第3章 アイソトープ
§3 利用と研究

3−1 理学ヘの利用

 わが国におけるアイソトープを利用した理学部門の研究状況は,31年から毎年1回開催される原子力シンポジウムや日本アイソトープ会議で発表討論される論文によつて,その様子をしることができよう。
・昭和32年度においては,昭和33年2月開催された第2回原子力シンポジウムやその直前に開催された第2回日本アイソトープ会議で多数のすぐれた論文が発表された。すなわち,シンポジウムでは放射化学および応用放射化学で17編,放射線化学で11編,汚染除去および廃棄物処理で7編,再処理で4編,同位元素,重水で9編,黒鉛で4編,探査鉱床で12編,放射線測定で30編,生物医学で21編,遺伝で6編,合計121編が,またアイソトープ会議では,放射線化学に6編,理学に10編,安全防護に17編,生物学に8編,合計41編のアイソトープ関係の基礎科学の研究が発表された。
 これらの論文の研究テーマを概観してみよう。放射化学では,サイクロトロンの中性子照射による同位元素の製造,Co60ガンマ線源による放射化,核分裂性物質および核分裂生成物の放射化学的研究など,放射線化学では,高分子物質の被照射効果,被照射シリコーン油の粘弾性,放射線によるアクリル系グラフト重合,有機ハロゲン化合物に対するガンマ線の作用,酵素に対する放射線の作用など,汚染除去および廃棄物処理では粘土,砂類による水中の放射性汚染の除去,放射性廃棄物の焼却試験など,再処理では,TBPによる硝酸ウラニルの抽出,パルスコラムによるウランの抽出など,同位元素,重水では素焼隔膜による気体拡散分離の基礎研究,重水製造用多段交換反応塔,電解による重水濃縮など,黒鉛ではカーボンブラツクの混用による高密度黒鉛の製造,黒鉛中の硼素の分光分析など,探査鉱床では,わが国のウラン鉱床探査における諸問題,ヘリコプターボーン,ウラン自動探査機U-Scope,各地ウラン鉱山の鉱床など,放射線測定では,色素溶液等によるガンマ線線量の簡易測定法,放射性表面汚染の測定,バツクグラウンド,ラデイエイシヨンの測定など,安全防護では放射性ストロンチウムの解毒排泄,放射線影響に対する保護物質,放射性物質による汚染とその除去など,生物医学では,家畜の血球造成に対する放射性同位元素の影響,単細胞のオートラジオグラフイーに関する基礎的研究, .放射性セシウムの排泄に関する研究,放射性Srおよび放射性Cの動物体内代謝ならびに差別因子,細胞の燐酸代謝の研究へのP32の利用,放射線照射による食品保存など,遺伝では麦類の放射線感受性,X線処理による水稲の突然変異,X線技術者に対する放射線の遺伝的影響などである。
 これら多数の論文が発表されたが,32年度におこなわれた理学関係の研究中,次の5編は33年9月ジュネーブで開催された第2回原子力平和利用国際会議へ提出された。すなわち(1)日本におけるトレーサー量のポロニウムの化学的研究 (2)日本における核分裂性物質および核分裂生成物の放射化学的研究 (3)ベリリウムの分析化学的研究 (4)高分子に対する放射線効果 (5)ガンマ放射線による重合反応の研究

