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3-2 放射線利用

3-2 放射線利用

 「放射線」には、X線、γ線、電子線などの種類があり、これらの放射線は物理的な性質により大きく「電離放射線」と「非電離放射線」に分類されます(図 3-20)。電離放射線を、医療、工業、農業、学術などの分野において利用することを「放射線利用」といいます。
 放射線は、生体組織に対して過度に照射すると障害をもたらしますが、

  1. 物質を透過したり、原子核で散乱したりするため、物質や生体の内部を細部まで調べることができる。
  2. 局所的にエネルギーを集中させ、材料の加工や特殊な機能の付与ができる。
  3. 細菌やがん細胞などに損傷を与えて、不活性化することができる。
  4. 電離作用があるので、化学物質などに照射して別の物質に変えることができる。

 など、応用、利用できる有益な性質があります。
 我が国では放射線による人体への障害を防止するために、放射線を安全に取り扱う技術や放射線防護の法規制が整備されるとともに、放射線の有益な性質を学術研究や産業技術に活用する研究開発が進められ、今日では様々な分野の活動に放射線が効果的に利用されています。

図 3-20 放射線の種類

(出典)講談社 小野周監修「現代物理学小事典」(1993)に基づき作成


(1)放射線利用に関する基本的考え方

 放射線は、先端的な科学技術や医療、工業、農業、環境保全、核セキュリティなどの幅広い分野で利用され、国民の福祉、国民生活の水準向上などに大きく貢献してきています。また、加速器技術等の格段の進歩により、量子ビームテクノロジーというイノベーションの有力なツールとしての一分野を形成してきています。今後も新材料の創出やがんの治療など更に利用が広がっていくことが期待されています。科学技術や医療、工業等の幅広い分野での放射線利用の実態を図 3-21に示します。

図 3-21 幅広い分野での放射線利用

(出典)第4回原子力委員会定例会 資料第1号 (一財)放射線利用振興協会 岡田漱平「量子ビーム科学・放射線利用の過去・現在・未来」(2017年)

 放射線の利用は社会に大きな効用をもたらしていますが、関連機器や放射性物質は取扱いを誤れば人の健康や環境に悪影響を与える可能性があります。このため、放射線による障害を防止し、公共の安全を確保するため、放射性物質及び放射線発生装置に係る使用、販売、廃棄などに対する規制や保安及び保健上の措置に関することが各種の法律で定められています。


(2)放射線利用に関する取組と現状

@ 放射線利用環境の整備
1) 放射性同位元素及び放射線発生装置の利用状況
 放射線障害防止法に基づく放射性同位元素又は放射線発生装置は様々な用途で、幅広く利用されています。それらを利用する使用事業所は、2015年3月末時点で7,515事業所に達しています。これを機関別に見ると、民間企業が4,379か所、研究機関が458か所、医療機関が1,053か所、教育機関が537か所、その他の機関が1,088か所です。また、密封放射性同位元素の使用事業所は1,954事業所です。
 これらの事業所においてはコバルト60が医療用具の滅菌などの照射装置やレベル計に、ニッケル63がガスクロマトグラフ装置に、クリプトン85が厚さ計に、ストロンチウム90がたばこ量目制御装置に、セシウム137がレベル計や密度計などに、イリジウム192が非破壊検査装置に、アメリシウム241が厚さ計や密度計などに主に使用されています。また、医療機関においては、ヨウ素125、イリジウム192、金198などが密封小線源として、コバルト60及びセシウム137が遠隔照射治療装置及びガンマナイフ装置の線源として利用されています。
 放射線障害防止法に定める放射線発生装置は、2015年3月末時点で1,652台に達しています。放射線発生装置の75.1%は医療機関に設置され、がん治療などに利用されています。また、同装置は教育機関、研究機関、民間企業などにも設置され、様々な研究開発や事業活動などに利用されています。
 その他、放射線障害防止法の規制対象とならない低エネルギー電子加速器、イオン注入装置なども民間企業などに多数設置され、幅広く利用されています。

