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第7章 放射線・放射性同位元素の利用の展開

7-1 放射線利用に関する基本的考え方と全体概要

 放射線・放射性同位元素の利用(以下「放射線利用」という。)は、原子力エネルギー利用と共通の科学的基盤を持ち、先端的な科学技術や工業、医療、農業、環境保全、核セキュリティ等の幅広い分野で利用され、社会を支える重要な技術になっています。
 近年では、これまでにもよく用いられてきたX線や電子線だけでなく、中性子線や重粒子線の利用も活発になってきました。中性子線はX線や電子線と異なり、物質の奥深くまで透過したり、安定な元素を放射化させたりすることで、放射線利用の道を広げています。また、重粒子線は医療分野で利用が進められています。
 放射線の発生源として、小型加速器の開発が進められています。これまではその場から動かせないために放射線を利用できなかったもの等についても、軽量かつ小型の加速器の利便性を生かすことで、放射線利用の対象が増加してきています。
 放射線を利用してできること、放射線を適用できるものが広がっていく中で、複数の専門領域の融合のみならず、既存の放射線利用設備を有効活用し、国や大学、研究機関、民間企業が連携してオールジャパン体制で取り組んでいくことが今後更に求められています。

 放射線は生体組織に対して過度に照射すると障害をもたらしますが、

  • 物質を透過するため、物質や生体の内部を細部まで調べることができる。
  • 局所的にエネルギーを集中させ、材料の加工や特殊な機能の付与ができる。
  • 細菌やがん細胞等に損傷を与えて、不活性化することができる。
  • 化学物質等に照射して別の物質に変えることができる。
等の特有の性質を有しています。これらの性質を学術研究や産業利用に活用することにより、国民生活の水準向上等に大きく貢献することができます。
 「原子力利用に関する基本的考え方」では、放射線を利用したイノベーションの創出や、放射線利用の観点での「原子力」が理学と工学の接点となり、人材需要への対応を先導することが期待されています。
 また、2020年7月に閣議決定された「統合イノベーション戦略2020」においても、放射線及び放射性同位元素については、幅広い分野で利用されるなど国民生活に広く関係しており、先端的な科学技術と共通の科学的基盤を有する分野とされています。さらに、今後は工学、医学、理学等の分野間連携を促進することや、複数の専門領域を融合させ、国や大学、研究機関だけでなく、民間企業も連携したオールジャパン体制で取り組むことを通じて、放射線等を戦略的かつ有効に活用していくことが求められるとされています。


(1)放射線と放射線の種類

 放射線には、電離放射線と非電離放射線の二種類があります。電離放射線は、原子や分子から電子を引き離しイオン化(電離)する能力を持ちます。電離放射線には、アルファ線(α線)、ベータ線(β線)及び陽子線のように電荷を持った粒子線や、中性子線のような電荷を持たない粒子線、及びエックス線(X線)、ガンマ線(γ線)のような電磁波等、様々な種類があります。一方、非電離放射線は、電離放射線のような相互作用をしない可視光線やマイクロ波等です。一般的に多くの場合、放射線というと電離放射線を指します(図7-1)。

図7-1 放射線の種類

(出典)地人書館 中村尚司著「放射線物理と加速器安全の工学」(1995年)に基づき作成


(2)放射線発生装置(放射線源を含む)と得られる放射線及び利用状況

 1895年にレントゲンにより発見されたX線は、身体の内部の様子を見事に映し出しました。ほとんどの放射線は、物質に当たる時や物質中を透過する時、物質の分子や原子と相互作用します。中には、ニュートリノのようにほとんど相互作用をしないで物質中を通り抜けるものもあります。例えば、電子線はマイナス、α線はプラスのように、電荷を持った粒子の流れであるため、進む道筋にある物質と比較的強い相互作用をして相手にエネルギーを与えます。放射線の様々な利用は、基本的に、このような放射線と物質との相互作用と放射線毎の違いをうまく利用したものです。
 図7-2に示すように、放射線の利用は大きく分けて「創る・加工する」、「観る」、「治す」の三つに分類されます。
 「創る・加工する」では、半導体製造、タイヤ製造等の工業利用、イネ等の農作物の品種改良や害虫駆除等の農業利用(γ線)、医療器具等の殺菌(γ線や電子線)等に使われています。「観る」では、肺の様子や骨折の状態等の医療診断、空港での手荷物検査、陸橋の非破壊検査による健全性の確認等の工業分野(X線)などで利用されています。「治す」では、主に腫瘍の放射線療法(α線、X線、γ線、重粒子線等)等に利用されており、近年では、α線核医学療法の進展や治療用重粒子線発生装置の小型化等を含め、大きな進歩をみせています。