3−2 工業への利用

I 工業利用研究
 アイソトープの工業利用研究には(1)分析,(2)トレーサー・テクニツク,(3)計測と制御,(4)照射,(5)イオン化と発光の5大部門がある。
 分析にアイソトープをつかうことは,戦前(昭和9年ごろ)大学ではじめられていたが,28年ごろから,アイソトープの利用がさかんになり,金属分析,有機分析方面に応用されている。一方工業界における応用としては,比較的その例は少なく,酸化ゲルマニウム中の微量Pの定量,放射能によるKの定量法について,またC136によるBHCの異性体の分析の研究があり,今後ひろく利用されることが予想される。
 放射化分析がはじまつたのは戦前(昭和17年)であるが,戦後,再建された科学研究所のサイクロトロンをつかつて,この研究が再開され,Ge,Zr,Inなどの稀元素の放射化分析がおこなわれた。また32年度の研究として,Zr中のHf分析がおこなわれ,0.01%程度のHfが定量できることがわかつた。放射化分析をおこなうには,中性子源または,γ線源を必要とするので,まだ工業的に利用されておらず,もつぱら,大学や研究所での研究段階の状態である。
 イオン交換樹脂の分離法に,アイソトープがかなり応用され,好成績倉しめしている,しかしこれらの研究は,実験的なものが多く,工業方面に対する応用は,それほど開発されていない。
 トレーサー・テクニツク(追跡子技術)をつかう工業利用研究には,摩耗,拡散,腐食,流量流速測定,物理化学現象,化学反応機構などの対象がある。
 日本においては試料の照射サービスを容易にうけられないために,放射化を利用した摩耗の研究は,まだあまりおこなわれていないが,32年度にピストンリングをサイクロトロンで加速した重水素核で放射化して,摩耗の研究がおこなわれたほか,アイソトープを利用した摩耗の研究がいくつかおこなわれた。
 アイソトープを利用した拡散の研究は,比較的多くおこなわれている。すなわち電弧溶接に際して合金元素の移動状態,還元性条件下における溶鉄のスラツグによる脱硫反応,高純度アルミニウム中に不純物として微量に存在する鉄の挙動,低合金鋼における焼戻脆性現象,鋼の電解精錬過程における陽極銅中の銀の挙動などがあげられる。32年度の研究としては,体心格子金属の拡散機構,銅反射炉内の溶湯の流動がある。前者は,電解鉄を真空溶解してつくつた多結晶の試料にFe55,Co60,Ni68をメツキし,拡散焼鈍して,それぞれの拡散係数を測定し,空格子点拡散の機構を支持する結果をえた。後者はAu198,Ag110を用いて銅の反射炉内の溶湯の流動をしらべ,バーナーを停止しても,湯はうごいていること,湯はある方向へながれていること,1時間経過後,湯はほぼ混和されていること,出湯中の添加物は十分混和されていること,出湯中の炉内中央部の湯は,きわめて短時間で湯口に達することなどがわかつた。
 アイソトープで流量,流速を測定する研究は,数年前からはじまつている。32年度の研究としては「アイソトープによる水圧管内の流速測定」が報告され,Na24,Co60の塩化物を使用し,ピトー管法の測定値と比較し,種々すぐれた点―外部から無接触測定ができる。水圧鉄管になんら工作することなく,随時に測定ができる。測定に際して送電中止の必要がなく,経費が総合的にみて安価になる。測定に要する時間がみじかい―のあることがわかつた。
 アイソトープの計測,制御方面への応用研究は,数年前からはじめられ,着々と成果をあげている。すでに厚み計,濃度計,液面計などは,製造工程中に使用されるようになり,さらにその改良がつづけられている。これらの計測機器を使用した制御もその応用が検討されているが,まだ実用化された例は少ない。現在は測定と品質管理用の資料をうる目的で,使用されている例が多い。また制御はほとんど手動式がおこなわれている。
