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4-2 核セキュリティの確保

 核セキュリティとは、「核物質、その他の放射性物質、その関連施設及びその輸送を含む関連活動を対象にした犯罪行為又は故意の違反行為の防止、探知及び対応」のことをいいます。
 2001年9月11日の米国同時多発テロ事件以降、国際社会は新たな緊急性を持ってテロ対策を見直し、取組を強化してきました。放射性物質の発散装置(いわゆる「汚い爆弾」)の脅威も懸念されるようになり、核爆発装置に用いられる核燃料物質だけでなく、あらゆる放射性物質へと防護の対象が広がっています。
 我が国では、原子炉等規制法により、原子力事業者等に対して核物質防護措置を講じることを義務付け、その措置の実効性を国が定期的に確認する体制を整備しています。また、関連諸条約の締結を始めとして、人材育成や技術開発を含む様々な国際協力や情報交換を行いつつ、核セキュリティに関する取組を推進しています。


(1) 核セキュリティに関する国際的な枠組み

 1987年2月に発効した「核物質の防護に関する条約」は、核物質の不法な取得及び使用の防止を主目的とした条約であり、2021年3月末時点の締約国は162か国と1機関(ユーラトム)です。2005年の改正(2016年5月発効)により、適用の対象が国内で使用、貯蔵、輸送されている核物質又は原子力施設へと拡大されるとともに、処罰対象の犯罪が拡大され、題名が「核物質及び原子力施設の防護に関する条約」(以下「改正核物質防護条約」という。)へと改められました。
 2001年9月11日の米国同時多発テロ事件を契機として、原子力施設自体に対するテロ攻撃や、核物質やその他の放射性物質を用いたテロ活動(いわゆる「核テロ活動」)の脅威等に対処するための対策強化が求められるようになりました。2007年7月に発効した「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」(以下「核テロリズム防止条約」という。)は、核によるテロリズムの行為の防止並びに、同行為の容疑者の訴追及び処罰のための効果的かつ実行可能な措置を取るための国際協力を強化することを目的とした条約であり、2021年3月末時点の締約国数は117か国です。
 IAEAは、核物質や放射性物質の悪用が想定される脅威を、核兵器の盗取、盗取された核物質を用いた核爆発装置の製造、放射性物質の発散装置(いわゆる「汚い爆弾」)の製造、原子力施設や放射性物質の輸送等に対する妨害破壊行為の4種類に分類しています(図4-5)。


IAEAが想定する核テロリズム

図4-5 IAEAが想定する核テロリズム

(出典)外務省「核セキュリティ」


 また、IAEAは、各国が原子力施設等の防護措置を定める際の指針となる文書(IAEA核セキュリティ・シリーズ文書)について、体系的な整備を実施しています。最上位文書である基本文書8及び3つの勧告文書9に加えて、実施指針21冊、技術指針15冊が刊行されています(2021年3月末時点)。さらに、IAEAが加盟各国の核セキュリティ体制強化を支援する国際核物質防護諮問サービス(IPPAS10)も、改正核物質防護条約等の枠組みへの準拠と措置の実効性の向上を図る上で重要な取組の一つです。IAEAは、IPPASを通じて、核物質及びその他の放射性物質と関連施設の防護に関する国際条約、IAEAのガイダンスの実施に関する助言を行っています。
 我が国は、テロ対策のための国際的な取組に積極的に参画しており、改正核物質防護条約や核テロリズム防止条約を含め、国連その他の国際機関で採択されたテロ防止関連諸条約のうち13の国際約束を締結しています。


