第1章 原子力開発態勢
§3 原子燃料公社

3−1 原子燃料公社の設立

 わが国におけるウランの探鉱は地質調査所の調査に期待するだけであつたが,地質調査所の行う調査は地質学的な概査であつて,発見された有望地区を企業的な見地から精査する機関の設立がのぞまれていた。また将来原子力開発が進められる場合,採鉱製錬はもちろん使用済燃料の再処理や廃棄物の処理を担当する国家,機関の必要性が強調されていた。
 原子力委員会では日本原子力研究所法案と並んで,原子燃料公社法案についても,原子力局案と合同委員会案とに検討を加えた結果31年2月原子力委員会としての考え方をまとめたが,合同委員会の案との主要な相違点は次の二点であつた。すなわち

 原子力委員会は上記二点について合同委員会側と交渉の末,第一点については,製錬の最終段階は実際上公社が独占的に行うことが予想されるが,この法案には公社の独占を規定しないことに意見が一致し,また第二点についても合同委員会側の了解するところとなつたので,直ちに右趣旨による法案を作成したところ,大蔵省は「公社」でなく「公団」とすべしという意見を次の如き理由によつて主張した。
 これらの意見は一応尤もであり,特に第二点は事実上この法案を認めれば大蔵省は予算を国会に提出して審議を求めつつある際,補正予算を組んで国会に出さねばならぬということになるので,その見地からも公社とすることに強硬な反対を示した。
 これに対し原子力委員会および国会合同委員会側は,原子燃料公社も公共的色彩が強く,製錬等では独占も予想されること,すでに原子力基本法に「原子燃料公社」の設置が明記されているのみならず,31年度提出の予算案及び科学技術庁設置法案中に政府自ら「原子燃料公社」なる名称を使用していること等の理由から大蔵省の反対意見を反ぱくし対立したが,最後に「原子燃料公社」という名称は変更しないが公社の予算は国会の議決事項とせず,公労法も適用せず,公団的色彩をもたせるということで解決を見た。
 かくて法案はその趣旨にそつて再修正され3月6日閣議決定の上国会に上程され,4月30日成立,5月4日公布施行を見るに至り,原子燃料公社はこれに基き,8月10日正式に設立され,1,000万円の資本金をもつて発足した。

3−2 業務

 公社の業務は,核原料物質の探鉱,探鉱および核燃料物質の生産,加工を主たる業務とし,これに伴い原料の購入,製品の売渡等を行うこととなつており,その後の法律改正により将来使用済燃料の再処理の業務もあわせて行うこととなつている。
 公社は設立後直ちに,地質調査所の探査の結果を引き継ぎ,核原料物質の探鉱を集中的に進めるため,一方において内部の整備を行いつつ,他方探鉱の開始を急ぐことが必要となつた。との結果31年11月初め頃までに人員,組織等の整備を一応終るとともに,探鉱については,三吉,小鴨,人形峠の3地区に集中して行うこととし,早くも同年10月17日こはとの3地区において開坑式を行うこととなつた。また製錬の面についても,早急にその技術を確立するため,鉱石試験所を設けることとするとともに,国内鉱石の供給を待つ余裕がないので,ウラン精鉱を輸入して製錬の中間工業化試験を行うこととした。このため,製錬所の敷地を早急に決定する必要があり,業務の性質上日本原子力研究所の附近にあることが望ましいので茨城県勝田市の米軍演習地の一部の使用を交渉したが,米軍から拒否され,その北部で原子力研究所に隣接する国有林に建設することとなつた。また開発面においても将来の採掘にそなえてその準備を行うこととした。
 以上の諸業務を行うため,初年度においては探鉱に主力を置き,製錬および開発の準備をもあわせて行いうる組織を作り,その後事業の発展に伴い,出張所の開設,部の新設を行い現在に至つている。人員もとれにあわせて,地質調査所,民間各鉱山会社の地質,鉱山等の専門察を受け入れている。


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