 厚み計を使用した制御装置は,鉄工業における熱間圧延工程中の厚み測定および制御,冷間連続圧延工程中の連続制御に関しては,すでに実用化されている。製紙工業においても,抄紙工程中に,アイソトープを利用した厚み連続測定が実用化され,ちかい将来に,連続制御が可能になるとおもわれる。また紙工業では,抄紙工程中の紙の湿度の測定に厚み計と,同様の原理のものがもちいられているが,ちかいうちに湿度制御も可能になるであろう。その他ゴム工業,プラスチツク工業においても,放射線厚み計を応用した制御の研究がおこなわれている。
 濃度計を使用した制御装置を,化学工業,製紙工業,石油工業などへ応用する研究がおこなわれている。尿素濃度の測定,塩化ビニール重合度の測定を工程中におこなう研究もなされており,ちかい将来に連続制御が実用化されるであろう。
 液面計を使用した制御は,高圧タンク中の液面制御,腐食性液のレベル制御,溶鉄の液面制御の研究がさかんにおこなわれている。
 石油化学におけるC/H比計を応用した制御は,研究されているがまだ実用化されていない。
 アイソトープを放射線源として利用する工業研究は,高分子物質の品質の改善,化学反応の促進,菌種の改良および殺菌と,その応用範囲はきわめてひろい。現在の原子力平和利用は,発電,推進などの分野においてさかんであるが,今後は熱源としての利用,放射線源としての利用など第二,第三の利用面がひらけてくるであろう。
 放射線が高分子物質におよぼす影響は,学問的に非常に興味のふかいあたらしい分野であるとともに,この現象の応用面も非常に期待がもてる。米国のG・E社は,ベータ線をあてて強化したポリエチレン樹脂をる商品化して量産中であり,英国モンサント化学会社は,放射線照射によポリエチレン合成法について,わが国に特許を申請中である。この方面の研究は,各国とも秘密裡に工業化の研究をすすめており,嵐の前のしずけさをおもわせるものがある。
 最近わが国でも,この分野への関心がたかまり,大学,国立研究所,民間会社などが,続々と研究にのりだしてきた。
 放射線照射による高分子物質の変性に関する研究は,29年からはじまつた。その後γ線照射装置が各所に新設されたので,31〜32年ごろから活発に研究がおこなわれるようになり,33年2月に公表された報告は,かなりの数にのぼつている。ナイロン,ビニロン,人絹,木綿,羊毛などにγ線を照射した結果は,だいたいにおいて,強度は低下するが,繊維の種類によつて,強伸度の変化の程度には,かなりの差異があることなどがわかつた。
 放射線による化学反応の促進についての研究は,最近はじまつたばかりである。放射線重合については,31年ごろからはじまつたが,32年度は急激に増加して,33年1〜4月の研究発表は10編をこえている。グラフト重合の研究は,応用を目的としたものが多く,定量的な取扱いや反応機構についての研究はほとんどない。低分子化合物への利用研究は,その多くが32年度からはじめられている。従来の報告の約70%は33年1〜4月におこなわれた。
 菌種の改良は,発酵工業で重要問題であるが,放射線による菌種の人工突然変異の誘発についての研究は,従来2〜3の報告があるが,32年度に,放射線照射による食品保存に関する総合研究が報告された。それによると,発酵製品および発酵原料にγ線殺菌をおこない,清酒,醤油は副作用が多くて応用は不可能であるが,米,甘藷に対しては発酵に変化がみられず効果をしめした。この研究は,いずれも予備実験の段階にある,今後は実用的見地から醸造食品,農産物,水産食品などわが国で消費量の多い食品についての照射実験を,本格的にすすめ,各種成分の変質,風味の変化,ならびにその防止法の研究をおこなうこととなつている。
 アイソトープのイオン化,発光の利用については,研究もまだごく初期の段階である。原子電池,静電気除去器,発光塗料,スターターへの応用があげられる。前3者についてはみるべき成果はまだえられていないが,スターターについては,Co60あるいはSr90が利用されている。
 すなわちT.R.Tube,A.T.R.Tubeはすでに数社で製造され,またPre-T.R.Tubeにも応用されている。

