第10章 災害補償
§2諸外国の動向

欧米諸国および諸国際機関の現状を概観して共通的にいえることは,いずれの国も民営の原子力責任保険を利用し ようとしていることである。その際上述のような事故発生頻度がきわめて少なく,これに対し,その被害が甚大で あるという原子力事故の特質にもかかわらず,この危険を民間の保険会社が引き受けることができるようにするた めに,各国において原子力保険プールと称する主要保険会社のほとんど全部が共同して引き受ける機構が設置され ,この機構が,原子炉等の財産的損害をてん補する原子力財産保険とともに原子力賠償責任保険を運営しつつある 。また,国内の保険の消化能力では不足する場合が多いので,各国とも海外の市場に再保険することにより,これを 補おうとしている。
 このような努力を行なっても,原子力賠償責任保険も保険である以上,付保金額に限度があるため,原子炉設置者等がたとえそれぞれの国の最高保険金額を付保したとしても,原子力災害に基づく損害賠償額を全部補償できない場合が考えられるとして,米国や西独におけるように国家補償とか損害賠償責任の打切り制度を考慮している国もみられる。そのほか,無過失責任および責任集中の制度の採用について検討を行なっているところが多い。
 米国においては,1954年改正原子力法で,民間が特殊核物質を使用または,所持するためには,それにより生ずるいかなる被害の責任も合衆国または原子力委員会に及ぼさないといういわゆる免責条項を条件として許可を受けることとなった。そのころから,米国の株式組織および相互組織の保険会社は,それぞれ原子力賠償責任保険の引受けを具体的に準備したが,1957年9月に至り,原子力法の一部改正法(アンダースン・プライス法)が成立し,原子炉設置の許可を受けた者に対し原子炉の熱出力1,000kWあたり15万ドルの割合を原則とし,最低25万ドル,最高6,000万ドルの損害賠償措置を強制することとなった。したがって,原子炉の設置者は原子力賠償責任保険またはその他の方法でこの措置をとるが,これをこえる損害については,5億ドルの政府補償を行ない,原子炉設置者はそれ以上の賠償責任を打ち切られることが規定された。ただし,この補償については,原子炉の熱出力1,000kWにつき年額30ドルの補償料を徴収することとなっている。
 西欧諸国のうち,西独およびスイスでは,この問題に関する法律案を議会で審議しているが,まだ成立をみるにいたっていない。英国では,原子力施設の敷地の使用許可を受けた者に戦争行為に基づくものを除く一切の賠償責任を集中的に課し,500万ポンドの損害賠償措置を行なわせ,これをこえる損害と事故事由後10年をこえ30年の時効までに現われた損害がある場合には,そのときに議会が取るべき措置を審議することになっている。
 西独では1957年に原子力法案を国会に提出したが,成立をみるに至らなかった。その法案では,原子力賠償責任を過失責任とし,1事故あたりの責任額を2,500万マルクで打ち切り,国家による補償の規定がみられなかった。1959年に国会に提出された第2次法案では,原子炉設置者等に無過失責任を課すると同時に,政府は5億マルクまでの損害賠償を保証し,原子炉設置者等には5億マルクのうち政府が定める額の損害賠償措置を行なわせ,原子力損害賠償責任保険の規定上賠償責任を原子炉設置者等に集中しようとしている。
 またスイスの法案では,原子炉設置者等に対し原則として無過失責任を課し,3,000万スイスフランの損害賠償措置を行なわせ,10年以降に現われた損害のために原子炉設置者等の拠出により基金を置こうというものである。なお,3,000万スイスフランをこえるような損害が発生した場合には,政府が財政支出を考慮しうることとしている。
 欧州経済協力機構(0.E.E.C)では,加盟17ヵ国が批准すべき第三者責任に関する条約案を準備し,無過失責任主義と,原則1,500万ドル,最低500万ドルの損害賠償措置を取らせようとしている。
 国際原子力機関でも各国が取るべき最小限度の措置を規定した同様の条約を準備し,各国の専門家からなる「原子力災害に対する民事責任および国家責任に関する専門家会議」に諮り,現在審議を行なっている。


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