第2章 原子炉
§5動力炉

1.コ-ルダーホール改良型実用発電炉導入をめぐる動き

 日本原子力発電株式会社は33年4月21日発表された第2回訪英調査団の報告書に基づき,英国の三つの原子力グループ,すなわちAEI―ジョントンプソン(A.E.I.-JohnThompson Nuclear Energy Co, Ltd.),EE-バブコックアンドウィルコックス(E.E-Babcock &WiIcoxLtd.),.GEC-サイモンカーブス(G.E.C-Simon-Carves Ltd.)の3社に電気出力150MWの天然ウラン黒鉛減速ガス冷却型の実用原子力発電所の見積りを同年7月31日までに提出するよう要求した。
 これらの3社はそれぞれAEI(Associated Electrica1 1ndustries)は三菱原子力グループ,EE(The Eng1ishElectric Co.,Ltd.)は日立グループ,GEC(The GeneraI Electric Co.,Ltd.)は第一原子力グループと密接な連絡を取り,入札期日である7月31日には各社共見積りを提出した。
 日本原子力発電株式会社は,8月1日から社内に臨時的な組織をつくり,見積書の審査体制に入り,8月12日にはグループに追加資料の提出を求め,9月19日からは来日したイギリスの3グループの代表者達と具体的な問題についての討論を行なった。
 一方この型の原子炉については従来から国内の一部にその経済性と安全性,特に炉心部が黒鉛ブロックを積み上げたものであるため耐震性の問題について根強い批判があった。耐震設計として「原子炉,遮蔽体,ガスダクト,熱交換器の間に相対的変位を生じないよう,剛強な鉄筋コンクリート構造物である生体遮蔽を利用して,これら機械類をすべてこれに結びつける」ことが基本的方針としてとられており,さらに安全性を増すためにある程度以上の地震加速度に対して地震感知器を設けて緊急停止装置を働かせるようになっている。これに対し原子炉審査専門部会の中間報告によると耐震構造については,構造物の一応の竣工後その各部につき振動性状を確かめ,その結果により必要に応じ補強その他適当な処置を講ずることが必要だとしている。
 また炉心黒鉛ブロックの支持構造には黒鉛のウィグナー膨脹が考慮されたが,その後高温,高照射によって焼鈍作用が起こり,このため黒鉛が収縮することが判明した。このため黒鉛ブロックの積み方および支持構造の設計が変更されたがこれについては現在,原子炉安全審査専門部会で検討中である。一方第2次調査団の帰国前後から,新たにいわゆる正の温度係数についての議論が起こった。
 すなわち,天然ウラン黒鉛減速型原子炉では,炉内温度が上昇した場合,炉内の核分裂反応が一段と盛んになり,これがさらに炉内温度を上昇させ,適当な制御手段を講じなければ遂には原子炉が暴走する危険があるとの議論である。
 訪英調査団の帰国後まもなくコールダホール改良型原子炉では,核燃料の燃焼度が400〜500MWD/T以上では温度係数が正になる可能性があり,英国でもこの問題について根本的な解決方法がないとの情報が伝わり,さらに日英,日米両原子力一般協定が調印された翌日にイギリス国防省が核兵器生産のためのプルトニウムの必要性から現在建設中の発電炉の計画を変更して,ブルトニウム生産との2重目的に切り換替えるとの発表を行なうに及んで,国内の議論が沸騰した。
 日本原子力発電株式会社が購入しようとしているコールダーホール改良型発電炉は,核燃料の燃焼度が約3,000MWD/T程度の設計となっており,キロワット時あたりの電力コストはこの燃焼度によって大きく影響を受ける。
 しかるに前述のように正の温度係数の問題から,イギリスもこのような高い燃焼度を得る自信がなくプルトニウム生産に名をかりて低い燃焼度の設計に切り替えるのではないかという疑念であった。
 結局この問題は現在建設が相当進んでいるバークレイ,ブラッドウェル,ハンターストンの発電所の設計は変更せず,現在計画中のその他の発電所についてのみであることが明らかになり,また第2回ジュネーブ会議において英側がコールダーホール発電所の運転経験を発表し,現在までのところ3,000MWD/Tまでの実験結果はないが,600MWD/T程度の実験結果では,なるほど反応度の温度係数は正になるが,制御棒によって十分制御可能であり,また建設中のバークレイ発電所についての理論計算によれば,平衡状態である1,500MWD/Tでは温度係数は12×10-5△K/C°であって,炉心部を9ないし10の区域にわけ,各区域に温度によって制御される制御棒を設けることによって制御可能であるとの発表がされ,さらに11月,ジョン・コッククロフト卿が来日したときにも同様趣旨の説明があるに及んで,国内の論議も平静にかえり,原子力委員会の安全審査の結論を待つ態度になった。
 他面,経済性についても33年7月から9月にかけて行なわれたイタリアのSENN社(Societa EleytronucleareItaliana)の電気出力150MWの実用原子力発電所についての国際入札において,IGE社の沸騰水型原子炉が,特にその経済性の故をもって加圧水型原子炉,有機材減速型原子炉ならびに英国の3グループによるコールダーホール改良型原子炉を押えて採用されるに及んで,前述の燃焼度制限の問題にからんで一部には疑問とする向きもあった。
 このような情勢のもとに発電会社は着々と各見積書の検討を進め,34年3月主として建設費,発電単価等が有利であるとの理由のもとに今後はGEC社に集中して交渉を進める旨の発表を行ない,政府に対しては34年3月,原子炉等規制法に基づく原子炉設置の許可申請を提出した。原子力委員会は従来から設置されている原子炉安全審査専門部会にこの原子炉の安全性に関する技術的検討を依頼し,目下同専門部会において技術的な検討が鋭意行なわれている現状である一方経済性については発電事業の所管省である通産省の協力を求めGEC社の見積りならびに日本原子力発電株式会社の推算について慎重検討中であるが,日本原子力発電株式会社の申請によれば,キロワット時あたり約4円96銭程度である。
 さらにまた,本炉の建設運転等について英国原子力公社からの助言を得るための技術援助契約が34年6月,外資審議会の審議を経て許可された。
 このように本炉の導入については,目下原子炉安全審査専門部会の結論待ちの状態であるが,残された問題としては経済性の検討,日本原子力発電株式会社とGEC社との契約の内容なかんずく第三者損害賠償に対する免責の問題であろう。

2.その他の動力炉について

 前述のように第1号実用発電炉がコールダーホール改良型に,また動力試験炉が沸騰水型にほぼ定まったので,国内での各種動力炉型式についての議論は一時ほど盛んではないようにみえるが,次期の発電炉をめぐっての内外各社の売込みは依然として激しいものがある。
 一方国際的にもSENN社の国際入札における沸騰水型の採用,米国原子力委員会の臨時諮問委員会の各種動力炉に対する評価等があって,各種動力炉の優劣についての議論もやや技術的に検討することの可能なデータが得られるような段階に達した。このような環境にかんがみて原子力委員会は33年10月新たに動力炉調査専門部会を設け重水型,有機材型,高温ガス冷却型,増殖型動力炉等の将来性について検討を進めている。


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