第2章 原子炉の設置
§1 研究用原子炉

1−1 経緯

 原子力予算が初めて成立した29年頃には,諸外国における原子力の研究開発には依然として機密事項が多く,現在のような国際協力は望むことができなかつた。したがつて,わが国における原子力平和利用の研究開発も主として独力で行うことが要求された。
 このため,国立試験研究所,民間企業および大学等において,核燃料資源の探査,ウラン鉱の選鉱,重水ならびに黒鉛の製造等に関する各種の基礎研究を開始し,5年後には,熱出力300kWないし1,000kW程度の天然ウラン重水型原子炉1基を完成することを目標とすることとなつた。
 29年12月から約3ヵ月間欧米諸国の原子力開発状況を調査して帰国した調査団の報告は,従来の考え方を大幅に変更するものであつた。すなわち,わが国で建設すべき原子炉として(1)天然ウラン重水型を第1次主要目標とすることには変りはないが,(2)その目的は多目的とし,出力はなるべく大きく(たとえば数千ないし1万kW程度)することが必要でおり,(3)出力数+kW程度の小型研究炉は第1号炉に必要な技術者の訓練や,材料検査等に寄与し,その建設を促進すると思われるので,濃縮ウランを用いた研究用原子炉の建設を上記第1号炉と並行して考えるべきであるとの結論に達し,米国政府からの濃縮ウラン提供の申出とともに,研究用原子炉の輸入という問題が大きく浮び上つた。
 米国政府と日米原子力研究協定の仮調印が行われて,濃縮ウランの貸与と研究用原子炉輸入の可能性が生じてきたので,原子力利用準備調査会は,前記調査団の報告およびジュネーブ原子力平和利用国際会議出席者の報告等を参考にして原子炉建設計画を検討した結果,前記国産炉の外に米国から貸与を予定される6kgのU235を使用して,3基の研究炉を建設しさらに将来は動力用試験炉を建設することを適当として,30年11月に「原子力研究開発計画」を決定した。その概要は次のとおりである。
 少なくとも今後10年以内に原子力発電を完全に実用化することを目標とし,次の各原子炉を建設する。

 30年11月,財団法人原子力研究所が設立され,原子力利用準備調査会の決定した線に沿つてウオーターボイラー型,CP-5型および天然ウラン重水型の3基の研究炉がここに設置されることになつた。
 翌31年1月「政府は昭和31年度において財団法人原子力研究所に,ウオーターポイラー型原子炉1基を米国から購入せしめるとともに,CP-5型原子炉1基を米国に対し発注せしめるものとする」旨の閣議決定が行われ,いよいよ原子炉の輸入が具体的に検討される段階に達した。

1−2 JRR-1(ウオーターボイラー型原子炉)

 財団法人原子力研究所は,原子炉導入計画に関する原子力委員会の方針が決定したので,具体的な購入交渉を行うこととし,31年1月,所員を送つて米国,の各製造業者と種々設計上の打合せを行わせた結果,NAA社に対し,ウオーターボイラー型原子炉を発注することを決定し,政府の認可を経て3月26日契約書に調印した。
 この炉の仕様,の大略は,(1)型式:均質溶液型研究用原子炉,(2)熱出力;50kW,熱中性子束:1.7×1012個/cm2sec,(3)燃料:20%濃縮ウランの硫酸ウラニル水溶液(U235約1.4kg)となつており,本体の価格は25万8,000ドルであつた。
 契約完了とともに原子力研究所は所員を米国に派遣して原子炉建屋の調査を行わせ,また8月には,茨城県東海村の研究所敷地に鍬入れを行つて,炉の建設に着手した。さらに秋には所員がNAA社に派遣されて工場製作に参加し,NAA社の技師達も東海村において現場指導を行うなど,両者の協力の下に,31年12月に第1回の部品が到着してからわずか5ヵ月余りの間に,炉の組立を完了した。この炉の完成までに要した経費は約3億4,000万円(燃料費は除く)である。
 また,この炉に装入する燃料については,,その後設計の変更により所要量が増加したので,31年12月発効した「第1次細目協定」において,多少の余裕を見込んで20%濃縮ウラン約10kg(U235 2kg)を借り入れることとなり,とれを6弗化ウランから硫酸ウラニルに加工する仕事は,米国のマリンクロツト化学会社に委託され,32年5月には燃料が東海村に到着した。なお燃料の加工と輸送とに要した経費は350万8,000円である。

 JRR-1はわが国最初の原子炉として32年7月には運転を開始し,32年度後半から各種の実験に使用されることになるが,その主な用途は物理,化学その他各種の基礎研究,放射性同位元素の実験的生産,および原子力科学技術者の養成訓練である。
 この炉は,研究用原子炉としては小型のものであるが,従来ややもすれば議論倒れになりがちのわが国原子力開発に,その実態を与えるものとして大きな意義を持つている。

1−3 JRR-2(CP-5型原子炉)

