第7章 放射能調査
§2調査結果

原水爆実験により,直接間接に生ずる多くの放射性物質のうち,人体に対する影響から特に問題とされるものは,(1)人体組織特に問題となる臓器に沈着しやすいもの(2)物理的および生理的半減期が長く,総計的に人体に多くの放射線を・与えるものである。このようなものとしては,90Sr,137Cs等があり,最近では14Cも問題 となっている。
 前節に述べられた放射能調査計画に従って調査されたこれら放射性物質による国土の汚染状況はとりまとめられ”放射能調査の展望”として34年4月原子力委員会から発刊されたが,これに記載されたところおよびその後の調査結果のうち,以下には主として90Srについて述べ,放射能による国土の汚染状況をながめることとしよう。
 なお,31年のlCRP(国際放射線防護委員会)勧告によれば90Srの水中の最大許容濃度は,8×10-7μc/ccである。また体重70kg,骨7kg,骨中のCa1kgの人間に対しては,90Srが1μc骨中に蓄積されたときを許容度とされている。ところでSrはCaと化学的に性質が似ているので,骨中にCaが沈着するときはSrもいっしょに沈着する。このため90Srは骨に入りやすく,そこで放射線を出して造血組織に影響を与えるわけであるが,この点を考慮して,土壌,農畜産物等に含まれる90Srの量はCaとの比をとってあらわされることが多い。この単位としてCa1gに対して90Srが1μμsの割合で含まれるときを取りこれをIS.U.(ストロンチウム.ユニット)という。上記の骨中の最大許容度をこの単位で表わすと1μc90Sr/lkgCa=1000μμs90Sr/1gCa=1,000S.U.となる。一般人はこの1/10,すなわちl00S.U.となるわけである。

1.大気・雨水中の放射能

 核爆発実験が行なわれると,その爆発のエネルギーの大きい場合(TNTlメガトン相当以上の爆弾)は,生成された核分裂物質の多くは成層圏まで打ち上げられた後,きわめて徐々に(5〜10年といわれている)地上に落下し,その間広く世界中にばらまかれる。一方爆発のエネルギーが比較的小さい場合(TNTlキロトン程度のもの)は生成された核分裂物質は成層圏まで達せず,対流圏内にとどまり,気流にのってほぼ爆発のおきた緯度に沿って拡散しながら移動し,その間自然落下または雨滴に捕捉されて比較的急速に地表に降下する。その大部分が地表に達するまでの期間は約2ヵ月で,その間地球をなん回かまわる。
 放射性塵埃の撒布機構は上述のように考えられているが,気球観測により実際に上層の放射能垂直分布を調べてみると,33年4月ごろまでは成層圏下層部に山があり,これは成層圏内を比較的ゆっくり落下してくる放射能塵が対流圏内で雨滴に捕捉されて急速に落下するためと考えられる。ところがその後この山は下降する傾向にあり,最近になると特に大きな山は認められない。これは最近核爆発実験が行なわれず,対流圏における大気の乱れのために放射能塵の濃度も均一化されたためと思われる。
 このような上層の放射能塵を地上に運ぶのに最も大きな働きをするのは雨であるが,雨水のβ線全放射能の定常値は30年11月中ごろまでは3×10-7u/coであったが,同年11月下旬ごろから急激に増加の傾向を示し,最近では10-6uc/cc程度となっている。核爆発のあった直後にはこの定常値の数倍のピークがあらわれ,1〜2ヵ月ぐらい継続するのが普通であった。ところが33年10月ソ連による北極圏の核実験が中止されて以来は様子が異なり,ピークはきわめて徐々に下向の傾向をたどっているが,各地で数干cpmlのものを実験終了6ヵ月後にも観測している。その原因については今のところはっきりしていないが,採取試料の放射能減衰が今までのものに比べ非常におそいところからみて,半減期の長い放射能塵がかなり大気中にたまっているものと思われる。
 東京における雨水中の9Srの年間量(一平方キロあたりのミリキュリー)は29年1.0,30年0.7,31年3.8,32年3.5,33年5.3と漸次増加しているが,34年は6月までで7.1と急増している。これは,32年度おびただしい数の核爆発が行なわれたためで,前記の雨水中の全放射能の減衰状況と合わせ考えると,今後もこの傾向は続くものと考えられる。

2土壌中の放射能

 土壌中の90sr含量はたいがいの場合,地表から2〜5cmの部分に70%以上が保留されており,十数cmの深さを取れば,そのほとんどが含まれると考えてよい。このようにして採取分析した結果は第7-1表に示すようで,90Srの半減期が28年と長いのを合わせ考えると,前記の雨水中の含有量の和とよい一致を示すといえよう。また一般に表日本より裏日本のものが高い値を示している。

