第5章 原子力の障害と安全
§2 放射能調査

 広島,長崎,ビキニと原水爆によつてつよい放射能障害を受けたわれわれ日本人は,核実験による放射性降下物には,ふかい関心をもつている。
 この降下物のため,大気,海洋,地表,食品にいたるわれわれの生活環境が汚染されている。一方アイソトープの利用が発展し,ちかい将来原子力発電が実現されようとしている今日われわれ日本人は環境汚染をただしく認識し,放射線による障害を防止しつつ,他方原子力の平和利用を推進し,われわれの生活水準を向上させねばならない。この見地から,今日,放射能調査が総合的におこなわれている。
 さて,わが国における従来の放射能調査には広島,長崎原爆災害調査,第一次,第二次ビキニ調査がある。前者は,強烈な大量放射線による人体の急性および慢性症状について,後者はビキニ核実験の生活環境におよぼす影響について,調査研究されたものであつた。原子力委員会は31年10月この放射能調査が,従来暫定的にばらばらに実施されていたのを遺憾として,調査体制の整備と,常時観測網の確立をはかることとした。32年度は,この線にそつて,各研究機関は,有機的に連絡をとり,総合調整をはかりつつ,調査をすすめた。
 放射能調査は,自然放射線,(Natural backgroundradiation)と核実験にともなう放射性降下物(いわゆるフオールアウトと称されている)を調査するのであるが,その目標は,われわれの環境が,天然と人工の放射線でどれだけ汚染されているかを把握し,われわれの人体に対して,それらがどんな影響をあたえるかを究明しようとするものである。
 したがつて,天然放射線の水準を測定するばかりでなく,放射性降下物については,その降下状況,地表の堆積状況,動植物や人体内の組織内への蓄積状況を通じて,最後に,人体内の放射性物質の蓄積状況を把握する。これらの場合,半減期のながいものや,人体の重要器官である骨髄や生殖腺に集中的に蓄積するような核種は問題となる。Sr90は骨にCs137は筋肉に蓄積する上に,その半減期がかなりながいので,多数の核種の中,とくに注目してその行動を追及していくのである。 Sr90の骨髄照射は白血病,Cs137の生殖器照射は,遺伝子突然変異の発生頻度をたかめ,子孫に対して遺伝的影響をあたえる。
 32年度でえた調査結果の概要は,大約次のとおりである。

1)大気中の放射能

 日本における雨の放射能の推移は放射能の最高値が30年4月以来大きなピークが8回ある。30年10月中旬頃まで100cpm/l以下であつた雨の放射能は,その後急増の傾向をしめし,最近では,ひくいときでも数100cpm/l前後,たかいときには,1,OOOcpm/l前後の値が2カ月以上も継続することがあつた。
 空気中に浮遊しているじん埃の放射能の推移は,雨の場合とほぼおなじ傾向にある。最近では,その値は100cpm/10m3前後 (集塵器の効率を10%とする)になつている。

2)降水の放射能

 水道水,井戸は天然の土壌がイオン交換樹脂のような作用をする結果放射能が少ないが,天水ではこの作用がない。さいわいなことに,今までの調査では,天水の放射能は微量で許容量に達するものは発見されていない。

3)土壌の放射能

 32年1月〜33年1月全国各地の土壌の放射能を分析して,Sr90集積量3〜8mc/km2をえた。

4)農作物の放射能

 農作物の汚染は,主として,雨などによる外部からの付着が原因していることがわかつた。
 Sr90分析は野菜,茶,米でおこなわれた。注目すべきことは,30〜31年度産の玄米のSr90濃度が野菜,茶葉にくらべて,かなりたかいことであつた。この玄米のSr90は,その大部分がヌカの部分にあつまつていることがわかつた。

5)食物全体の放射能

 われわれが,日常の食物としてこれら農,畜水産物およびそれらの加工品をたべることにより,Sr90,Cs137を微量ではあるが,毎日体内にいれることになる。しかし,その量は個人個人の食習慣でちがつてくる。
 一例として,都会の庶民家庭にみられる料理献立として,32年6月東京における35日間1人分を,全部混合して分析し,(第5-1表)のようなSr90含有量をえた。

6)人体の放射能

 31〜32年に死亡した日本人10人の骨中のSr90を分析し,0.07〜4.8S.U.(0.07S.U.は63才の人,4.8S.U.は6カ月の胎児3例の平均値)をえた。年令のわかいほどSr90濃度がたかい。また日本人の筋肉や血液,尿中のCs137も測定された。これらは測定例がまだ少数であるので,今後さらに研究の進展が期待されている。米国では,Kulp博士が中心となつて,世界各地から人骨1,600余体をあつめて,大規模な調査をすすめている。
 ちなみに,1S,U,はCalg中にSr90が1μμcある場合をいう。
 人体中のSr90のKulp観告値は,職業人に対しては1,OOOS.U.一般公衆に対しては,100S.U.である。この水準にくらべて上記日本人の測定値は0.07〜4.8S.U.であつたわけである。
 Kulp博士が,北米で多数の測定値をえたが,その平均値は子供(0〜4才)で0.67S.U.,成人で0.07S.U.であつた。


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