図7-2 幅広い分野での放射線利用

(出典)第4回原子力委員会資料第1号 一般財団法人放射線利用振興協会 岡田漱平「量子ビーム科学・放射線利用の過去・現在・未来」(2017年)[1]

 このように、放射線は私たちの身近なところから広く社会の様々な分野で有効に利用されていて、社会を支える重要な技術の一つとなっています。これらの放射線を発生する機器やものには様々なタイプがあり、目的や手段に応じて使い分けられています。


① 放射性同位元素(RI1[2]
 RIは、元素の放射性崩壊等によって放出される放射線(α線、β線、γ線、中性子線)を工業や医療等の分野で用いることが可能です。
 天然に存在するRIから放出される放射線を利用することは可能ですが、その利用効率が低いことから、原子炉や加速器によってRIを製造し利用しています。
 原子炉でのRI製造は、原子核の核分裂反応あるいは中性子を吸収する反応により行われます。製造されるRIの原子は、より安定な状態に移行しようとしてγ線や電子線を放出して、別の原子に変わることがあり、その際に放出するγ線等を利用します。医学診断で用いられるモリブデン99(Mo-99)2は、このようにして製造される代表的なRIの一つです。
 加速器でのRI製造は、加速された荷電粒子(陽子、α線)を色々な試料に照射することにより行われます。製造されるRIからは、原子炉で製造されるRIと同様なメカニズムで放射線が放出されます。また、α線を放出するRIも製造され、そのα線が医療等に利用されます。RIを使用する事業所は、2019年3月末時点で7,608か所です。機関別にみると、民間企業が4,532か所(約60%)、医療機関が1,131か所(約15%)、研究機関が435か所、教育機関が491か所、その他の機関が1,019か所です[3]。民間企業では医療用具の滅菌等の照射装置やレベル計に、また、医療機関においては遠隔照射治療装置及びガンマナイフ装置3の線源として利用されています。

図7-3 放射性同位元素を使用する事業所の推移

(出典)原子力規制委員会「規制の現状 表2機関別使用事業所数の推移」に基づき作成[3]


コラム ~国内における短寿命核種の製造~

 我が国では、RI製造のほとんどを海外に依存しています。一方で、医療用のα線放出核種である半減期の短いRI(短寿命核種)は、長距離輸送中にRIとしての効能を失ってしまいます。医学診断で用いられる原料のモリブデン-99は100%海外から輸入しており、海外の製造原子炉の停止により入手が極めて困難になった時期がありました。このような状況も受け、国内においても短寿命核種の製造が行われています。
 文部科学省科学研究費助成事業「新学術領域研究(研究領域提案型)『学術研究支援基盤形成』」リソース支援プログラムにおいて、「短寿命RI供給プラットフォーム」が発足しました。同プラットフォームは、大阪大学核物理研究センター、国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器研究センター、東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター、東北大学電子光理学研究センターの4つの連携機関から構成されており、多くの短寿命RIが供給されています[4]
 また、このプラットフォーム以外にも、量研の放射線医学総合研究所(放医研)や高崎量子応用研究所においても短寿命RIを生産・供給しています。

短寿命RI供給プラットフォームを担う連携4機関とその位置

(出典)福田光宏、中野貴志、酒見泰寛、渡部浩司、菊永英寿、依田哲彦「短寿命RI供給プラットフォーム」[4]


② 加速器
 加速器は、RIを製造する以外にも、高エネルギーの電子線、陽子線、重粒子線を作り出し様々な場面で利用されています。
 例えば、高エネルギーの陽子線を原子核に衝突させて原子核を破砕する際に放出される中性子を、極限条件下での物性研究や材料内部の残留応力観測等に利用しています。また、円形加速器では、電子を加速することによって電磁波(放射光(Synchrotron Radiation))を発生させ、人工光合成のための触媒創成のための構造解明研究や、燃料デブリの詳細分析等に利用しています。
 放射性同位元素等規制法の許可を受け使用されている放射線発生装置は、2018年3月末時点で1,755台です。放射線発生装置の75.3%は医療機関に設置され、がん治療等に利用されています[5]。また、教育機関、研究機関、民間企業等にも設置され、様々な研究開発や事業活動等に利用されています。そのほか、放射性同位元素等規制法の規制対象とならない低エネルギー電子加速器、イオン注入装置等も民間企業等に多数設置され、幅広く利用されています。