 JRR-1発注後直ちにJRR-2の検討に着手した原子力研究所は,米国の4製造業者について,炉の性能,価格,納期等を比較検討した結果,AMFアトミツクス社に発注することに決定し,政府の認可を経て31年10月10日契約書に調印した。
 炉の仕様の大略は,(1)型式:非均質濃縮ウラン重水クンク型,(2)熱出力:10,000kW,熱中性子束平均1.2×1014個/cm2/sec,(3)燃料:20%濃縮ウランとアルミニウムの合金(U235約3.1kg)となつており,本体の価格は149万5,000ドルであつた。
 この契約の持色は,炉本体価格のうち約3分の1は三菱グループが下請をすることになつていて,外貨の節約となると同時に,わが国の原子炉製造技術の向上にも役立つという点である。
 31年11月15日契約が発効したので,原子力研究所は所員をAMFに派遣して,設計に参加させるとともに,国内においても建屋の準備にとりかかつた。しかし,その後AMFから設計変更の申入れがおり,その結果建設のスケジユールが多少廷長したので,完成は33年度下期の予定となつている。またこれに必要な燃料については,32年5月米国と「第2次細目協定」を結びU2354kgを雪り入れること去なつた。
 この炉は,わが国で最初に動き出す本格的な研究炉である。その出力も当初の予定の1,000kWから1桁上つて10,OOOkWとなり,この型の炉としては世界最大のものの一つであつて,物理,化学,生物学などの基礎的研究を行うと同時に,材料試験炉としても,おるいは放射性同位元素の相当量を生産し得る炉としてもその原子力研究に果す役割りは大きい。

1−4 JRR-3(国産1号炉)

 政府は29年度から原子炉の設計について,大学,国立試験研究所,民間企業等の研究員からる日本学術振興会の委員会に各種原子炉について基本的な検討と設計計算とを行わせた。30年度には委員会が五つのグループに分かれて,熱出力10,OOOkWの天然ウラン重水型研究用原子炉の骨格設計を行う段階にまで達したが,原子力研究所の成立とともにこれらの研究成果は原子力研究所に引き継がれることとなつた。
 原子力研究所では,JRR-3の設計計算を行うとともに,これと並行して計測制御,熱輸送,冶金,化学等の研究を積み上げ,32年2月にはJRR-3の仕様書を完成した。32年度中には,民間企業との協同による細部設計を完成して年度末に一部発注を行う予定である。この間,海外先進諸国の最近の進歩の状況を十分とり入れ,また工場設計に入つてからも,各種実験による手直しを行うなど万全の措置をとることになつでおり,完成は35年度となる予定である。
 なお,炉の仕様の概略は次のとおりである。
(1)型式:非均質天然ウラン重水型,(2)熱出力:10,000kW,熱中性子束最高2.3×1018個/cm2/sec,(3)燃料:天然ウラン金属棒(装入量約4.5トン),(4)減速材:重水(約24トン)
 JRR-3の建設には,民間企業の各グループが参加して,おのおの得意な部分を担当することになつている。もちろんこれはわが国では初めての仕事であるので,色々の困難が予想されるが,この炉を建設する目的は,みずから建設の経験を得ることによつて原子炉建設技術を確立することにおり,また,副次的には原子力研究所と民間企業グループとの協同製作という方式が試みられるなどわが国原子力研究開発の中心として多くの期待が寄せられている。
 この炉は完成後は主として大型ループによる工学試験および放射性同位元素の生産を分担することになつており,JRR-2とともに高性能研究炉として大いに活用されることになろう。

1−5 大学における研究用原子炉

 大学に研究用原子炉を設けて,これを教育ならびに研究のために使用する計画は30年の中頃から検討された。当時は,関東,関西両地区にそれぞれ1基を設ける要望があり,関東では東京工業大学,関西では京都大学から具体的な設置案が文部省に提出されていた。とれと並行して原子力利用準備調査会においても,大学における研究用原子炉の設置計画が検討され,とりあえず関西地区に1基設置する旨の結論に達していた。その後原子力基本法が制定され,原子力委員会が発足して,さきに原子力利用準備調査会が定めた「原子力研究開発計画」を白紙にもどし,新たに基本的総合計画が策定されることになつた。
 文部省では原子力利用準備調査会の意見を参照し,大学における研究用原子炉の設置については,当初考慮されていた関東,関西にそれぞれ一基設置する案を改め,関東地区では茨城県東海村に設置される原子力研究所のものを利用する可能性もおるので,とりあえず関西地区に1基設ける計画を樹てた。
 原子力委員会はこの計画を検討した結果,31年10月に差し当り関西方面に1基を設置し,大学連合等により運営を行うものとするという内定を行つた。
 そこで31年11月,関係10大学の代表者ならびに学術会議,原子力局,原子力研究所等の関係者参集のもとに,研究用原子炉設置に関する打合会を開いた。この打合会においては,原子炉の設置,管理,運営の方法等において種々の意見が述べられたが,結論としては,京都大学に研究用原子炉設置準備委員会を設け,改めて原子炉設置に関する計画,原子炉の型,原子炉設置の場所,管理運営の方法等を検討し,立案することになつた。
 かくて,15人の委員からなる研究用原子炉設置準備委員会を京都大学に設け,大学における研究の範囲から考えて原子炉の型としてはスイミングプール型1,000kWを適当とすること,また設置場所については,京都,大阪両大学の委員で構成される合同立地小委員会を設けて検討することになつた。
 その結果,研究設備としての利用率の高いこと,給水の便の大なるとと,管理の行き届くこと,および転用し得る施設が多数あること等の利点があり,一方宇治川が大阪地方の水源地の上流でおることをとくに考慮し,第二陸軍造兵廠宇治製造所分工場跡を第一候補地と決定した。
 以上のような結論を得たので,文部省では32年度予算において,国立学校運営費中に,研究用原子炉の購入費1億円(国庫債務負担行為額2億4,000万円),施設費1億円,事故対策費6,500万円を計上した。
 研究用原子炉を宇治に設置する場合,綿密な対策を講することによつて技術的,科学的に放射能汚染を十分に防止し得るのでおるが,宇治川が阪神地方の水源地の上流に当るため,社会的反対があり,また,防護対策等に要する予算の問題もおるので,さらに慎重な考慮をはらい,設置場所については,宇治以外の適地を調査することとなつた。


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