第1章 原子力発電
§1 エネルギー需給と原子力発電

 電力の需要はながい目で見ればかなり一定した歩調で着実に,増加しており現在においてもその増加に対応するための電源開発は設備投資の大宗をなしている。石炭,石油などをふくめた全エネルギー需要についても同様なことがいえる。エネルギーの供給,とくに電力の供給源の開発のためにはかなりながい年月を要する。需給がひつぱくしてから供給の対策を講じるのでは間にあわない。したがつてとおいさきを見通して対策をたてなければならないのである。
 わが国は衆知のように日本列島をおおう山岳から発する多くの河川を利用した水力発電がわが国の電力発生の大宗をしめ,最近にいたるまで石炭燃焼の火力は従であつた。数年前から,水力の経済的資源の前途がそれほど余裕のあるものではないという認識と,火力発電の性能向上の傾向にもとづいて大規模かつ高性能な基底負荷用火力発電所が多く建設されてきた。この情勢に呼応して,水力による発電は大規模かつ貯水式で調整能力のある方式のものが多くなつた。つまり最近の電源開発は水力と火力が相より相たすけていずれが主,いずれが従ということなく急増する需要に応じているのである。
 しかしながらここに二つの問題がある。すなわち水力の資源,なかんずく,経済的に開発しうる資源がかぎられていることと,毎年の出炭量をああ程度以上ますことが経済的に困難であることである。この状況を新長期経済計画によつて概観してみよう。わが国の将来のエネルギー見通しは(第1-1図)のようにあらゆる資源を動員しても次第に輸入エネルギーの比率をまし,50年度ではおおよそ半分が輸入エネルギーに依存しなければならなくなる見通しとなつている。

 これに対し,一応原子力発電を考慮において予想される電力需要に対してどのようにして供給力が応じていくかという計画は(第1-2図)にしめすとおりで,50年度には約2,300万kWの水力発電設備と約1,800万kWの火力発電設備を有し,それぞれ917億kWh,493億kWhの電力量を発生することとなつている。この火力発電のためには,平均熱効率39%としても約4,500万トンの石炭(湿炭5,200kcal/kg換算)を必要とする。この石炭量は現在の年間の全出炭量にほぼ匹敵する尨大な量であり,かつ水力の開発も電力設備という点では従来一般にみとめられていたわが国の包蔵水力に匹敵している(あたらしい調査では発電所の調整能力を増してぃるために包蔵水力は3,000万kWをこすとみられているが)。このことがらをみても,50年度にはエネルギー資源がかなり切迫した状態になることがうかがわれよう。石炭についていえば,他の用途にも振向けねばならないから,もちろんこれだけの量を全部国内炭でまかなうことはできず,当然輸入エネルギー,すなわち,主として輸入石油に依存せざるをえなくなる。

 年をおつてエネルギー事情はこのよなう状態にむかつてすすみ,日本のみならず,世界の多くの工業国の間では今のうちにあたらしい種類のエネルギー源を利用できる準備をしておかなければならないという声がおこつている。世界の主要国においては電力需要は少なくとも年平均6%大きいところは10%以上の増加率をしめしており,これに対し,たとえば英国は水力資源がほとんどなく,主として石炭にたよつているが,これが増産はあまり期待できず,しかも次第に値上りが予想され,輸入石油はスエズ動乱後供給の不安にさらされている。フランスは現在,水力と火力がほとんど相半ばして電力源となつているが水力は資源の約半分がすでに開発され,のこるところは1,000万kWにみたず,石炭また年産6,000万トン程度でわが国と同程度である。西ドイツもわずかな水力資源(360万kW)はほとんど開発ざれ,主として石炭による発電をおこなつているが,これも多くの増産は期待できない。イタリアも主としてアルプス地方の水力資源(1,200万kW)は8割ちかくまで開発され,石炭の生産も少量であり,あまり今後の増加を期待できない。米国,ソ連,カナダなどは広大な国土と豊富な電力資源を有し,それぞれの国全体としてみればそれほどさしせまつた状況ではないが,地域的には動力原価のたかいところがみられ,したがつて原価のやすい資源が局地的にもちいられる可能性がある。
 このようにエネルギー需給の展望は,世界の主要国にとつてあたらしいエネルギー資源に対する関心をたかめさせることとなつた。この情勢にまさに応ずるごとく出現したのが原子力の発電への利用であり,第2次大戦中に米英加三国によつて軍事的な利用に端緒をひらいた原子力は戦後はなばなしく平和利用への途を開拓してきたのである。
 わが国においても,31年原子力委員会の発足以後,米英両国の原子力発電について,十分検討をくわえるとともに,32年にわが国のエネルギーの需給をみとおして発電用原子炉の設置の長期計画をたてた。もとより,わが国が原子力というまつたくあたらしい分野で発電をおこなうためには,基礎的な研究にはじまる広汎な分野にわたつての技術の開発が必要である。同時にこのような原子力発電の技術を発展させるにも,諸外国のすすんだ技術を短期間に修得する必要があり,32年度においては,米英両国との一般協定の締結あるいは動力炉の導入についても十分の努力がはらわれたのである。


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