第2章 国際協力
§1 一般協定の交渉

1−1 交渉の方針

 32年度は,米英両国との一般協定の成立にいたるまでの準備の過程であつたということができる。32年の4月には,すでに次のような協定の交渉の方針が閣議了解としてうちだされた。
 すなわち,わが国は31年秋に採択された国際原子力機関の設立に協力し,同機関を通じて原子力に関する国際協力をおしすすめる一方,米国,英国およびカナダとの間にそれぞれ個別の原子力協定を締結する方針がとられたのである。わが国がこれらの原子力協定の締結を必要とするにいたつた事情はつぎのとおりである。
 まず米国との協定に関しては,かねてわが国は30年11月にむすばれたいわゆる日米原子力研究協定によつて米国から研究用としてU2356kgの濃縮ウランの貸与をうけうることとなつていたが,この濃縮ウランはわが国の第1号原子炉であるウオーターボイラー型およびおなじく第2号原子炉であるCP-5型原子炉用として使用され,その枠がなくなつたので,増殖型原子炉実験用その他の研究用濃縮ウランを今後も入手するためには,研究協定の改訂かまたは一般協定の締結が必要となつたのである。そこで政府としては,わが国の原子力開発の将来をかんがえれば,きわめて近い将来に濃縮ウラン型の動力炉の建設に着手されることも予想されるので,この際研究用のみならず動力用の原子炉の開発のために濃縮ウランをはじめ各種の情報,資材等の提供をうけることができる日米原子力一般協定の締結がのぞましいとかんがえるに至つた。さらにその後原子力委員会では,ウオーターボイラー型およびCP-5型原子炉の建設にひきつづき,次の段階として濃縮ウラン系統による発電用および船舶推進用の動力炉の建設経験や運転経験をうるために,実験用動力炉の建設に着手することを決定した。ところがこの炉の建設,運転に必要な濃縮ウランその他の資材等の米国からの入手は,従来の研究協定の改訂によつては不可能で,どうしても米国との間に原子力一般協定をむすばねばならないこととなつた。
 一方英国では実用規模の天然ウラン型原子炉の開発の成果をあげ,31年10月にはコールダーホール型原子炉において世界最初の原子力による大規模な発電が開始された。原子力委員会では同年10〜11月調査団を英国に派遣して調査した結果,コールダーホール型原子炉は現在実用発電炉としてわが国が導入するにもつとも適した原子炉の一つであるとの報告をえた。
 そこで原子力委員会としてはわが国における将来の電力需給に備えて原子力の開発をすすめるためには,同炉の安全性,耐震性などにつきさらに調査の上支障がなければ,できるだけすみやかにその導入をはかることがこのましいとかんがえるにいたつたが,この導入のためには英国との原子力一般協定の締結が前提条件となつていたのである。
 さらにカナダとの協定が企図されたのは,主として,原子燃料公社が建設を予定している製錬パイロツト・プラントおよびこれにつづく本格的燃料生産工場に必要なウラン精鉱を確保することが目的であつた。
 ところでこれら三つの協定について同時に交渉をおこなうことは事務的にも困難であるので,まずさしせまつた問題である米国および英国との一般協定の交渉をおこない,その妥結後にカナダとの協定交渉を開始することとなり,米側および英側の一般協定草案について検討がすすめられた。
 この検討に際してもつとも問題となつたのは両協定案中の「保障措置」の条項である。「保障措置」というのは,協定によつて提供された物質や設備が軍事目的に転用されていないかどうかをたしかめるために,それらの物質等が使用される施設の設計を審査したり,その使用または貯蔵されている場所に査察員を派遣して計測をおこなつたり,その操作記録の保持,提出を要求することである。協定案によれば,米国政府または英国政府がこの保障措置の実施権を有するが,その範囲は協定により提供された資材や設備のみならずその使用から生ずる幾代もの副産物にわたつて適用されるというのである。たとえば米国または英国から購入した原子炉に国産燃料または米英以外の国から入手した燃料を使用した場合でも,しかもその結果生産される幾代もの副産物にわたつても,米国政府または英国政府の保障措置をうけなければならない。そこでこの規定は,わが国における将来の原子力開発に大きな支障をおよぼすのではないかと懸念されたのである。ところで一方,31年10月に創設され,わが国も加盟している国際原子力機関の憲章第12条にも,機関が物質,設備等を加盟国に提供した場合や加盟国の要請があつた場合には機関が保障措置を実施することが規定されている。この機関の保障措置の対象がどの範囲におよぶかは規定上はかならずしも明確ではないが,いずれにしても原子力委員会としては,対米,対英協定における保障措置の内容が国際原子力機関のそれと同一であるならばやむをえないとの意向に達した。その他両協定案に対する原子力委員会の意向の概要(32年9月13日決定)は,次のとおりであつた。


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