(2) 我が国における核セキュリティ体制

① 核物質及び原子力施設の防護

 我が国では、原子炉等規制法により、原子力施設に対する妨害破壊行為や、特定核燃料物質11の輸送・貯蔵・使用時等の核物質の盗取等を防止するための対策を講じることを原子力事業者等に義務付けています(図4-6)。原子力事業者等は、原子力施設において防護区域を定め、当該施設を鉄筋コンクリート造りの障壁等によって区画するとともに、出入管理、監視装置の設置、巡視、情報管理等を行っています。また、核物質防護管理者を選任し、核物質防護に関する業務を統一的に管理しています(図4-7)。原子力規制委員会は、原子力事業者等が講じる防護措置の実施状況を、核物質防護規定の遵守状況の検査(原子力規制検査)において定期的に確認しています。
 また、核セキュリティ文化とは、原子力組織に携わる人々が核セキュリティを確保するための信念、理解、習慣について話し合い、その結果を実施し根付かせていくものです。核セキュリティ文化の醸成及び維持は、原子力に携わる者全ての務めです。2012年の法令改正により、核物質防護規定において「核セキュリティ文化を醸成するための体制(経営責任者の関与を含む。)に関すること」を定めることが原子力事業者等に義務付けられました。


原子力施設における核物質防護の仕組み

図4-6 原子力施設における核物質防護の仕組み

(出典)原子力規制委員会作成


原子力施設における核物質防護措置の例

図4-7 原子力施設における核物質防護措置の例

(出典)原子力規制委員会「令和元年度年次報告」(2020年)


② 輸送における核セキュリティ

 輸送時の核セキュリティは、輸送の種類によって所管する規制行政機関及び治安当局が異なります(表4-8)。特定核燃料物質の輸送時の要件は、陸上輸送に関しては原子炉等規制法で、海上輸送に関しては「船舶安全法」(昭和8年法律第11号)で定められています。


表4-8 特定核燃料物質の輸送を所管する関係省庁
輸送物輸送方法輸送経路・日時
陸上輸送原子力規制委員会【所外輸送】国土交通省都道府県公安委員会
【所内輸送】原子力規制委員会
海上輸送国土交通省国土交通省海上保安庁

(注)特定核燃料物質の航空輸送は実施されない。
(出典)第2回核セキュリティに関する検討会資料4 国土交通省・原子力規制庁「輸送における核セキュリティの検討について」(2013年)


(3) 我が国における核セキュリティ対策強化の取組

① 原子力規制委員会における取組

 原子力規制委員会では、2015年1月に「核セキュリティ文化に関する行動指針」を策定しました。同指針では、脅威に対する認識、安全との調和、幹部職員の務め、教育と自己研鑽、情報の保護と意思疎通の5点について、原子力規制委員会として自らの核セキュリティ文化を醸成するための行動指針を示しています。
 核物質防護については、原子炉等規制法に基づき、特定核燃料物質の防護のために事業者とその従業員が守るべき核物質防護規定の変更認可申請の審査を厳正かつ適切に実施しています。同規定の遵守状況については、IAEAによる勧告文書12を踏まえて導入した個人の信頼性確認制度の運用状況を含め、毎年検査を行っています。
 また、2020年4月には、「核物質防護に係る重要度評価に関するガイド」や対象施設別の「核物質防護に係る検査ガイド」が制定され、原子力規制検査13の運用が開始されました。同検査では、監視領域の一つとして核物質防護を定め、事業者の安全活動の目的の達成状況を監視しています。2020年度には、東京電力柏崎刈羽原子力発電所におけるIDカード不正使用による防護区域入域事案及び核物質防護設備の機能の一部喪失事案を踏まえ、原子力規制委員会は同発電所の原子力規制検査における対応区分を「第4区分」とすることを決定し、2021年4月14日に是正措置命令を発出しました14
 そのほか、原子力事業者等との間では、原子力規制委員会が経営層との面談等を通じてセキュリティに対する関与意識の強化を図っています。


