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7-5 放射線利用に関する先端的取組

 放射線は、物質の根源や宇宙誕生時の物質の起源に迫る基礎科学研究や、物質の極微の世界の構造を調べる研究等に利用されています。これにより、学術分野の進展に貢献し、人類共通の知的資産となる物理の諸原理を解明するとともに、最先端のライフサイエンスや医学、工学、農学等、幅広い分野での研究開発の成果を創出しています。
 ライフサイエンス分野では、放射光からのX線を利用したタンパク質の構造解析、陽電子21放出核種を利用した植物体内の光合成産物やカドミウム等の微量物質動態の動的観察、中性子ラジオグラフィー22を利用した生きた植物の根の生長の観測等、ほかの手段では代替できないユニークな研究が行われています。このほか、放射性同位元素をトレーサー23として使用した植物に対する施肥効果、物質代謝及び免疫応答の研究、放射化分析を用いた植物による微量元素の吸収の研究、植物体内への複数元素の移行や分布の同時計測にマルチトレーサー24を利用する技術開発等が進められています。 また、試料に含まれる天然起源の放射性同位元素(炭素14等)の崩壊状況を測定することにより、その試料年代を知る年代測定技術は、これまで考古学の分野で多く利用されてきました。新たな応用として、地球温暖化の研究に関連して、地球の様々なところに蓄積している炭酸ガス等の年代測定研究が行われています。
 また、加速器は、基礎科学の進歩や学術研究、工業、農業、医療活動等の放射線利用分野の拡大に貢献するとともに、先端的な放射線利用である量子ビームテクノロジーを発展させる上で重要な基盤施設です。
 原子炉においても、定常ビームであることを必須とした実験や照射応用など、原子炉からの中性子の特徴が活きる分野もあることから放射線利用が進んでいます。特に大学や研究機関の研究炉は原子力関係人材の育成の場としての機能もあることから、適正規模の研究炉施設の維持・運営が望まれています。京都大学研究用原子炉(KUR25)では、原子炉から発生する中性子を利用して、イメージングや放射化分析、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)等の研究が実施されていることや、大型施設に比べて様々な研究分野の目的に応じた自由度の高い実験を行える利点を活かし、研究分野の複合や融合化を進めることで、研究に革新をもたらし、高い成果を創出していく「複合原子力科学」の拠点として、学術分野や科学技術へ貢献していくことを目指しています[17]


〈放射光施設〉
 放射光は幅広い波長領域の高輝度な光であり、物質・材料科学や生命科学等、広範な基礎研究から応用研究に活用できる研究手段です。X線領域においては、日本初の放射光源加速器として1982年に完成した放射光科学研究施設(PF26)は、PFリング、アドバンストリング(PF-AR)の二つの放射光専用光源加速器を有する放射光施設であり、最新の技術を取り入れた実験装置の開発等により、物質・生命科学研究に貢献しています。PF-ARは、パルス放射光を利用して物質の状態変化を捉える研究が行われているほか、高エネルギーX線を利用して得られる高温高圧条件下での構造解析により、地球科学研究にも貢献しています[18]。また、1997年10月に共用を開始した大型放射光施設SPring-8は、微細な物質構造や状態解析が可能な世界最高性能の放射光施設であり、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで広範な分野において、先端的・革新的な研究開発に貢献しています。さらに、日本初、世界でも米国に次いで2番目に建設され、2012年3月より共用運転を開始したX線自由電子レーザー(XFEL27)施設SACLA28は、波長がX線領域のレーザーで、非常に高速のパルス光であるため、X線による試料損傷の低減が期待でき、また、物質を原子レベルの大きさで、かつ非常に速く変化する様子をコマ送りのように観察することが可能です。例えば、SACLAのX線自由電子レーザーを用いることで、従来の低温での解析とは異なり、生体に近い常温での酵素分子の立体構造解析が可能になります。このため、常温特有のタンパク質や水の動き、酵素反応機構を明らかにすることができ、新しい素材や医薬品等の開発等、医療や工業への応用も期待されています[19]
 また、東北にある7つの国立大学29より「東北放射光施設構想」として東北地方への中型高輝度放射光施設の設置が提唱されるなど、施設の設置への機運が高まる中、2018年7月に、文部科学省による「官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の推進」の枠組みにおいて、量研を整備・運用の検討を進める国の主体、一般財団法人光科学イノベーションセンター(代表機関)、宮城県、仙台市、東北大学、一般社団法人東北経済連合会をパートナーとし、東北大学青葉山新キャンパスへの次世代放射光施設の整備が進められることとなりました[20]
同施設は、コンパクトで高性能な放射光施設であり、燃料電池、リチウムイオン電池、ヘルスケア等の研究開発においてニーズが高まっている10ナノメートル以下での非破壊観察を可能とします[21]


