第1章 原子力開発態勢
§5 原子力開発関係法制の整備

5−1 鉱業法の改正と核原料物質開発促進臨時措置法

 ウラン,トリウム等核原料物質の開発を推進するに当つては,その法律上の取扱いを明確にするとともに,開発の障害を取り除いて国内鉱の探鉱,採鉱等を推進する必要があるので,このための法律上の措置として30年12月鉱業法の一部改正が,また31年5月核原料物質開発促進臨時措置法の制定が行われたのである。
 鉱業法の改正はウラン鉱,トリウム鉱を法定鉱物として追加し,とれに関する鉱業権の設定を認める規定であり,これに伴う経過措置としてすでにウラン鉱,トリウム鉱の掘採を行つていた者に対する鉱業権の優先設定等を規定している。
 核原料物質開発促進臨時措置法は,核原料物質を緊急に開発するために制定された10年を限度とする限時立法であり,探鉱のための土地の強制立入および租鉱権の強制設定等について規定している。
 これは原子力基本法において「核原料物質に関する鉱業権又は租鉱権に関しては,別に法律をもつて,鉱業法の特例を定めるものとする」として予定されたものであり,相当広範囲にわたつて強制設定および掘採等を行えるような方法も考えられていたが,現行鉱業法の体系をこのためにくずすことは望ましくないので,ほぼ従来の体系に即した方法でできる範囲内の規定を設けたものであり,その主な内容は次のとおりである。
 地質調査所および原子燃料公社は,核原料物質の探鉱に関する測量,実地調査のため必要がある場合,他人の土地または鉱業権者等の坑道,探鉱場,土石の捨場その他これらに類する施設に対する立入り,植物の伐採,鉱物の採取,事業場の一時使用,土地の使用等を行えることとし,とれに対する諸種の手続規定を置いている。
 ウラン鉱およびトリウム鉱を目的とする採掘権者が,ウラン鉱,トリウム鉱の探掘を行わない場合に,その事業を開始することを指示してもなお行わないときは,公社は租鉱権,の設定についで協議し,とれがととのわないときは強制的に設定することもできることとして,その手続等を頬定している。
 この法律の規定において最も問題になるのは,公社が強制的に探鉱を行つても,その結果探鉱を自分で行うことは困難であり,他人の鉱区における探鉱サービスを行う,ことによつて特定個人を利することになる可能性が強いことであり,また鉱業権者の利益を擁護するために手続が非常に複雑となり,租鉱権の強制設定が困難となつているととである。また同法においては,民間における探鉱を奨励するため,探鉱費の補助を行うことができることとしている。