③ 原子炉
 原子炉では、RI製造以外にも、核分裂の際に放出される中性子が利用されています。原子力発電所では中性子を利用して核分裂の連鎖反応を起こし、その結果得られる熱エネルギーを利用して電気を生み出しており、エネルギーとしての中性子利用も放射線利用の一つとして考えることができます。一方で、研究炉では、中性子をビームとして炉心から取り出し学術研究に利用しています。
 中性子反応を利用するRIの製造には原子炉(研究炉)が用いられます。我が国でRI製造・供給を行うことのできる研究炉は、過去にJRR-34、材料試験炉(JMTR5)、KUR6の3基ありました。これらのうちKURは2017年8月に原子力規制委員会の新規制基準に係る安全審査に合格し、運転を再開しました。JRR-3は耐震補強工事を実施中で、運転再開は2021年2月の予定です。JMTRは1968年の初臨界以来、燃料材料照射試験等に広く利用されてきましたが、新規制基準対応のための耐震工事費用等を勘案して2017年4月に廃止措置に移行することが決まりました。
 研究炉や加速器から放出される中性子をビームとして利用することが可能な中性子源は、国内で約10施設あります。また、国外でも利用可能な中性子源があります。(図7-4、図7-5)

図7-4 日本の中性子源

(出典)第8回原子力委員会資料第1号 名古屋大学鬼柳義明「日本の中性子利用研究と施設連携」(2019年)[6]


図7-5 世界の主な中性子源

(出典)第8回原子力委員会資料第1号 名古屋大学鬼柳義明「日本の中性子利用研究と施設連携」(2019年)[6]


④ その他(X線発生装置、レーザー発振器)
 加速器、研究炉のほかにも、放射線を発生する装置として、X線発生装置やレーザー発振器があります。X線は、レントゲン撮影や非破壊検査等に利用されています。レーザー光は、レーザー溶接等の工業分野や歯の治療等の医療分野で利用されています(表7-1)。


表 7-1 放射線発生装置(放射線源を含む)と得られる放射線
RI 加速器 原子炉 X線
発生装置
レーザー
発振器

α線

β線(電子線)

β線(陽電子線)

γ線

中性子線

ニュートリノ

ミュオン

陽子線

重粒子線

放射光

X線

レーザー光

(出典)原子力委員会研究開発専門部会加速器検討会「加速器の現状と将来」[7]に基づき作成


コラム ~米国エネルギー省(DOE)の加速器開発戦略~

 米国エネルギー省(DOE)は、物理科学基礎研究を支援する最大の連邦組織です。DOEが推進する物理、化学、生物学、環境学、コンピュータ科学における世界をリードする研究は、科学と技術革新に係る国家の優位性を支える基礎科学上の発見や技術的な解決に寄与するとしています。
 DOEでは独自の開発戦略を定め[8]、「科学とエネルギー」、「核の安全保障」、「管理と成果」という三つの戦略的目的を達成するための取組を実施しています。このうち、放射線利用に関係する戦略目的は「科学とエネルギー」であり、この目的に対して、以下の三つの戦略目標が定められています。

  • 大統領令の政策に基づくエネルギー資源の堅実な開発、導入、効率的利用をサポートし、気候変動行動計画における目的・目標を前進させ、新たな雇用や産業を創出する
  • 経済的な競争力があり、環境に配慮し、安定かつ回復力のある米国のエネルギーインフラをサポートする
  • 自然に対する我々の理解を一変させ、基礎科学の進展と技術革新との繋がりを強化する、科学的発見や主要な科学ツールを提供する

 このうち、戦略目標③が放射線利用に関係しており、「ミッション重視型研究を可能にして科学的発見を促進する世界一の科学利用施設を米国の研究者に提供」と具体化されています。
 DOEは、誰もが利用できる世界トップレベルの独自の科学利用施設に対する投資を通じ、米国の科学事業における独自の役割を果たしています。これらの加速器、スーパーコンピュータ、X線光源施設、中性子源施設等の科学利用施設は、現代科学の最も先進的なツールと位置付けられています。未知の最先端分野の研究を行うため、国立研究所、大学、民間企業、DOE以外の米国政府関連組織から毎年数千人もの科学者が訪れ、これらの設備を利用しています。加速器、X線光源施設、中性子源施設等は放射線利用に欠くことのできない施設であり、これらを戦略的に開発整備することは重要であるとされています。