2) 放射線利用に関する規則と放射線防護に関する研究
 放射線利用は、放射線による障害の防止のために制定された「放射線障害防止法」、放射線障害などから労働者を保護する「労働安全衛生法」(昭和47年法律第57号)、放射線や放射性同位元素などを診断や治療で用いる際の基準などを定める「医療法」(昭和23年法律第205号)及び医薬品などの安全性などの確保のために必要な規制を行う「薬事法」(昭和35年法律第145号)などに基づいて、厳格な安全管理体制の下で進められています。
 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所 27 (以下「放医研」という。)は、緊急被ばく医療体制の中核機関として緊急時の医療体制・支援体制の確立を目指すとともに、高線量被ばく患者に対する効果的な治療法を開発するため、治療剤候補の同定や革新的な線量評価法のプロトタイプの開発などの研究を行っています。放医研は東電福島第一原発事故が発生した際に、高度かつ専門的な被ばく医療を実施する機関として、事故発生直後に現地への緊急被ばく医療派遣チームを派遣し、オフサイトセンターの運営に協力するとともに、東京電力、消防、自衛隊、海上保安庁などへ助言を行っています [7]
 また、原子力機構は、外部被ばくや内部被ばくに関する研究や関連する基礎データの整備などを進めており、核医学検査・治療に伴う患者の被ばく線量評価のための米国核医学会の線量計算用放射性核種データ集の改訂に貢献するなどの成果も挙げています。東電福島第一原発事故の発生直後には、原子力機構が緊急時モニタリングや身体サーベイなどを行う放射線支援班及び医療支援班を現地に派遣しています。さらに、現地に移送された同機構の保有する資機材や設備が、放射線測定や被ばく管理などに活用されました [8]
 原子力機構と放医研では東電福島第一原発事故の発生を契機として、それぞれ福島研究開発部門、福島復興支援本部(現在、福島再生支援本部)が新設されました。これらの組織では東電福島第一原発事故によって環境中に放出された放射性物質による住民や生物の長期的な被ばく影響等、人体や環境の防護に資する研究が行われています [9]

A 科学技術・学術分野
 放射線は、物質の根源や宇宙誕生時の物質の起源にせまる基礎科学研究や、物質の極微の世界の構造を調べる研究などに利用されています。これにより、学術分野の進展に貢献し、人類共通の知的資産となる物理の諸原理を解明するとともに、最先端のライフサイエンスや医学、工学、農学など幅広い分野での研究開発の成果を創出しています。
 ライフサイエンス分野では、放射光を利用したタンパク質の構造解析、陽電子 28 放出核種を利用した植物体内の光合成産物やカドミウムなどの微量物質動態の動的観察、中性子ラジオグラフィー 29 を利用した生きた植物の根の生長の観測など、他の手段では代替できないユニークな研究が行われています。このほか、放射性同位元素をトレーサー 30 として使用した植物に対する施肥効果、物質代謝及び免疫応答の研究、放射化分析による植物による微量元素の吸収の研究、植物体内への複数元素の移行や分布の同時計測にマルチトレーサー 31 を利用する技術開発などが進められています。
 ナノテクノロジーの分野では、放射光を利用したインテリジェント触媒の機構解明、中性子を利用した高温超伝導材料の研究開発が進展しています。
 また、試料に含まれる天然起源の放射性同位元素(炭素14など)の崩壊状況を測定することにより、その試料年代を知る年代測定技術は、これまで考古学の分野で多く利用されてきました。新たな応用として、地球温暖化の研究に関連して地球の様々な所に蓄積している炭酸ガスなどの年代測定研究が行われています。
 また、加速器は、基礎科学の進歩や学術研究、工業、農業、医療活動等の放射線利用分野の拡大に貢献するとともに、先端的な放射線利用である量子ビームテクノロジーを発展させる上で重要な基盤施設です。