5−2 核原科物質,核燃料物質および原子炉の規制に関する法律

 原子力の開発の進展にともない,核原料物質,核燃料物質の利用,原子炉の設置等が次第に増大する傾向におるので,これら原子力の利用が平和目的に限られ,かつ,その利用が計画的に行われることを確保するとともに,これらによる災害を防止して公共の安全を図るために核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律の制定が行われた。本法案は32年4月国会に上程され,国会の議決を経て6月に公布された。
 この法律によるとウラン,トリウム等の製錬,原子炉において使用するための燃料の加工の事業について指定又は許可を要することとし,原子炉設置及び運転並びに核燃料物質の使用についても許可を要することとされるほか,それぞれについて平和利用および計画的利用の確保ならびに災害の防止のため必要な規制を行うこととしており,その主な内容は次のとおりである。
 平和利用の確保については,原子炉の設置および核燃料物質の使用の許可にあたつて,それが平和の目的以外に利用されるおそれがないと認められるときでなければ許可を行わないこととして,原子力が軍事的目的に利用されることを防いでいる。
 事業等の規制は,原子力の開発を担当する者を決定する重要な問題であり,原子力基本法制定当時以来本法立案まで種々論議されてきたところであつて,特に製錬事業については公社に独占させるという意見もあり,また,少くとも製錬の最終段階である金属ウラン等が生産される工程は,核燃料物質に対する国の管理を確保するためにも公社に独占させるべきだという強い意見があつたが,副産製錬の場合,山元における中間製品までの製錬の場合等,公社が行うことが適当でない場合の多いこと,最終段階は当分実質的な独占を続けるであろうと考えられることから製錬の全体を通じて指定制となつたものであり,原子力の開発利用の計画的な遂行に支障をおよぼすおそれがないと認めるときでなければ指定してはならないこととしている。
 なお,ウラン鉱,トリウム鉱の探鉱採鉱選鉱については,放射線障害の危険度も低く,鉱業法,鉱山保安法の既存体系があるので,本法における規制は行わないこととしたものである。
 燃料の加工の事業についでは,製錬と異り既存の設備および技術を利用しうる機会が多く,燃料の種類も多いので,原子燃料公社が行うほか広く民間の参加を求めることとし,許可の基準においても燃料の加工を計画的に遂行させることを要求してはいない。
 使用済燃料の再処理の事業は,一方において強い放射性物質を取扱うとともにその結果としてプルトニウムまたはウラン233が分離される事業であるので,広く一般に行わせることが困難であり,またここ当分は多くの事業者を要する程の使用済燃料が発生するととが予想されないので公社に独占的に行わせることとし,日本原子力研究所はその研究を行うことができることとしている。
 原子炉の設置及び運転は,日本原子力研究所が当然行い得るほか許可制となつており,これが原子力開発利用の主力であること,強い放射線による危険が伏在していることからその許可に当つては原子力の開発および利用の計画的た遂行,災害防止対策等が要求されている。
 核燃料物質の使用は,それが平和的な目的に使用され,その使用によつて原子力の研究,開発又は利用が促進される場合に許可されることとしている。
 以上の指定及び許可に当つては,核燃料物質の使用の場合を除き,これらの基準の適用についてあらかじめ原子力委員会の意見をきき,これを尊重して行うこととして原子力研究開発利用が計画的に行われるよう考慮している。またこれらの事業の規制に関連して事業の開始・休止等についての届出,法人の合併または個人の相続の場合の規定等がおかれている。
 また核原料物質,核燃料物質の流通等については譲受渡,輸出入,譲渡命令および所持の制限に関し,広い規制を置くことも考えられたが,価格統制を伴わない流通規制は実効を期待することがむづかしく,輸出入は貿易管理関係の既存の法体系にまかせることが妥当であること等の理由から全面的な流通規制は行わず,核燃料物質は上記の指定,許可等を受けた者の間以外では譲受渡ができないこととしてその流通の範囲をしぼつている。
 災害防止の規制については,その対象の態様に応じてそれぞれ異なつた規制を行つている。,原子力の開発および利用の分野においては,多かれ少なかれ発生する放射線の障害を防止するため,(1)各事業等の指定または許可の際その施設,立地条件等について,災害の防止上支障がないかどうかを判断し,(2)その運営にあたつて守るべき保安規定について災害の防止上支障がないことを国の認可を義務づけることによつて確認し,(3)特に放射線による危険度の強い原子炉の設置,再処理の事業では,その施設について工事着手前に認可を受け,その認可に従つて工事を行つた上,さらに検査に合格して初めてその施設を使用できることとし,(4)施設の保全,運転等についても具体的な措置を指示するとととしているほか,(5)原子炉の運転については国から資格を与えられた主任技術者が保安の監督を行うこととしている,(6)以上のような一般的な災害防止規定のほか,核燃料物質を紛失した場合の届出,地震,火災等の非常の場合にとるべき措置,規定違反の場合の施設の使用停止命令または指定もしくは許可の取消等,災害の防止上万全の措置を講じている。
 最後に指定または許可を受けた者に対し,それらの事業等に関する記録およびその備付,事業所等に対する立入検査および質問,事業に関する報告の徴収等の規定を置き,事業等の状況を適確に把握する態勢を整備しているとともに,指定および許可に際して必要な条件を附することができるものとしている。
 核燃料物質,原子炉等は,世界各国において強い規制を受けており,協定の締結なくしては自由な移動はほとんど考えられず,わが国がこれらの物を外国または国際原子力機関から受入れる関係もあり,この記録,立入検査,質問,報告徴収等一般的監督の規定を置き,原子炉の運転,核燃料物質の保全等の状況について適確に把握しうることとし,政府がこれらの条件について責任を取りうる態勢を整備している。