コラム ~放射線利用の経済規模~

 原子力委員会では2017年に、2005年度の調査から10年ぶりに、2015年度の放射線利用の経済規模を調査し公表しました。
 2015年度の放射線利用の経済規模を2005年度と比較すると、放射線利用全体として増加しており、放射線利用の国民生活への貢献が着実に拡大していることが伺えます。工業分野や農業分野における放射線利用は、2005年からほぼ横ばいでしたが、医療・医学では放射線利用の成長が顕著に表れています。これは特に、放射線を利用した診療行為が増加していることが要因であると考えられます。例えば粒子線治療については、2005年度は約27億円であったのに対し、2015年度は約140億円にまで増加しており、経済規模は10年でおよそ5倍に成長しています。

2015年度の我が国における放射線利用の経済規模

(出典)第29回原子力委員会資料第1-1号 内閣府「放射線利用の経済規模調査」(2017年)[9]


放射線利用と原子力利用の経済規模

(億円)

調査年度 工業
分野
医療・医学
分野
農業
分野
放射線
利用合計
原子力発電
収益
電気事業者
支出
エネルギー
利用合計

2015

22,200

19,100

2,400

43,700

3,307

20,943

24,250

2005

23,000

15,000

2,800

41,117

47,410

16,866

64,276

1997

21,773

12,000

1,167

35,000

57,913

17,161

75,074

(出典)第29回原子力委員会資料第1-1号 内閣府「放射線利用の経済規模調査」(2017年)[9]、日本原子力産業協会 「原子力発電に係る産業動向調査」[10]に基づき作成


(3)放射線の利用分野と具体例

 RI、加速器、原子炉から取り出される放射線は、その特性を生かして工業、医療、農業、環境保全、核セキュリティ等の分野で利用されています。例えばX線は、物質を通り抜ける能力が高いため、物質内部の様子の観察に利用されます。γ線は、X線に比べて電磁波としての波長が短い(エネルギーが高い)という特徴があるため、殺菌や、人体の奥深くのがん細胞への攻撃に利用されます。中性子は、水素やリチウム等の軽い元素の検知能力が高いため、リチウム電池の劣化状態等の観察に利用されます。α線は、透過能力が低いものの、物質内部で止まる場合はその瞬間に持っているエネルギーを相手の物質に与える性質があります。そのため、がん組織への特異的な集積等により、正常な細胞に与える影響を抑えた治療に利用されます。これら以外にも、放射線は、環境保全利用として飲料水の殺菌や排ガス・土壌汚染の対処、加えて、核セキュリティ・テロリズム・犯罪・講習の安全分野でも利用されています(図7-6)。


図7-6 放射線利用の具体例

(出典)第25回原子力委員会資料第1-3号 原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方 参考資料」(2017年)[11]


 また、中性子による放射化により、コバルト60、イッテルビウム169、イリジウム192等が作られ医療分野で利用されています。さらに、ガドリニウム153、金198等も製造され、工業製品の透過撮影や悪性腫瘍の放射線治療等に利用されています(図7-7)。


図7-7 研究用原子炉JRR-3での中性子ビームの利用例

(出典)原子力機構提供資料


 IAEAのNuclear Technology Review2019[12]においても、放射線利用例が紹介されています。RIや放射線技術分野では、プラスチック材料の放射線による改質、ホウ素中性子捕獲療法(BNCT7)、医療RIブラウザの立ち上げ、同位体トレーサーによる人体の栄養摂取の解析が挙げられています。人の健康に関する分野では、診断、放射線非常時の予測ツール又は医療のためのバイオドシメトリーが挙げられています。食物や農業分野では、ペスト対策のための放射線不妊虫放飼法(SIT8)、食品に係るトレーサビリティシステム、温室効果ガスに関する放射線技術の応用が取り上げられています。


① 工業利用
 材料の加工、材料や構造物の検査、環境保全等の分野で、広く放射線を利用した技術が用いられています。材料の加工分野では、力学的特性や耐熱性を向上させた機能性材料の創製が行われており、例えば自動車用タイヤの製造では、ゴムに電子線を照射することにより強度を増しつつ精度よく成形した高品質なタイヤの製造が行われています。また、中性子線による核反応を利用したシリコン半導体の製造も行われています。
 社会的に重要な課題となっている、年数の経過した社会インフラの保全においても、放射線を利用した検査が行われています。検査においては、中性子線の高い透過力と軽い原子に対する感受性の高さを利用した中性子ラジオグラフィーと中性子残留応力解析の技術を適用し、コンクリート構造物の内部損傷や劣化の検査が非破壊で行われています。また、製造工程管理(液面計等)、プラント診断法(厚み計)、自動車やトラックのエンジンの摩耗検査、航空機等の溶接部検査や厚み検査、医療器具等の滅菌・殺菌等にも広く利用されています。
 環境保全の例として、石油や石炭の燃焼によって排出される有害ガスに電子線を照射して、硫黄酸化物や窒素酸化物を硫酸アンモニウムや硝酸アンモニウムに変える技術が利用されています。また、放射線を利用した、排水中の有機汚濁物資の分解も行われています。このように、放射線は大気汚染や水質汚染の防止技術としても利用されています[13]