② 文部科学省における取組

 我が国は、2010年の核セキュリティ・サミットにおいて、主にアジア諸国の核セキュリティ強化を支援するセンターの設立を表明し、同年12月に原子力機構に「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター」(ISCN15)を設置しました。ISCNは人材育成支援、技術開発等の活動を積極的に進めています。
 人材育成支援では、原子力平和利用のセミナー、バーチャルリアリティ(VR)技術や核物質防護の実習施設を活用したトレーニング、保障措置の体制整備の実務者トレーニング等を実施し、各国から高い評価を受けています(図4-8)。また、IAEA査察官向けに、原子力機構の施設を活用した我が国でしか実施できないトレーニングを提供し、IAEAからも高く評価されています。2020年度は、IAEA等と連携して本分野での世界初の海外向けオンライントレーニングを開発・実施しました。これらを含め、トレーニングコースは2021年3月までに99か国、6国際機関から累計4,900名以上が受講しています。
 技術開発では、欧米と協力して、押収・採取された核物質を分析して出所等を割り出す核鑑識技術、中性子線を照射して対象物を非破壊分析するアクティブ法等の技術開発を進めています。アクティブ法は対象物からの放射線による影響があっても適用できる分析手法であり、高い放射線レベルの試料中の核物質測定等への適用が可能です(図4-9)。また、大規模イベント等におけるテロ活動を抑止するための核・放射性物質を検知する技術開発、核爆発装置や放射性物質を飛散させる爆発物等への核物質・放射性物質の転用を防ぐための評価研究も進めています。
 そのほか、ISCNでは原子力平和利用と核不拡散・核セキュリティに係る国際フォーラムを毎年開催しています。2020年12月にオンラインで開催されたフォーラムでは、「『第1回核セキュリティ・サミット』から10年~ISCNが刻む『未来へのMilestone』~」をテーマに、国内外の有識者による講演や議論が行われました。


原子力機構ISCN による様々なトレーニングの実施

図4-8 原子力機構ISCN による様々なトレーニングの実施

(出典)原子力機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センター「ISCNニューズレターNo.0281」(2020年)、原子力機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センター「トレーニング、教育等を含む人材育成などを通じたキャパシティ・ビルディング強化」、FNCA「FNCA2019核セキュリティ・保障措置ワークショップ」に基づき作成


原子力機構が開発中の3つのアクティブ中性子法を統合した試験装置

図4-9 原子力機構が開発中の3つのアクティブ中性子法を統合した試験装置

(出典)2020原子力平和利用と核不拡散・核セキュリティに係る国際フォーラム 原子力機構核不拡散・核セキュリティ総合支援センター「ISCN/JAEAの10年間の歩みと成果」(2020年)に基づき作成


③ 国際的取組への対応

 我が国は、2015年にIAEAの国際核物質防護諮問サービス(IPPAS)ミッションを受け入れ、「国の核セキュリティ体制」、「原子力施設における核セキュリティの実施状況」及び「コンピュータセキュリティの実施」の3つの項目のレビューを受けました。また、2018年には、同ミッションでの勧告事項や助言事項に対する対応状況に関するフォローアップミッションを受け入れました。2019年4月に受領した同フォローアップミッション報告書においては、「前回のミッション以降、日本の核セキュリティ体制には顕著な改善がみられる。その体制は、強固で十分に確立されており、改正核物質防護条約の基本原則に従ったものである。」との見解が示されました。原子力規制委員会は、これらの評価結果を踏まえ、引き続き核セキュリティ対策の向上に取り組んでいくとともに、IAEAとの密接な協力の下、国際社会に貢献していくとしています。
 また、我が国は、2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会16に向け、大規模国際行事の核テロ対策を強化することとしており、IAEAや米国政府との協力の下、核セキュリティ分野での取組を実施しています。


(4) 核セキュリティに関する国際的な取組

① 核セキュリティ・サミット

 オバマ米大統領(当時)が提唱した核セキュリティ・サミットは、2010年4月から2016年4月にかけて合計4回開催され、首脳レベルで核テロ対策に関する基本姿勢や取組状況、国際協力の在り方についての議論が行われました。最終回となった第4回では、サミット終了後の核セキュリティ強化の取組に向けた行動計画等が採択されました。


② 国連の行動計画

 国連総会と国連安全保障理事会(以下「安保理」という。)は、グローバルな核セキュリティを強化する上で重要な役割を果たしています。2016年の第4回核セキュリティ・サミットで発表された国連の行動計画では、国連安保理決議第1540号17の核セキュリティに関する義務を2021年までに完全に履行すること等を目指す方針が示されました。


