力や無過失で災害を生じた場合,民法の原則では賠償責任を生じないことがあるが,そのような原則のままでよいか,災害が部品の欠陥に基づいて起こり,その部品の製造業者等が賠償責任を負うこともありえようが,数多くの製造業者等に対して損害賠償措置を取らせることが困難なので,この責任をも原子炉の設置者にもたせるべきか,原子炉の設置者に要求される損害賠償措置以上の規模の災害が起こった場合にも備える制度をあらかじめつくっておくべきか,賠償金の支払をいかにすみやかに適確に行なうか,海上輸送または原子力船等の場合,想定される災害補償に関する国際的な諸問題をどう解決するか等の事がらである。
 これらの事がらについては,原子力災害補償専門部会において慎重に検討をしているが,住民と原子力に携る事業者の双方の見地からこの問題を総合的に解決しなければならない。


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