コラム ~非破壊検査装置、計測装置、分析装置の利用~

 RIを利用する非破壊検査は、検査の対象や目的に合わせて適切なエネルギーのRIを選択することにより、高い透過力と精度を持って検査を実施できます。特に、イリジウム192を用いた非破壊検査装置は軽量・小型であり、狭いところや高いところで使用することができる利便性の高い装置です。また、線源の位置を調整するだけで、様々な角度から検査を実施することができます。

放射性同位元素を用いた非破壊検査装置(左)、非破壊検査手法と利用割合(右)

(出典)第43回原子力委員会資料第2号 公益社団法人日本アイソトープ協会「アイソトープ利用の現状と課題」(2018年)[14]

 また、工業分野においては、計測装置や分析装置にRIが利用されています。RIを用いた厚さ計、レベル計、ガスクロマトグラフ等は、国内で現在約5,000台使用されています。このような装置は、高性能でありながら取扱いが容易であることから、今後の経済発展が見込まれる東南アジアを中心とした海外展開が期待されています[14]


コラム ~小型加速器の利用~

 加速器は、エネルギーや強度の高い放射線を発生させることができるため、産業や学術研究の様々な場面で用いられています。中性子源として用いる加速器は、陽子を加速して中性子を発生させるため、持ち運び不可能な大規模な装置が必要となります。一方、X線や電子線については、加速器を構成する装置の研究開発の進展により、テーブルトップサイズの加速器が登場しています。
 小型加速器は、持ち運びが可能であることにより、加速器施設に運搬することが難しい巨大な構造物等にも適用できるという利点があります。例えば、小型の高出力X線加速器を用いてコンクリート橋内部の劣化状態を可視化し、その後の保全活動に活用するという研究開発が行われています。
 一方で、法令の規制により、1MeV以上のエネルギーを持つX線を発生させる装置を非破壊検査のために屋外で利用できる対象は、橋梁又は橋脚に限られています。今後、これらの構造物以外にも、トンネルや落石等から道路を保護するためのシェッド等、様々なインフラ構造物の老朽化の増加が見込まれます。これらの屋外大規模構造物の保全活動に高出力のX線加速器を活用していくためには、技術の適用性を拡充するだけでなく、規制見直し等の基盤整備も重要です。

小型X線加速器を用いた橋梁の検査

(出典)第34回原子力委員会資料第1号 東京大学上坂充「加速器小型化の最前線について」(2018年)[15]

② 医療利用
 診断と治療の両面で放射線が活用されており、放射線発生装置の開発や改良に伴い、今後の更なる利用の進展が見込まれます。
 例えば、RI置換した薬剤の正確な体内移動を把握する新薬テスト、レントゲンやX線CT等の画像化による診断、正確ながん部位の診断(PET9)と治療、線形加速器から取り出されるX線治療、ガンマナイフと呼ばれるγ線による治療、重粒子線治療等の利用実績があります。
 RIの利用には、容器に密封されたRI(密封RI)から放出される放射線利用と、密封されていないRI(非密封RI)の利用の二つの形態があります。医療分野では、密封RIは、遠隔操作密封小線源治療(RALS10)やガンマナイフ等に用いられています(表7-2)。非密封RIは核医学検査に利用されています。現在シングルフォトン検査とポジトロン断層法(PET)検査が多く実施されています。また、経口薬や静脈注射によって非密封RIを体内に取り込む内用治療やストロンチウム療法があります。

表 7-2 医療分野における密封RIの利用例
製品・
治療法
治療対象
疾患例
放射性同位元素
(放射能)
使用
医療
機関数
放射性同位元素の
年間供給個数

RALS

子宮頸がん
子宮体がん

イリジウム192
(370GBq/個)

130

450

ガンマナイフ

脳血管障害
脳腫瘍

コバルト60
(1.11TBq×192個/台)