II 工業的応用
 一般的にいつて,日本におけるアイソトープの工業的応用は,最近研究の段階から実用化の段階にすすみつつあるといえよう。現在ひろく実用に供されている部分は鋳物,溶接部の欠陥検査用につかわれるラジオグラフであつて,造船所,機械工場などで,現在全国で約40台ぐらい使用されている。また化学工業,冶金工業では工程解析が最近ぼつぼつはじめられ,今までしることができなかつた現象を解明して,製造工程の改善に役だつている。これの実施例としては10数例がある。厚み計,液面計などによる計測は,これらの計器の設計の進歩にともなつて,32年あたりから,実際に応用されるようになり,厚み計50台以上(金属シート,ゴムシート,プラスチツクフイルム,紙などの厚みを測定する),液面計50台ぐらい(肥料工場,レーヨン工場で,各種工程で使用されている),濃度計約10台(化学工程や鉱業工程で,液体の濃度や比重を測定する)が,製造工業の生産現場で活動している。

3−3 農業への利用

 アイソトープを利用して,農林水産畜産蚕糸業へ貢献する農学研究は,わが国のアイソトープ輸入開始とともにはじまり,すぐれた研究が,多数発表されている。32年におこなわれた研究のうち,おもなものを紹介しよう。
 まず農業部門で「施肥法改善に関する土壌学的研究」がある。わが国の水田における施肥改善を推進するためには,P32を圃場にもちいうるようにする必要があるが,わが国と事情を異にした外国でおこなわれているP32圃場試験方法は,そのままでは,わが国ではつかえない。このためまず,収穫物中のP32測定法を研究して,低濃度のP32の測定法を確立し,このため圃場に使用すべきP32の量を低下することができた。次にP32捩識過リン酸肥料をもちいて,水稲圃場に使用する方法を研究して,従来の規模の圃場試験(0.5〜1.O反歩)にP32肥料試験をくみいれることがでぎるようになつた。
 このP32圃場試験により,火山灰性半湿田水田におけるリン肥料の行動をあきらかにし,リンの吸収率が従来みられているものよりもわるいことがわかつた。またこの火山灰性水田における施肥法改善の基礎的研究をおこなつて,施肥法,施肥時期および施肥位置によつてリンの吸収量がことなることをあきらかにした。
 「桑園リン酸肥料施肥合理化に関する研究」においても,沖積層桑園における,春肥リン酸の吸収利用について研究された結果,桑園で春肥に過リン酸石灰を慣行施肥方法でほどこすことは,ほとんど無駄であることがあきらかとなつた。
 従来石灰窒素の肥効に関しては,シアナミド態窒素については,多くの研究報告があるが,石灰窒素の副成分である石灰および炭素の作物への吸収機構はあきらかにされていない。それで標識石灰窒素をもちいて,上記メカニズムを究明し,石灰窒素の肥効をあきらかにする必要があるので「標識石灰窒素の製造ならびに利用に関する研究」がおこなわれた。まず白色石灰窒素の製造方法を採用して,80%以上の収率で製品をえた。次にこのCa45製品で標識された石灰窒素を使用して土壌カルシウムと識別し,その行動を追跡した。化学肥料としての石灰窒素に標識しその石灰の吸収利用を追跡,した報告は,まだ諸外国でもみられないようである。この研究は第2回原子力平和利用国際会議に,わが国から提出されたものである。
 研究の結果は,石灰窒素のカルシウムが作物によく吸収され,かつ生育全期間にわたつて継続的に吸収されること,カルシウムにとぼしい酸性土壌では,石灰窒素が酸性中和にとどまらず,カルシウム源として,作物の生育収量に寄与していることがあきらかとなつた。
 タバコ育種ヘの放射線の利用も,25年以来ひきつづいて研究がたゆまなくすすんでいる。はじめはX線を利用して優良品種の突然変異による出現をこころみていたが,31年からはCo60によるγ線を利用するようになつている。そしてX2世代(照射世代X1の自殖次代)およびそれ以後に,種々の突然変異を発見した,それらは,主として葉形,花形,草丈などに関するものであつたが,早生,良質,耐病性など育種に利用される突然変異もあり,それらについて30〜32年の3カ年,圃場で小規模の栽培比較試験をおこない,乾燥収納試験までおこなつた。その結果2,3の系統については良好な結果をえたので32年には専売公社の6試験場で,やや大規模な生産力検定試験がおこなわれ,同様に好結果をえた。すなわち2品種は10〜15%の反当価格の増収となることがわかつた。この両品種は,さらに大規模に生産力検定がおこなわれるとともに,増殖計画がたてられている。
 畜産部門においても,アイソトープ利用の研究が,いろいろおこなわれているが,I131をもちいて,「雌鶏の換羽の機構」を研究した結果,休産後,まもなく換羽が,かならずおきること,換羽が休産をもたらすものでないことがあきらかになつた。
 水産部門では,29年のビキニなど水爆実験以来魚類の放射能汚染の機構,汚染状況など一連の調査研究が,さかんにおこなわれ,続々と新知見を,世界の学界に貢献しているばかりでなく,わが国民に対して,食品衛生上の貴重な知見をあたえている。これらの諸研究中32年におこなわれたものの1〜2についてのべよう。
 水中に溶存する各種のアイソトープを魚はどれだけ直接に吸収するかをみた研究「淡水魚による水中のアイソトープの直接吸収」は28年以来ひきつづいておこなわれているが,この研究は,各種の核分裂生成物が魚体内にはいる経路,体内における転移,および排泄の模様をあきらかにし,原水爆爆発生産物あるいは,原子炉廃棄物による放射能汚染に関する基礎知識をえ,さらに放射能汚染の浄化ならびに体内に沈着した放射性物質の除去についての方法を検討したものである。Ca45,Sr90(Y90),Y91,Zr95,P32,I131をつかい,淡水魚(コイ,ウナギ),海水魚(ウナギ)について,アイソトープの直接吸収状況をしらべた結果,魚類が水中に溶存する各種のアイソト-プを直接吸収すること,ならびにその吸収経路をあきらかにした。
 また太平洋の「汚染魚中の放射性核種とそれらの魚体内転移」についての研究がおこなわれ,従来,それらの汚染魚体中から,Zn65,Fe55,Fe59,Mn54,Sr90-Y90,Ba140-La140の存在することを確認していたが,32年には,同年南太平洋で漁獲された放射能汚染カツオおよびメバチの内臓灰の分属分析の結果Cd113m,Cd116の存在を確認した。この二つのアイソトープは,核爆発実験による放射性降下物や汚染海水からは,まだ検出されていないものである。しかしこの研究の結果Cd113m,Cd115mを添加した水中で飼育した魚(淡水魚,海水魚とも)について,元素の摂取状況を観察し・太平洋汚染魚中に分析により検出した各種の放射性核種が存在する事実を実験的に裏づけることができた。

