第2章 原子力開発態勢の整備
§3 原子核研究所

 原子核研究所は,加速器を含む研究施設を1ヵ所に集中的に建設し,これを共同で利用するという趣旨に沿つて,30年7月,東京大学に設置された。
 原子核研究所の施設の第一歩が何であるべきかという問題については,大阪大学のサイクロトロンなど従来の日本の施設はすべて低エネルギー原子核物理学(比較的低いエネルギーの粒子を用いて研究する分野で,原子力利用の原理となつているU235の核分裂あるいは核融合反応などはこの分野に属する現象である)に属するため,直ちに高エネルギー原子核物理学(3億電子ボルトあるいはそれ以上の高いエネルギーの粒子を用いて原子核を構成する粒子の性質などを研究する分野)に着手すべしとする考えもあつた。しかし低エネルギー原子核物理の方が確実に研究業績をあげることができるので,10年にわたる研究の空白を埋めるためには,ます低エネルギー原子核物理学を始めることが大切であると認められた。このためにまず63吋のシンクロサイクロトロンを作ることにし,同時に原子核研究の分野を拡げるために普通のサイクロトロンとしても運転できるように計画された。これは世界的にも他に例のない型式で,30年の初めに発注され,31年にはその大部分が完成し,部品の試験が続行されている。このほか,低エネルギー原子核物理学の研究施設として安定同位元素を分離する同位体分離器を建設中であるが,これは32年秋に完成する予定である。
 一方,高エネルギー原子核物理学については,31年度に10億電子ボルトの電子シンクロトロンの予算の一部が認められ,設計と製作が開始された。そのエネルギーはさしあたり 7億5,000万電子ボルトであるが,いずれは10億電子ボルトあるいそれ以上にエネルギーを大きくする予定である。第一段階の7億5,000万電子ボルトの完成目標は34年である。
 なお,宇宙線の中の高エネルギー粒子を用いると,加速器によつて作られる粒子にくらべ非常にその数が少ないけれども,高エネルギー原子核物理学の研究が可能である。この線に沿つて31年から宇宙線の研究が開始された。これは気球によつて原子核乾板を上げ,20〜30km上空に数時間浮遊させ,宇宙から地球に到着する高エネルギー粒子が空気層にあたつて引き起す各種の原子核現象を捉えるものである。31年度には10個の気球をあげて実験に成功し,高エネルギー原子核現象に大きな貢献をなしている。


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