③ IAEAにおける取組

 IAEAは2002年3月、核テロ対策を支援するために、核物質及び原子力施設の防護等8つの活動分野で構成される核セキュリティ第1次活動計画を策定し、核物質等テロ行為防止特別基金を設立しました。現在は、2017年に承認された第5次行動計画(2018年から2021年まで)が遂行されています。
 また、IAEAが主催する閣僚級会議「核セキュリティに関する国際会議」は、2020年2月に3回目が開催され、130以上の国が参加し、我が国を含めて57か国以上から閣僚レベルの代表者が出席しました(図4-10)。同会議では、核セキュリティを世界的に強化するという共通のコミットメントが確認され、核テロやその他の悪意のある行為による脅威に対抗する閣僚宣言が発出されました。


核セキュリティに関する国際会議において政府代表演説を行う若宮外務副大臣

図4-10 核セキュリティに関する国際会議において政府代表演説を行う若宮外務副大臣

(出典)外務省「若宮外務副大臣の核セキュリティに関する国際会議出席(結果)」(2020年)


④ その他の取組

 上記のほか、我が国も参加する、核セキュリティの向上を目的とした代表的な国際取組として、「大量破壊兵器及び物質の拡散に対するグローバル・パートナーシップ」(GP18)、「核テロリズムに対抗するためのグローバル・イニシアティブ」(GICNT19)、「核セキュリティ・コンタクトグループ」(NSCG20)等が挙げられます。これらは、それぞれ2002年、2006年のG8を機に設置されましたが、その後G8の枠を超えて、多くの国や国際機関が参加する取組へと拡大しています。
 また、2008年の第52回IAEA年次総会の際に設立された「世界核セキュリティ協会」(WINS21)は、核物質及び放射性物質がテロ目的に使用されないように、これらの物質の管理を徹底することを目的として活動を行っています。WINSは、核セキュリティ管理に関するWINSアカデミーをオンラインで提供しているほか、世界各地で核セキュリティに関わるワークショップを開催しています。2021年2月には、原子力機構ISCNとWINSの共催により、「核セキュリティに係るサプライチェーン・リスク」をテーマとしたワークショップがオンラインで開催されました。



  1. 2013年2月発刊の「国の核セキュリティ体制の基本:目的及び不可欠な要素」。
  2. 2011年1月に発刊された「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告改訂第5版」、「放射性物質及び関連施設に関する核セキュリティ勧告」及び「規制上の管理を外れた核物質及びその他の放射性物質に関する核セキュリティ勧告」。
  3. International Physical Protection Advisory Service
  4. プルトニウム(プルトニウム238の同位体濃度が100分の80を超えるものを除く)、ウラン233、ウラン235のウラン238に対する比率が天然の混合率を超えるウランその他の政令で定める核燃料物質。
  5. 「核物質及び原子力施設の物理的防護に関する核セキュリティ勧告第5版」。
  6. 第1章1-2(1)③2)「新たな検査制度『原子力規制検査』の導入」を参照。
  7. 第1章1-2(1)③3)ハ)「原子力規制検査の実施」を参照。
  8. Integrated Support Center for Nuclear Nonproliferation and Nuclear Security
  9. 2020年3月30日に、東京オリンピック競技大会は2021年7月23日から8月8日に、東京パラリンピック競技大会は同年8月24日から9月5日に開催されることが決定されました。
  10. 大量破壊兵器及びその運搬手段の拡散が国際の平和と安全に対する脅威を構成することが明記された、初の国連憲章第7章下の国連安保理決議。全ての国連加盟国は、非国家主体への大量破壊兵器(核兵器、生物兵器、化学兵器)及びその運搬手段(ミサイル)の拡散防止の義務を負い、本件決議の履行について安保理の下に置かれる1540委員会へ報告することが定められました。
  11. Global Partnership
  12. Global Initiative to Combat Nuclear Terrorism
  13. Nuclear Security Contact Group
  14. World Institute for Nuclear Security

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