第5章 原子力の障害と安全
§3 動力用原子炉の安全

 (英国型原子炉の地震対策について)英国型動力炉を調査するために,31年秋派遣された訪英調査団は,32年1月,その見解を発表したが,それによると,英国型動力炉を輸入した方がよいという見解をとりつつも,まず国内において安全問題,とくに地震問題を検討すべきであるとしていた。
 そこで原子力委員会は,31年3月動力炉専門部会に原子炉地震対策小委員会をもうけて,既存資料による英国型勤力炉の耐震設計検討および耐震対策研究の方針等について調査審議することとしたのである。
 およそ英国型原子炉そのものは,地震がほとんどない英国で設計建設されるものであるから,耐震的にみて構造上問題となる点が多い。たとえば,まずその中心部すなわち炉心は,天然ウラン250トンを挿入した2,000トンにもおよぶ黒鉛のブロツク積みであり,とくにブロツク積みの下部は運転時と停止時の熱膨脹をにげるためボールベアリングでささえられており,これが地震の時,変形あるいは崩壊しないかということである。第2に炉心を収容する約1,000トンの球形圧力容器およびこれら4,000トンちかくを支持する脚部の耐震上の強度が十分であるかということ。第3に以上の物をかこむコンクリート・シールドは2〜3mの厚さがあるから十分に強固なものとかんがえられるが,これと炉心あるいは圧力容器をつなぐガス管(ダクト)その他各種のパイプ類が相対変位によつて破損しないかということ。第4に直径6m,高さ25m,の熱交換器,およびこれにつないである炉心からのダクト等も問題である。
 原子炉地震対策小委員会はわが国の地震資料をあつめるとともに,各種の公表された資料によつて,英国型の構造について耐震的見地から検討をすすめた。
 しかし構造の主要部分は,いわゆる商業上の秘密に属し詳細にはしることができなかつたが,当然耐震化のために設計変更になるものであり,この点は苦にするにおよばないとかんがえられた。また地震資料も,大地震のものとなると十分な記録はないが,設計にあたつて予想すべき地震動は経験的,工学的判断によつて決定しうるものとかんがえられた。
 小委員会の検討中でもつとも重要であり,また十分論議された問題は,コンクリート・シールド内部の耐震化をいかにおこなうべきかであつた。
 それを耐震化するために,弾性支持法による制振(あるいは免震,消震とともいわれる)構造とするアイデアがいくつか提案され,また一方補強法による完全固定にちかい方法で耐震化することの可能性ものべられた。制震構造とする場合は,制震部(炉心,圧力容器)の耐震化は達せられようが,非制震部(コンクリート・シールド)との間に相対変位が生じ,そのため両部分をつなぐパイプ類の設計が複雑になるので,固定化する方法がもし可能ならばまずその方法がなされるべきであるという技術的な理由と,英国から輸入する炉について,制震法の場合におこるような大きな設計変更をのぞむのは無理であるから,補強法をかんがえ,英国側との交渉にそなえるべきであるという二つの理由から固定化するための補強法を検討し,また実験的にもたしかめるべきであるとかんがえられたのである。
 小委員会は,このような観点にたつて検討した結果について,耐震設計仕様書草案を作成し,また耐震実験計画を立案することになつた。仕様書を作成するにあたつて,英国型動力炉が従来の構造物にはみられない特殊なブロツク積みであり,また放射能を内蔵するものであるので,普通の建物のように現行の建築基準法の規定そのままを採用するわけにはいかない。しかし動力炉の各構造物の性質,修理の難易,重要度および破損にともなう危険度等をかんがえあわせた補強法によつて耐震設計は可能であろうとの見解に達し,一般構造物,原子炉建屋および付属施設,コンクリート・シールド,その内部というように段階をつけて強度をあたえることにしたのである。一方耐震対策研究上必要とかんがえられる実験テーマおよびその計画は(第5-2表)のとおり作成した。
 仕様書草案は32年6月,一応英国側へも提示し,また耐震実験は(第5-2表)に太線でしめした部分について日本原子力研究所が,東京大学地震研究所および同工学部,建設省建築研究所ならびに早稲田大学に依頼して,実験をすすめることになつたのである。
 その後仕様書草案に対する英国原子力公社の一応の見解も公表され,また耐震実験も進捗しつつあり,さらにあたらしく設立される日本原子力発電株式会社から,英国へ調査団を派遣される予定もあつたので,同年10月になつて,ふたたび英国型動力炉の地震対策に関し,早急に問題点の集約をおこなうことになつた。原子炉地震対策委員会は,耐震化の研究,仕様書関係の検討ならびに資料の作成を早急に能率的におこなうため,あらたに五つの研究班をもうけて研究にあたり,その資料を幹事会において検討し,小委員会にうつして審議することとした。その成果の概要は

