第4章 原子力船
§1 原子力船と造船,海運

 原子動力を商船の推進に利用しようという着想は,ほとんど原子力の動力利用の可能性と同時にうまれたといつてよいであろう。たしかにその原理は簡単なもので,従来の熱源のかわりに原子炉のなかで発生する原子核分裂の熱を利用して蒸気を発生させ,この蒸気でタービンを駆動するというにすぎない。そしてこの可能性は,米国海軍の原子力潜水艦「ノーチラス号」によつて成功裡に実証され,原子力船の問題は,単なる夢物語では,なく,現実の問題となつたのである。すなわち,米国は28年以来数多くの海軍艦艇の原子力化にひきつづいて,いよいよ,33年3月から原子力貨客船「サヴアンナ号」の建造に着手し,ソ連では32年12月原子力砕氷船「レーニン号」が進水した。その他,英国,ドイツ,フランス,ノールウエイ等世界の主要海運国においても,具体的な建造計画こそ発表されていないが,原子力船の実用化を目指して研究がすすめられていることが報じられている。
 このように,原子力船の実用化のために研究がすすめられているのは,将来原子力が従来の商船推進機関にとつてかわるだけの利点をもつているからにほかならない。原子力船が従来の船にくらべてまさる点は,第1に船につみこまなければならない燃料の量(重量,容積とも)が少なくてすむこと,したがつてそれだけ輸送する貨物の量がふえること,第2にこれと関連して,船の航続距離がのびること,第3に船の速度をあげる可能性のあることである。一方,船舶を運航する海運業は,常にきびしい国際競争の場にたたなければならないので,船の性能はただちに海運業の利益に影響する。もし,日本船舶よりいちじるしく性能のすぐれた外国船が出現した場合には,日本船舶は貨物の積取競争において不利となり,海運業は大打撃をこうむるであろう。31年末からアメリ力合衆国が太平洋航路に高速度の優秀貨物船(マリナー型貨物船)を多数投入したために,わが国の海運業は大恐慌をきたし,その後の新造船の高速度化等によりこれに対処している。同様に,前述の原子力の利点をいかした優秀な原子力船が外国によつて完成され,国際航路に出現するならば,わが国の海運業に重大な影響をあたえるだけでなく,新造船の大部分を輸出船に依存する造船業にあたえる影響も無視できないものがあろう。
 今一つ,原子力船の開発と関連してみおとすことのできない問題がある。それは最近の新造船市場にあらわれた船舶の大型化の傾向である。すなわち,原子力による動力発生装置はある程度大型のものが経済的となる傾向があり,原子力船の開発も当然大型船からおこなわれる公算が大きい。それは,単に大型船が大型の推進用原子炉をつみこむことができるからばかりでなく,大型船になればそれだけ燃料の積載量も多く,原子力の利用によつてうるところが大きいからである。船舶大型化の傾向は,油槽船部門と鉱石専用船部門においていちじるしいが,その一例をあげると,31年末において,就航中の油槽船のうち4万5,000重量トン以上のものは8隻にすぎないが,発注済のものは150隻に達している。さしあたつて,4万トンあるいはそれ以上の大型油槽船が原子力船として検討の対象にとりあげられているのは,主としてこの様な海運界の動向にもとづくものである。


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