第4章 原子力船
§2 原子力船開発上の問題点

 前節でふれたように,原子力船は従来の推進機関によつてはえられない利点をもつている。そして,その技術的可能性は原子力艦艇においてすでに実証された。また原子力船の実現にとつては有利な傾向,すなわち大型化の傾向が新造船市場にあらわれている。それにもかかわらず,原子力船の開発がめだつた進捗をみせないのは,次のような技術的あるいは経済的問題をふくんでいるからである。

2−1 技術上の問題

 原子力船開発の目的は,原子力を利用して従来の推進方式による船よりもすぐれた商船を実用化することにある。商船の性能は,単にスピードがくよやいとか,航続距離がながいとかいうことによつてのみ決定されるのではなく,その船の製造や運航に必要な経費に対する輸送能力の大小によつてもきまるものである。したがつて,どんなにスピードがはやくても,また,少しの燃料でいくらながく航海することができても,そのために必要な費用があまりたかいものでは,使用することができない。ここにいう技術上の問題は,単につくることに大きな困難をともなう問題というよりは,性情のよいものをある程度やすく,簡単につくることのむずかしさである。
 陸上の実用規模の発電所に使用される原子炉は,6万kWとか7万kWという大きさ以上のものが多い。これを船の推進出力の単位として普通つかわれる馬力単位に換算すると,8万馬力程度にあたる。ところが,船の推進をこ必要な動力は,特殊な大型超高速船(たとえば英国の客船クイーンメリー号の16万馬力)をのぞけば,8万トンの油槽船で4万馬力,4万トンの油糟船で2万馬力程度であり,陸上の発電所にくらべるとかなり小規模なものである。ところが原子核分裂の連鎖反応を持続させるためには,原子炉の炉心の大きさはある程度以上に大きくなければならない。この大きさは,炉心の形や材料によつて影響されるが,天然ウランのようにU235の含有量の少ない燃料を使用する時には非常に大きなものとなり,たとえ,2万馬力程度の小規模なものでも,船の機関室におさまりきれなくなる。その結果,発電用原子炉としてはもつともはやく開発されたコールダーホール型の原子炉を船に応用することは困難であり,超大型船をのぞいて,舶用原子炉はある程度濃縮した燃料を使用しなければならない。濃縮燃料を使用する原子炉は,種類も多く,その中のどれが舶用としてもつともすぐれているかは未だ解決されていない。
 このように舶用原子炉は陸上の原子炉にくらべて小型でなければならないが,このほかに陸上とちがつた厄介な問題が数多く存在する。
 たとえば,コールダーホール型の導入に関連して問題となつた地震の影響は,船の場合の振動と動揺にあたるものであるが,これは陸の地震よりもばるかに大きな影響を原子炉にあたえるものとかんがえられている。

2−2 安全性

 原子力発電の実用化がすすむにつれて,安全上の問題がやかましく論議されはじめた。しかし原子力船の場合には,安全上の制限はさらにきびしく,原子力船の開発にあたつて最初に解明されなければならない。
 陸上の原子炉は立地条件を考慮することによつて万一の場合被害を最小限度にくいとめることができるような場所をえらぶことができる。しかし原子力船の場合には,しばしば人口稠密な港湾に出入しなければならないので,原子力船の安全性がひろく認識されないかぎり,物をはこぶ機能をはたすことができなくなる。したがつて,原子力船による環境汚染の問題,衝突,坐礁,沈没,転覆等が周囲におよぼす影響を解明する研究が早急に実施されなければならない。この問題は,単にわが国の原子力船開発のために必要であるばかりでなく,外国の原子力船がわが国に寄港しようとするときただちに生じる問題である。
 原子力船が外部におよぼす安全上の問題は上記のとおりであるが,原子力船自身の安全も同時に究明されなければならない。大洋の真只中で波浪の中を航行する原子力船の機関に故障がおこつたとしたら,船は波浪にほんろうされながら,転覆あるいは沈没という最悪の事態にたちいたらざるをえないであろう。

2−3 経済性

 現在のところ原子力船の運航費は,従来船の運航費を相当うわまわるものと推定される。これは原子炉の建造費その他をふくむ船価がたかいことと,燃料費その他の運航経費も予期したほどやすくならないからである。
 たとえば米国で建造中の原子力貨客船サヴアンナ号の機関部コスト(原子炉をふくむ)は,987万2,000ドルで契約されたが,これを従来方式の機関でまかなえば,350万ドル程度である。
 もちろん,原子力は目下開発の途上にあり,原子炉のコストには膨大な研究開発費が含まれるので,むしろ当然のことといえるであろう。サヴアンナ号建造の意義は,その経済性にあるのではなく,その建造と運航により原子力船に関する実際の資料をうることにあるとみられる。
 燃料費についても,発電の場合と事情を異にする。従来わが国は燃料資源がとぼしいために,発電用の燃料は,海外からの輸入に依存しなければならない。その結果,燃料の価格は原産地の価格に輸送料金を加算したものとなるが,船の場合は就航する航路のなかで燃料価格が一番やすいところで仕入れるので,発電レこくらべて相当やすい燃料を使用している。したがつて,原子力発電の燃料費が在来燃料による燃料費よりやすいといつて,原子力船の場合もただちにそうなるとはかぎらない。
 しかし,本章の冒頭にのべたとおり,原子力の利用は,船の性能を向上させる本質的な利点を有するので,今後の研究開発の結果,原子炉の建造費と燃料費が低下し,現在の商船推進機関にとつてかわるのもそんなにとおい将来のことではないといえよう。


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