5−3 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律

 放射性同位元素の研究および利用が活発化するに従い,これらに伴う放射線の障害防止対策を講する必要性が痛感されるに至つたので政府は,科学技術行政協議会をしてこの問題の検討に当らしめた。同協議会は27年から30年まで,あしかけ4ヵ年の長きにわたり,日本放射線医学会その他関係方面と連絡のうえ,検討した結果,放射線障害の防止に関し,総合法を作成する必要があることに意見の一致をみ,法案を政府に答申した。国会方面においてはこの法案を検討し若千の修正を加え,議員提出法案として成立させようとする動きもあつたが,技術立法であること等にかんがみ,政府提出の形をとることとして32年3月28日,国会に上程された。国会においては,約2ヵ月間,活発な論議が行われ,5月18日,国会を無修正で通過するに至つた。
 この法律は,放射性同位元素の使用,販売その他の取扱ならびに放射性同位元素装備機器または放射線発生装置の使用を規制することにより,これらによる放射線障害を防止し,公共の安全を確保することをその目的としている。
 規制の方法としては,第一に放射性同位元素等の使用および販売について許可制をとつている。これは,これらの取扱に伴う放射線障害発生の危険性を強く認識しまた多くの国が許可制あるいは免許制を採用している例にもかんがみたものである。この際,使用施設等の位置,構造,設備等が一定の基準に適合する場合においてのみ許可が与えられる。第二に放射性同位元素等の使用者および放射性同位元素の販売業者に対し,放射線障害防止上必要な義務が課せられている。すなわち,放射性同位元素の使用,詰替,保管,運搬および廃棄は,一定の基準に適合して行われることを要し,また使用施設等についての放射線量の測定,放射線障害予防規定の作成,従業者等に対する放射線障害の発生防止上必要な教育訓練の実施,放射線障害を受けた者もしくはそのおそれのある者の発見およびこれらの者に対する配置転換,就業時間の短縮等保安および保健上必要な措置を講ずること等である。第三に放射性同位元素の所持ならびに譲渡および譲受については制限が加えられている。これは放射性同位元素が使用者等特定の取扱者以外の者に流通することを禁止することによつて不測の事故の発生を未然に防止することの必要性に基くものである。第四に放射線取扱主任者の制度が設けられている。使用者等は,国が行う放射線取扱主任者試験に合格した者およびこれと同等以上の学識経験を有すると科学技術庁長官が認めた者のうちから,放射線取扱主任者を選任し,放射線障害の発生の防止について必要な監督を行わせることとしている。
 そのほか国の行政的監督としては,地震,火災その他の事故により,放射線障害が発生するおそれが生じた場合等に使用者等に一定の応急の措置をとらせるとともに,これらの者に対し,国が必要な命令を発することができるようにしている。また必要に応じ立入検査を行い,汚染物の除去等を行わせるため,特に専門的知識を有する放射線検査官が科学技術庁に置かれることとなつている。
 次に科学技術庁長官の諮問機関として,放射線審議会が置かれ,放射線障害の防止に関する重要事項について審議することとされた。委員は,関係行政機関の職員および放射線障害の防止について学識経験を有する者のうちから任命される。本審議会を通じて,関係方面と緊密な連携をとり,技術上の問題その他法律の運営に万全が期されるわけである。
 なお,本法は放射性同位元素,その装備機器および放射線発生装置の取扱等を規制するもので,その規制対象外として,核原料物質,核燃料物質および原子炉による放射線障害,エツクス線発生装置による放射線障害ならびに原水爆実験に伴う大気,水等の汚染による放射線障害がある。これらについて,本法成立の際に衆議院において放射線全般にわたる障害防止に関する基準法的な法案を提出すべしという附帯決議が行われた。また,核原料物質等については本法と同時に成立した「核原料物質,核燃料物質および原子炉の規制に関する法律」により,医療用エツクス線装置については「医療法」によつて必要な措置が講ぜられている。


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