第1章 国際協力
§2一般協定の締結

32年から33年にかけてわが国が原子力の研究開発を急速に進めるために,動力炉の開発に着手することが必要であ るという気運が徐々にたかまった。
 動力炉の開発に着手するとすれば,わが国より動力炉の開発において進んでいる米国ないし英国の技術を導入しなければならないことは当然であった。動力炉の技術を受け入れるにあたっては,現状においてはこれらの諸国と動力の利用分野をふくめた原子力一般協定を締結することが前提となっていた。このような背景のもとにおいて,32年9月米国および英国との一般協定の交渉が開始された。
 米英両国との一般協定の交渉は明けて33年6月16日の調印によって一応落着した。この2つの一般協定は両者ともこの協定によって売買され,賃貸される原子炉やウランなどが軍事目的に転用されないようにする保障措置の条項を骨子としている点においてはほぼ同様のものであるといえる。特に大きな違いは日米協定が濃縮ウランの提供(動力炉および研究炉用として濃縮度20%のウランで,含有する235个U2,700kg,研究用として235个U100g,Puおよび288个U各10g)を定めているのに対して,日英協定は主として英国で開発している天然ウラン型の動力炉およびその燃料の供給を中心においているところにあるといえよう。ところで両協定の調印が6月に終ったあとで米国側から日米原子力一般協定の一部改訂について次のような新たな提案が行なわれた。
(1)研究用として日本側に提供されうるプルトニウムの量を従来の10gから「加工された箔および線源の形状のプルトニウムについては250g,その他の形状のプルトニウムについては10g」に引き上げる。
(2)材料試験用原子炉に使用する90%濃縮ウランが日本側に提供されるものは,従来は285个U6kg以下の燃料装備で運転できるものに限られていたが,これを「235个U8kgをこえない燃料の装備でそれぞれ運転できる研究用および材料試験用原子炉での使用のため90%濃縮ウランが日本側に提供されうること」と改める。
(3)米国政府が優先的に買戻しうる副産物(プルトニウム等)は米国においても平和的目的にのみ使用するためである旨を協定文中に明記する。
 以上のうち(3)の点については協定交渉中において日本側が終始強く希望した点であり,他の2点についても日本側にとって異議はなく,以上の3点を含む改正議定書(正式名は「原子力の非軍事的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定を改正する議定書」)が10月9日ワシントンにおいて調印された。かくして,日米,日英原子力一般協定および日米原子力一般協定改正議定書は10月の第30臨時国会に提出され,いずれも11月1日衆議院本会議で承認後1ヵ月を経て12月1日自然承認となり,日米および日英の一般協定は12月5日に発効した。ただし,日米改正議定書のみは米側の議会承認手続が未了のため,34年に持ち越され,2月17日米側の手続完了の通告によって発効した。
 日米および日英原子力一般協定の発効によって,わが国としては原子力の研究,開発,利用に関する米国および英国の具体的な協力を得る体制が確立したわけである。英国については日本原子力発電株式会社がコールダーホール改良型実用動力炉の購入の準備を進め,米国については日本原子力研究所の高速中性子ブランケット指数実験,水性均質炉臨界集合体および半均質炉臨界集合体に使用する濃縮ウランの入手について4月末ごろから米国原子力委員会との間に交渉が進められた。
 日米,日英の協定とならんで,カナダとの原子力一般協定は2年前からの懸案となっていた。すなわち,32年4月にはすでに米英とならんでカナダとの間にも核燃料物質および核原料物質の購入に必要な交渉を行なう旨の閣議了解が行なわれていたが,日米および日英の交渉に時日が費やされたため容易に交渉開始の運びに至らなかった。しかし,上述のとおり日米,日英の2協定もようやく発効を完了したので,34年初頭,日加両国政府の間に交渉開始の了解が行なわれ,4月上旬から本格的交渉が開始された。
 カナダはすでに西独およびスイスとの間に同趣旨の協定を締結していたがカナダ側ではその形式を必らずしも固執しなかったこと,主要な問題点は日米,日英協定交渉の際に討議しつくされていたこと等の理由で交渉はきわめて円滑,迅速に進められ,7月2日にはカナダのオタワにおいて調印が行われた。
 日加原子力一般協定は,前文および8条からなり,その主たる内容は次のとおりである。
 この協定の大きな特色といえるのは,協定全般が双務的に規定されていることである。すなわち,規定上は日加両国がいずれも供給国の立場からの権利と受入国の立場からの義務とを相互に負うこととなっている。たとえば日本で副産物として生産されたプルトニウムをカナダに提供した場合,日本政府はカナダ側に対して記録の要求,査察等の権利を有するわけである。この点は日米,日英協定が米英をもっぱら供給国として取り扱い,査察等の権利を米,英側に一方的に認めているのと趣きを異にする点である。
 さらにもう一つの特色は日米,日英協定に規定されているいわゆる免責条項がないことである。元来カナダ側の協定草案には免責条項は含まれておらず,正式交渉開始後カナダ側から免責条項の挿入が提案されたのであるが,折衝の結果,免責条項は協定本文に規定せず,燃料供給に際しての第三者に対する責任について相互に満足しうるとりきめが行なわれるまでは,個々の燃料供給契約において処理することとされた。その他の点では日米,日英協定の場合とおおむね同様である。以下各条の内容を簡単に述べると第1条は協力の範囲を規定しており,情報,資材の供給,訓練,技術援助の供与を含む広範な範囲に及ぶこととなっている。なお,この協定では公開の情報のみが供給され,機密情報は全く除外されている。
 第2条および第3条は情報,設備,資材,役務を供給ないし受領する際の条件を示すものである。第4条は保障措置の規定で,保障措置の内容は日米,日英の協定および国際原子力機関憲章に示されたものと同様である。
 またこの保障措置を国際原子力機関の保障機構に移譲する方法も規定されている。第5条は協定の範囲から除外される事項を示し,主として軍事用のもの,商業的情報で移転を許されないものが除外される。第6条は協定適用上の協議であり,第7条は定義,第8条は発効に関する規定となっている。
 日加原子力一般協定は両国の国会承認手続を経て発効することとなっているが,この協定が発効することによって原子力の分野における日加両国間の一般的協力が促進されることはいうまでもない。特にカナダは米国とならぶ世界のウランの大生産国であり,今後わが国に対して多量のウランを供給する道が開かれることになっている。さしあたって原子燃料公社が東海製錬所において使用する約6tonのウラン精鉱をカナダから購入することとなった。


目次へ          第1章 第3節へ