50

1,200

永久挿入密封
小線源療法

前立腺がん

ヨウ素125
(13.1MBq/個)

100

200,000

(出典)第43回原子力委員会資料第2号 公益社団法人日本アイソトープ協会「アイソトープ利用の現状と課題」(2018年)に基づき作成[16]

③ 農業利用
 農作物や家畜の生産性向上のための品質改良(耐病性イネの作出等)、害虫防除(不妊虫放飼法等)、食品照射(長期保存等)などに放射線が利用されています。
 品種改良には様々な方法がありますが、放射線の照射による突然変異を利用すると、病気に強い新しい品種や寒冷地でも栽培できる品種等を効率的に作ることができます。我が国では1960年代から研究が始められ、1970年代には長期保存のため、ばれいしょへの照射が実用化されました[17]。これまでに、コバルト60等からの放射線を利用して、ナシの黒斑病抵抗性品種の育成、収穫性に優れ病害虫にも強いイネやオオムギ等の育成も行われてきています。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構では、放射線育種場において作物の突然変異による育種等の研究を進めるとともに、外部からの依頼による花きや農作物等への照射も行っています。
 害虫駆除の例として、不妊虫による駆除があります。この方法は、γ線照射によって不妊化した害虫を大量に野外に放ち、数世代かけて害虫の数を減少させ最終的に根絶させるというもので、大量の殺虫剤散布による駆除で懸念される人や環境への影響がない方法です。我が国では、この方法がウリミバエの根絶に大きな貢献をしました。ウリミバエはウリ類等の重要害虫であり、沖縄県と鹿児島県の奄美群島のウリ類はウリミバエの被害により出荷ができず大きな損害を被りました。1970年代から不妊化したウリミバエによる根絶が行われ、沖縄県と奄美群島のウリミバエは1993年までに完全に根絶しました[18]

④ 科学技術の分野での利用
 構造解析、材料開発、追跡解析、年代測定、放射線照射による宝石の変質・改良等に、放射線が利用されています。また、高エネルギー物理、原子核物理、及びX線、光子、中性子科学での新しい発見のためにも放射線(特に量子ビーム)が利用されています。


コラム ~米国DOE-HEP(高エネルギー物理学部門)における放射線利用戦略~

 米国上院歳出委員会(SAC11)は、2011年9月にDOEに対して開発戦略の提示を要求しました。これを受けて、DOEは、開発してきた加速器技術を産業界及び政府機関に技術移転するための方法を評価しました。HEP12が決定した開発プログラムは、加速器開発推進側が掲げる挑戦課題及び恩恵を享受する側が要望する利用分野と整合しており、問題がないことが示されています。
 DOE-HEPが掲げる8つの研究開発プログラム、加速器開発推進側が掲げる7つの挑戦課題、開発成果の恩恵を享受する側が要望する5つの利用分野の相関は以下のとおりです。黒丸は、開発プログラムと挑戦課題の整合性(左側)及び開発プログラムと利用分野の整合性(右側)があることを示します。

開発プログラム、挑戦課題、利用分野の相関

(出典)Task Force on Accelerator R&D「Office of High Energy Physics Accelerator R&D Task」(2012年)[19]

  • 8つの研究開発プログラム:
    超電導高周波、加速器・ビーム・計算機の使用、粒子発生源、高周波発生源、ビーム施設と制御、通常電導高階調度加速器・構造、新型加速器、超電導磁石
  • 7つの挑戦課題:
    高エネルギー、ビームのパワー、高階調度、新しい加速方法、ビームのエミッタンス、輝度とコヒーレンス、小型加速器
  • 5つの利用分野:
    科学の発見、医療、エネルギーと環境、防御とセキュリティ、産業


  1. Radio Isotope
  2. Mo-99から得られるテクネチウム-99mは、血管中の血液の流れの測定や腫瘍の診断等に広く用いられている、核医学の重要なRI。
  3. 病巣部周囲の正常な組織を傷つけることなく、約200個のコバルト60の線源から出るγ線を用いて、虫眼鏡の焦点のように病巣部に対して集中的に照射する治療法。ビームが集中する箇所のみが、ナイフで切り取られたかのように治療できるので、“ガンマナイフ”と名がつきました。[37]
  4. Japan Research Reactor-3
  5. Japan Materials Test Reactor
  6. Kyoto University Reactor
  7. Boron Neutron Capture Therapy
  8. Sterile Inset Techniqe
  9. Positron Emission Tomography
  10. Remote After Loading System
  11. Senate Appropriation Subcommittee
  12. High Energy Physics



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