1)地震,地盤,震力関係

 まず,過去における地震の資料から,地震の頻度,強さ,性質等を検討して,動力炉設置の候補地と目される東海村に建設される場合の資料とし,さらにまた将来全国に設置されるであろう敷地の選定に役だてることにした。地震記録からみて,東海村においてはさいわいにも最大級の地震のないことが予想される。また東海村の地盤についておこなわれたボーリングまたは弾性波調査の結果等を総合検討して,地表面下10数mに基礎をおけば十分たえられるという結果もえられた。

2)耐震実験

 英国型動力炉の炉心は,黒鉛のブロツク積みで非常に特徴的なものであるので,その耐震実験に重点がおかれたが,しかし細部の設計までは不明であつたので,基礎的な性質すなわち振動性,変形性,あるいはこれを安全に保持する耐震的方法等の研究がおこなわれたのである。
 建築研究所においては,1/2縮尺の黒鉛ブロツクを使用して小規模な実験をおこなつた。バンドでブロツクをしめつけた密着構造のものでは,振動に対してかなりの抵抗力をしめしたが英国の設計ではブロツク間にすきまがあり,この場合には耐震力が割合にひくく,ブロツクがおどりだすというようなこともあり,英国の設計のままのブロツク積み自体では大きな耐震力を期待できないことがあきらかになつた。またブロツク積みをキーで止めて強度をもたせる研究もおこなわれた。
 次に東京大学工学部においては,約1/5縮尺の木造プロツクを使用し,これを鋼製の容器におさめて振動実験をおこなつた。この結果から,支持構造体の設計にあたつてはブロツク積みの重量を20%程度割増してかんがえる必要があるとの結論がだされた。
 なお早稲田大学においては,1/6縮尺の石膏ブロツク2,000個を積み,これを籠状の補強構造物でかこんで実験したが,このような補強法は耐震上有効であるという結果をえた。

3)耐震設計関係

 重点を黒鉛ブロツク積みの耐震補強におき,あわせてその外周の圧力容器,パイプ類,熱交換器等の耐震方策を総合的に検討した。
 とくに英国型動力炉は炉心部が3,000トンちかくあり,圧力容器までいれて約4,000トンの荷重があるので,これにかかる地震力をささえるため,まず炉心部を補強し,次に全体の支持構造物を強固にする必要がある。そこで円筒形の鋼材で炉心部をかこみ,円筒形の台で全体を支持する方式と,籠状の鋼材で炉心をかこみ,全体をごとく状の脚で支持する二つの方式について,それぞれ地震応力,熱応力等を考慮して設計試算したところ,これらに要する鋼材はいずれも100トン程度でたりることがあきらかになつた。しかし細部の設計,あるいはこのような方式によつて動力炉本来の機能に支障がないかどうかは後の検討にゆずられている。

4)構造資料関係

 英国型動力炉の構造に関する資料の収集につとめ,さらに耐震的見地から検討がおこなわれた。

5)仕様書関係

 仕様書草案を作成して以来,耐震実験および検討の結果からさらにあきらかになつた点を加味して,相対変位による損傷防止,大地震時の停止装置のほか緊急時停止装置等,仕様書草案を若干補足改訂することとした。
 原子炉地震対策小委員会では,以上のように英国型動力炉の耐震化の問題について研究をすすめたのであるが,結論として細部については種々困難はあるにしても,一応耐震的には設計が可能であるという見通しをうるにいたつたのである。
 なお,33年1月になつて日本原子力発電株式会社から派遣された訪英調査団には,とくに従来の原子炉地震対策小委員会のメンバー6名が地震班として参加し,独自の調査検討をおこなつた。その結果英国型動力炉は,経済性を阻害することなく日本の地震条件に対して設計変更することが可能であり,耐震上の見地からは英国の民間工業グループに設計させてさしつかえないという見通しがえられた。そこで従来の耐震設計の仕様書草案に,若干の改訂をくわえ,最終仕様書を作成したのである。おもな改訂は,原子力炉部分のほかガス管,熱交換器等の一次冷却回路にも十分な強度をあたえるべきだという英国側の見解もあつて,これをとりいれたことてある。
 原子力委員会にもうけられた動力炉専門部会では,31年夏以来主として英国型動力炉について調査検討し,当初からその安全性についてはとくに重点をおいたところであるが,はじめのうちは資料の入手が困難な面もあり十分な検討は不可能であつた。しかし32年夏ごろになつて次第に資料も入手されるようになつたので,専門部会では技術的見地から具体的事項について検討をすすめる計画をたてたが,日本原子力発電株式会社側でも英国型動力炉の安全性を検討することになり,しかもメンバーがほとんど重複することになつたので,これを会社側の研究にゆずり,専門部会ではその報告をうけて安全性検討の参考資料とすることとした。

 II 学部学科   京都大学工学部原子核工学科,学生定員20名完成6講座,初年度2講座


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