第7章 国際協力
§4 アジア原子力センターの構想

 アジア原子力センター設置の構想は30年10月シンガポールにおけるコロンボ計画協議会閣僚会議の席上,米国代表により初めて提唱された。翌31年3月に米国側から,センターの設置場所をマニラに決定した旨が公表され,ついで米国政府の委嘱によつて,米国ブルツクヘブン国立研究所の調査団が同年4月から6月にかけてアジア諸国を歴訪して,同センターの構想に対する見解を打診した。
 この調査団の米国政府に対する報告書によると,センターは,アジア地域の農業,医学,工業の分野における原子力の応用に貢献することを目ざすものであるが,とくにこの地域の実態に即して,当初はアイソトープの利用と教育訓練に重点をおき,徐々に発電その他の工学的部門に入つていくこととしている。このセンターには,研究用原子炉をはじめ,農業,医学,工業の研究施設が設けられ,5年の中には約1,000名の人員を擁するセンターとなることが期待された。
 米国政府は,31年11月ニュージーランドのウエリントンで開かれたコロンボ会議においてこの計画を説明し,近く関係諸国会議を開くことを言明した。その関係諸国会議は米国の招請により,32年7月,ワシントンで,ネパールを除くすべてのコロンボ計画諸国の参加を得て開かれた。


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