第10章 災害補償
§1概説

 原子炉の設置の許可等にあたっては,原子炉等規制法によって厳重な基準が適用されるばかりでなく,それらの運転等に際しても必要な規制が行なわれることにより,原子力の災害を未然に防止するしくみになっている。
 しかしながらこれらの施設が万一事故を起こして,原子炉等の施設そのものの被害や従業員の被害のほかに,原子炉等の施設の敷地外にまで被害を及ぼすような災害の可能性を理論上からも完全に否定するということは困難である。
 原子炉等の施設そのものについての被害は,それがもし放射能に基づくものであれば通常の火災保険のてん補を受けられない。しかしこの場合には,被害の額はその施設の時価または建設費以内であるため,火災保険の概念を拡張した程度の民営による財産損害保険で損失の補償を受けることができよう。かりに,そのような損害保険をかけることができない場合,またはかけていない場合には,その損失は原子炉設置者等がみずから負うことにより特に社会的に重大な問題とはならないと考えられる。また,原子炉等の従業員の死傷が生じた場合には,現行の労働者災害補償制度の運用によって一応補償されうる体制となっている。
 原子炉等に関連して放射能による空気,水,土地および建造物等の汚染が起こり,近隣の住民の身体および財産に被害を及ぼした場合には,これらにもまして深刻な問題となろう。この場合,被害者は民法の不法行為に関する規定が認める損害賠償請求を加害者たる原子炉設置者等に対して行なうこととなる。しかし原子炉設置者等が損害を賠償できるだけの資力をもっていなければ破産することとなり,被害をうけた住民は正当な補償を受けることはできない。また,瑕疵のある部品を原子炉用に納入した企業が,その納入のために破産するという可能性も否定することはできない。
 このような状態では,住民のみならず原子炉設置者等も不安であり,ひいては原子力の正常な発展を阻害することにもなる。災害の理論上の可能性と現行の法的経済的に不完全な損害賠償に関する諸慣行とが,原子力の災害補償問題が提起される根本的な原因となっている。そこで原子炉の設置等が民営企業でも行なえる国のほとんどすべてが,この問題の解決のために研究を行なっている。


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