第1章 原子力発電
§4 発電用原子炉導入の気運

 31年1月原子力委員会が設置された頃から,発電用原子炉に関する論議がおこなわれるようになつたが,その当時はわが国としても原子力の研究に着手したばかりであり,ほとんど具体性をおびたものはなかつた。
 しかしながら同年5月,英国原子力公社クリストフアーヒントン卿の来日により実用原子力発電はにわかにわれわれの身近かなものとしてうかびあがつてきた。すなわち,ヒントン卿は,英国において10万kWの天然ウラン炭酸ガス冷却型原子力発電所の発電原価は1kWh当り0.6ペンス(約2円50銭)が可能なことをしめしたのであつた。これにつづき,大型原子力発電所導入の積極論,慎重論がいりみだれたが,ともかく調査団を派遣して,英国の原子力発電を中心として調査をおこなうこととなり,同年10月中旬訪英調査団が出発した。この調査団は約20日間にわたる英国の調査をおえ,一部はさらに米国およびカナダを視察して帰国した。帰国後32年1月に報告書を原子力委員会へ提出したが,同報告書はその結論として,地震対策その他の安全対策や経済上の点について今後さらに検討をくわえ,満足な結果がえられれば,天然ウラン黒鉛減速炭酸ガス冷却型のいわゆるコールダーホール改良型の原子力発電所はわが国に導入するのに適するものの一つであるとのべている。これに反しカナダ方式の天然ウラン重水型は実用化に5〜10年を要し,米国方式の濃縮ウラン型動力炉は近い将来はわが国への導入を考慮すべきも今日では小型の試験動力炉や材料試験炉の導入を考慮するのがよいと報告された。
 この調査団と相前後して日本原子力産業会議の原子力産業使節団が,2カ月余にわたつて,欧米各国をおとずれ,その結果,原子力発電は相当の規模をもつてすれば実用化できるとして原子力発電実現の積極論を報告した。またこの間,米国からも主として加圧水型,沸騰水型の原子炉の発電用としての有用性をしめすいくつかの情報が米国の原子炉メーカーからよせられ,また,わが国においては31年夏頃までにいくつかの原子力企業グループができて産業界の原子力熱も次第にもりあがつてきた。
 このような状況下に32年をむかえたが,,この頃には原子力発電をわが国に導入する場合の受入態勢についての議論が展開されるようになり,発電炉導入気運の進展をおもわせたが,学界などの一部では動力炉導入はまだ時期尚早であるとの論がなされてもいた。原子力委員会では主として訪英調査団の報告にもとづき原子力発電に関する種々の検討をおこなう一方,科学技術庁,経済企画庁および通商産業省は,原子力委員会の依頼をうけ,合同してわが国のエネルギー需給の長期見通し,原子力発電の技術的,経済的検討を開始した。原子力委員会はこれらの作業と並行して32年4月から5月にかけ発電炉導入問題について参与会で取上げる一方,政界,財界および学界との懇談会をひらき,発電用原子炉の導入の可否および可とする場合の受入態勢についての意見をきいた。
 これらの結果にもとづいてに原子力委員会では発電用原子炉設置の時期その他の関連事項および受入体制について検討をかさね,32年8月5日「発電を目的とする実用原子炉の導入について」という声明を発表し,実用発電炉設置の時期および受入体制についてその所信をあきらかにした。
 その概要は次のとおりである。
 かくして,原子力委員会としては原子力発電に関する一応の結論をえたのであるが,受入体制に関しては次の§5にのべるように,なお幾多の曲折があつた。しかし32年11月には,日本原子力発電会社の設立をみるはこびとなつたのである。
 一方,原子力委員会において検討中であつた「発電用原子炉開発のための長期計画」は32年12月18日に決定をみ,わが国の発電用原子炉開発のために一応の指針をあたえることとなつた。(本章§3参照)


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