第5章 アイソトープの利用
§1 アイソトープの使用状況

1−1 輸入開始までの経過

 わが国におけるアイソトープの利用の歴史は戦前にさかのぼる。戦前,財団法人還化学研究所にある小型サイクロトーロンによつて半減期の短いアイソトープが少量製造されていた。このアイソトープによつて,興味ある研究が当時の仁科研究室を中心として行われていた。しかし,終戦の年にサイクロトロンが破壊され,それと同時に一切のアイソトープの入手が不可能になり,研究も中絶されてしまつた。ちょうどその頃から米国では原子炉によるアイソトープの試験的生産を始め,21年8月1日よりまず米国内向け配布が開始された。ついで翌22年9月3日米国政府は,科学研究,医学的応用のためアイソトープの海外向け配布を開始する旨発表した。わが国においても科学研究者の間で,この受入れを希望する声が高まつてきたが,24年11月10日米国原子力委員会はアイソトープの日本向け提供を発表するに至つた。ここでわが国もアイソトープの利用が再開され,初めて原子力の平和的,建設的な恩恵に浴することができるよりになつたのである。
 これよりさき10月にすでに総司令部より当時の総理府科学技術行政協議会(STACと略称)にアイソトープの輸入に必要な外貨資金として総司令部商業資金より4,000ドルを割当てる旨申し入れがあつた。STACとしては直ちに官界,学界の関係者を招いてわが国の受け入れ体制などについて討議したが,アイソトープの研究が各方面にわたるので関係各省の協力の下にSTACが所掌し,アイソトープに関する啓蒙宣伝,輸入申請の取扱等を行うことになつた。そこでSTACでは24年12月14日開催の第10回総会でアイソトーブ部会の設置を決定して,アイソトープ利用の促進を図つた。
 かくして一応の体制を整え,第1回の募集を開始したが,学界各方面の反響は予想外に大きく,申請者,申請件数も相当数にのぼつた。STACは直ちに前記部会の審査を経て申請書を初めて米国原子力委員会に提出したが,ほぼ日本側の希望通り25年7月17日到着の分を第1便として以下今日まで続々と入荷して,学術研究,医療,産業等の各方面で広く使用されるようになつたのである。

1−2 輸入と生産

 以上述べたような政府貿易の形によるアイソトープ輸入についで,26年の講和条約の締結後は,一般民間貿易の形式による輸入が始まり,日本放射性同位元素協会の設立等により新らしい受入体制が整備された。その後27年に至つて英国,カナダからの輸入の道も開け,さらにその後オランダ,ドイツ,最近体フーランスと輸出国が登場してきたが,一方年々輸入量は増大の一途をたどり,例えばP32についてみると,25年度にわずか249mcであつた輸入量が,30年度においては15,575mcと約60倍の増加率を示し,またCo60についても28年に367Cの輸入があつたが,30年度には約4,000Cの輸入となつている,これを金額で見れば30年度に約7万5,000ドルにすぎなかつた輸入外貨割当金額が31年度に約25万ドルと一挙に3.3倍の増加を見せ,1億円に近い輸入金額となつている。(参考までに第5-1表)に主なアイソトープの年度別輸入量および輸入金額を示す。

 一方わが国におけるアイソトープの生産は,主として輸入不可能な短寿命のものが,サイクロトンで小規模に生産されているにすぎない。現在アイソトープを生産しているものは,東大理工研と科研のサイクロトロンであるが,一般に市販しているのは科研のサイクロトロンによるアイソトープだけである。このアイソトープは,大部分Na24でおり,配布実績は(第5-2表)の通りとなつている。

1−3 使用の状況

 アイソトープの使用者数,使用件数は(第5-3表)に示す通り年々増加レている。31年度末までにアイソトープを使用した実績をもつ機関は347機関となり,また同一機関内でも場所ごとの事業件数(大学については学部ごと)となると467事業所にのぼる。このなかでも会社関係および病院関係の増加にに見るべきものがあり,アイソトープの使用もいよいよ研究室規模から工場現場や臨床等の実用面に隆盛を見せてきたといえよう。

 また使用者数および使用件数の年度別の推移は(第5-4表)の如くで,輸入当初の25年度には25の機関の106グループが学術用に利用するにすぎなかつたが,31年度には244機関の1,784のグループがとれを学術のみならず,医療や工業生産に利用する至つている。医学部門の研究,診断および治療に用いられるものが最も多く,つねに60%前後を占め,つぎに農学および生物方面の研究に約20%,工業方面の研究,生産利用に約10%,とのほか物理化学の基礎研究にも若干使用されている。

1−4 使用に関する行政措置

(1)使用確認事務
 従来米国,英国,カナダ等においてアイソトープを輸出する際には,使用者側の政府の承認したものについてのみ輸出の許可を行つていた。このため前記のSTAC事務局長が日本政府を代表して申請者のうち適当なものに対して承認を行つていた。しかしとのような手続も,輸入国側において放射性物質の管理に関する法令が整備され,かつアイソトープの商品としての国際競争が激しくなるにつれて,次第に緩和されてきており,現在ではカナダを除いてほとんど廃止され,受入国側の自主的コントロールにまかされるようになつた。そこでわが国においても,放射線障害の防止に関する法律施行までの暫定的処置として,通産省通商局と協議の上30年度および31年度にわたつて,アイソトープの輸入に必要な外貨資金の割当にさいし,この仕事をSTACから引ついだ科学技術庁原子力局長の使用の確認のあるものについてのみ外貨の割当を行うこととなつた。

(2)輸送関係
 アイソトープの国内における輸送に関する規制は,27年当時アイソトープを所掌していたSTACにおいて運輸省,郵政省,国鉄および日本航空の関係者と協議の上暫定措置が講ぜられた。航空物および郵便物については同年10月に申合せを行い,鉄道便については,28年10月に日本国有鉄道の貨物運送規則を改正して今日に至つている。
 なお,アイソトープの輸送については,「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」の定めるところにより規制される。

(3)通関関係
 アイソトープは当初2割の関税が課せられていたが,研究機関で輸入するものについては大蔵大臣の認可によつて免税とされていた。しかしとの免税の認許をうける手続および認許前引取のための担保金納付等繁雑な点が多かつたので,28年6月に各関税長宛の大蔵省主税局長通牒により免許前引取の迅速化および担保金の免除等の措置がとられた。さらに32年3月の関税定率法改正の機会にアイソトープは33年3月まで研究用のみならず全面的に免税扱となつた。


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