〈RIビームファクトリー〉
 国立研究開発法人理化学研究所(以下「理化学研究所」という。)にある「RIビームファクトリー」は、水素からウランまでの全元素の放射性同位元素(RI)を、世界最大の強度でビームとして発生させる加速器施設です(図 7-18)。2015年12月には、本施設で合成に成功した原子番号113の元素が新元素であることが国際機関により正式に認定され、理化学研究所を中心とする研究グループが新元素の命名権を獲得、2016年11月に元素名を「ニホニウム(nihonium)」、元素記号を「Nh」とすることが国際純正・応用化学連合(IUPAC30)にて正式決定されました。さらに、2017年12月には73種類の新しい放射性同位元素が発見されたことが発表されました。2010年以降、理化学研究所では132種類の新たな放射性同位元素を発見しており、同様の研究を行っている米国、英国、ロシア、ドイツよりも多くの発見数を記録しています[22]


図 7-18 RIビームファクトリー(RIBF)超伝導リングサイクロトロン

(出典)国立研究開発法人理化学研究所仁科加速器研究センター「RIビームファクトリーの施設」31


大強度陽子加速器施設(J-PARC)〉
 2009年に施設の本格運転が始まった大強度陽子加速器施設(J-PARC)は、核破砕反応により生成される多様な2次粒子を用いて、広範な領域の科学技術の研究を行うための施設です(図 7-19)。タンパク質等の構造解析等の物質・生命科学研究、物質の起源を探るための原子核・素粒子物理学研究等、基礎研究分野から産業利用まで幅広い分野での研究・開発が行われています。物質・生命科学、ハドロン、ニュートリノの各実験施設が稼働しています。

図 7-19 大強度陽子加速器施設(J-PARC)

出典)文部科学省「研究施設共用に対する取組32



  1. 陽電子は、電子の反粒子であり、質量等の粒子の特徴は電子とほぼ同等ですが、電荷は電子と反対という特徴を持っています。
  2. ラジオグラフィーは、非破壊検査の一種で、X線や中性子といった放射線を用いる透過検査方法です。放射線の物質を透過する性質を利用して、対象を破壊せずに内部の検査を行うことができます。
  3. トレーサーは、観察対象とする動植物等に放射性同位元素で標識した化合物を投与し、その放射性同位元素から放出される放射線を測定器で追跡することで、その観察対象内における化合物の挙動を調べる方法です。これに用いられる放射性同位元素をトレーサー(追跡子)といいます。
  4. マルチトレーサーは、トレーサーの一種です。加速器を利用すると、同時に複数の放射性同位元素を生成し、トレーサーとして利用することができ、これをマルチトレーサーといいます。マルチトレーサーを用いれば、多数の元素の挙動を同じ条件の下で同時に追跡することができます。
  5. Kyoto University Research Reactor
  6. Photon Factory(フォトンファクトリー)
  7. X-ray Free Electron Laser
  8. SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser
  9. 秋田大学、岩手大学、東北大学、弘前大学、福島大学、宮城教育大学、山形大学の7大学
  10. International Union of Pure and Applied Chemistry
  11. http://www.nishina.riken.jp/facility/SRC.html
  12. http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/shisetsu/index.ht
    



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