3.陸水中の放射能

 飲料水,雑用水として最も広くわが国で用いられているものは水道水,井水で,流水,天水の利用がこれについでいる。これらはいずれも雨水を源としているので,元をただせば同じであるが,井水,上水はそれぞれ地層,沈殿層でろ過されており,流水では汚染された雨が河水,湖水で薄められるので,汚染程度はかなり減少する。これに反し,天水では降る雨をそのまま集めているので,放射性物質に汚染されている危険率は天水が最も多い。
 ビキニ事件以後,国立衛生試験所で測定された天水179例のうちβ線全放射能の1ccあたり31年ICRP勧告の許容量10-7μCに達するものは26例であった。このうち未ろ過のものは24例,ろ過したものは2例である。これから分析により90Srの量を求めたところ1ccあたり最高2.03×10-9μCの90Srが含まれていた。

4.農産物の放射能

 各地の全放射能の調査結果をみると,野外の農作物は大なり小なりすべて汚染されていること,茎葉や穂のような露出している部分に比して根茎や果(子)実のような部分は汚染がいちじるしく低いこと,また葉の面積が拡くて表面がざらざらしているようなものほど汚染がいちじるしいことなどの傾向が認められる。これにより農作物の放射能汚染は雨などによる外部からの付着がおもな原因と考えられる。
 90Srによる農作物汚染の一例として玄米の年次別の汚染度を示すと(第71図)のようになり相当の汚染が認められるが,これを糠と精白米とに分けてみると,その大部分は糠の部分に集まっている。これは糠の部分には本来Srが成分として多く含まれるということのほかに,イネの出穂期あるいは開花結実期以後において,雨あるいは塵に含まれた90Srが穂あるいは籾に付着し,それが内部へしみ通っていくという過程がかなり大きいのではないかと考えられる。

5.畜産物の放射能汚染

 畜産物は,前に述べたように,大気中から降下する人工放射性物質によって汚染されている野草,農作物その他を餌としてとることにより,体内にいろいろの放射性物質を蓄積することになる。だから,前節に示したように,土壌,農作物の汚染が年々上昇するに応じて,草食動物の体内の90Srも次第に増加している現象が,種々の場合に観察されている。たとえば奈良公園の鹿の角は毎年はえかわるが,この角の中の90Srの量は毎年明らかに増加している。また33年の測定による馬骨中の90Srの量はおおよそ24S.U.であるが,戦前に採取保存されている馬骨には全く90Srが含まれていないことが分析により実証された。

6.水産物中の放射能

 池,水田,湖,川,海などには大気中から核分裂生成物が常時降下するために,いろいろの人工放射性物質を含んでいる。ここに棲息する生物は,水から直接に,または植物性,動物性プランクトン,藻類などを経てこれらの放射性物質を体内に蓄積する。その90Sr含有量は淡水産のものでおおよそ1〜10S.U.海産物ではその約1/10である。淡水産のものが海産のものに比べこのように多いのは,淡水域では海洋に比べてずっと水量も少なく,また水中にとけているCaやSr(非放射性のもので,天然に存在している)濃度も小さいため,大気中から降下した90Srを薄めるはたらきが小さいことに原因すると考えられる。

7.日常の食物から入る放射比物質の量

 前述のように各種の農産物,畜産物,水産物中の放射性物質の量が測定されているので,これから計算により国民1人あたり放射性物質を毎日体内に取り入れる量が求められるが,その食品の種類が非常に多いので,これをすべて個々に分析することはたいへんであり,また個人や地域による食物撰択の違いも大きいので困難である。
 そこで国立栄養研究所が,栄養を考えて,季節のうつりかわりにしたがって作っている標準献立によって,それに要する数百の材料を,その献立に示すだけ集め,その中の放射性核種の量を分析により求めることが行なわれている。32年6月東京における標準献立申の90Srの1人1日の摂取量は3.6S.U.である。農村においては,米,野菜などの摂取量が多く,肉などが少ないので,都会のおおよそ2倍ぐらいの90Srをとっている。

8.人骨中の放射能

 これまで述べたように,われわれの環境中の放射能量は次第に増加しており,呼吸,飲食によってそれらの放射性物質がわれわれの体内に取り入れられている。その一例として31年から33年までの間に死亡した日本人の骨にふくまれる90Srを調べてみると(第7-2表)のようになる。
 ただし最後の4例は日本各地の平均で,かっこ内の数字はその検体数を示す。
 検体数は少ないが,これでみると概して年令の若いほど90Srの濃度が高いのが通例である。特に胎児では,その骨格形成に際し,母体が食物中から取り入れた90SrがCaとともに取り入れられるので,既成の骨格を持つ子供や大人に比べて特に大きくなる。


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