3−4 医学への利用

 医学研究や医療にアイソトープを利用することは,戦後アイソトープ輸入開始と同時にはじまり年々盛大になつている。基礎医学部門の研究は,32年度で,相当数にのぼつている。すなわち第2回原子力シンポジウムと第2回アイソトープ会議で,発表されたものだけでも35編に達した。また応用医学部門のものは,40編にのぼり,32年に合計75編もが報告された盛況である。
 また第2回原子力平和利用国際会議へわが国から提出された54論文中,医学関係は9編をかぞえた。これら多数の研究報告中,数例についてその概要をのべよう。
 まず基礎医学,生物学の部門でわが国独特の動物,蚕をつかつて,放射線生物学に貢献する研究一放射線による蚕の発育時期別Mutabi11tyの相違と雄Steri11tyの原因-が報告されたが,これは,放射線による突然変異の誘発率は,雄蚕では,第4令末期から蛹期までが,ほとんど同率で,しかも比較的ひくいこと,このような蚕の突然変異出現率の雌雄による差異ならびに発育時期による放射線感受度の相違は,その原因が生殖細胞の減数分裂の時期的の差異とDNA合成の阻害程度に差を生ずることにあることをあきらかにした。
 P32標識菌による結核菌の毒力に関する研究も32年には第2報一結核菌の毒力と菌体脂質との関係一について報告され,P32標識菌をマウスに注入し,結核菌の毒力菌が無毒菌にくらべP32の排泄は3〜5倍の日数を要することなどの知見がえられた。
 応用医学ではCa45,P32,S35をトレーサーとして骨折治癒過程における基質代謝が研究され,仮骨における核酸代謝,ヒヨンドロイチン硫酸代謝,骨塩代謝を追求し,これらの相互関係について報告がおこなわれた。また血小板の運命について未知の点が多いので,これを追究するためP32標識血小板をイエウサギに静注して,その体内分布が測定された。
 最近における消化管手術の長足な進歩により食道,胃,小腸,大腸,肝,膵,牌などの合併切除も可能となつたが,これら臓器の脱落を主とする術後の病態生理に関しては,種々未解の問題をのこしている。これを解決しようとしてアイソトープによる消化管術後の消化吸収に関する研究がおこなわれ,独自の方法で,各種消化管術症例につき,脂肪ならびにタンパクの消化吸収機序の究明に応用して,術後生理の一端をあきらかにし,ひいては,術後栄養対策,手術適応範囲の決定に貢献した。
 放射能による潜在指紋の検出について,アイソトープを利用する巧妙な考案がなされ,ちかい将来その実用化もかんがえられる。この研究は,第2回原子力平和利用国際会議へ報告される論文の一つである。
 甲状腺機能亢進症の1131療法がおこなわれるようになつて10年あまりになるが,さかんになつたのはごく最近のことである。従来諸外国で発表された治療成績の例数は120〜281例であつたが,わが国では32年5月現在500例を突破したものが報告され,このような多数の報告は,世界的にも前例をみないものである。これによつてえられた新知見が発表されている。
 500例の治療成績を要約すると(第3-10表),(第3-11表)のとおりで,1年治癒85%,3年治癒95%をえているので完全治癒率がきわめてたかい。

 放射能の日本人最大許容量の研究も,29年から総合的にはじめられている。この研究課題は,原子力時代の今日,世界の大問題であつて国連放射線影響科学委員会などの活動とも関連して,国際的研究協力の一環として,きわめて重要な意義をもつている。31年までの研究は,予備的段階であり,32年度より本格的な研究がすすめられている。そして33年1月の日本学術会議放射能影響調査特別委員会の放射線総合研究班長会議での発表によると,次の諸点があきらかとなり,また検討されている。
 すなわち,

 このように,放射能の生物学的指標となりうる非常に敏感な方法を研究して,それらの実験結果を一応えたが,なおこれらの詳細は,今後十分追求していかねばならない。しかしこの中には,放射線に対する単なる生体反応であつて,障害とはいえないものもある。
 それゆえ,どの辺からを障害とするか,したがつて,最大許容量をどの辺にとるかは,今後十分研究しなければならない重大問題である。


目次へ          第3章 第4節へ