<放射光施設>
 放射光は、遠赤外線からX線までの幅広い波長領域の高輝度な光であり、物質・材料科学や生命科学等、広範な基礎研究から応用研究に活用できる研究手段です。X線領域では日本初の放射光源加速器として1982年に完成した放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)は、PFリング、アドバンストリング(PF-AR)の2つの放射光専用光源加速器を有する放射光施設であり、最新の技術を取り入れた実験装置の開発等により、物質・生命科学研究に貢献しています。PF-ARは、パルス放射光を利用して物質の状態変化を捉える研究が行われている他、高エネルギーX線を利用して得られる高温高圧条件下での構造解析により、地球科学研究にも貢献しています [10]。また、1997年10月に供用を開始した大型放射光施設SPring-8 は、微細な物質構造や状態解析が可能な世界最高性能の放射光施設であり、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで広範な分野において先端的・革新的な研究開発に貢献しています。さらに、日本初、世界でも米国に次いで2番目に建設され、2012年3月より供用運転を開始したX線自由電子レーザー(XFEL )施設SACLA は、波長がX線領域のレーザーで、非常に高速のパルス光であるため、X線による試料損傷の低減が期待でき、また、物質を原子レベルの大きさで、かつ非常に速く変化する様子をコマ送りのように観察することが可能です。

<RIビームファクトリー>
 「国立研究開発法人 理化学研究所」(以下「理化学研究所」という。)にある「RIビームファクトリー」は、水素からウランまでの全元素の放射性同位元素(RI)を世界最大の強度でビームとして発生させる加速器施設です(図 3 22)。2015年12月には、本施設で合成に成功した原子番号113の元素が新元素であることが国際機関により正式に認定され、理化学研究所を中心とする研究グループが新元素の命名権を獲得、2016年11月に元素名を「ニホニウム(nihonium)」、元素記号を「Nh」とすることが国際純正・応用化学連合(IUPAC )にて正式決定されました。

図 3-22 RIビームファクトリー(RIBF)超伝導リングサイクロトロン

(出典)国立研究開発法人理化学研究所 仁科加速器研究センターウェブサイト「RIビームファクトリーの施設」 32

<大強度陽子加速器施設(J-PARC)>
 2009年に施設の本格運転が始まった大強度陽子加速器施設(J-PARC 33 )は、核破砕反応により生成される多様な2次粒子を用いて、広範な領域の科学技術の研究を行うための施設です(図 3 23)。タンパク質等の構造解析等の物質・生命科学研究、物質の起源を探るための原子核・素粒子物理学研究など、基礎研究分野から産業利用まで幅広い分野での研究・開発が行われています。物質・生命科学、ハドロン、ニュートリノの各実験施設が稼動しており、さらに、加速器を用いて使用済核燃料に含まれるマイナーアクチノイド等を異なる元素に変換するための基礎的な研究を行う核変換実験施設(TEF 34 )の整備も検討されています。

図 3-23 大強度陽子加速器施設(J-PARC)

(出典)文部科学省ウェブサイト「研究施設共用に対する取組」 35

B 医療分野
 医療分野における放射線利用は、X線CTなどによる診断や放射線照射によるがん治療が多くの医療機関で採用されています。放射線機器へのコンピュータ技術の応用によって、患者に対する身体的負担の少ない診療を実現する手段の1つとして身近な存在となっています。例えば、サイバーナイフは、放射線照射装置をロボットアームの先端に取り付けて、ロボットアームの動きをコンピュータ制御することにより、照射位置を変えながら腫瘍位置に放射線を集中照射することで、正常組織への影響を最小限に抑えて治療をすることができます(図 3-24)。

図 3-24 サイバーナイフ

(出典)国立がん研究センター中央病院ウェブサイト 36 (2014年)

 放射性同位元素を含んだ薬剤を投与し、その薬剤の人体内の動態や分布を画像化する技術(シンチグラフィ 37 、SPECT 38 、PET 39 など)も実用化されています。最近では、分子イメージング研究などの進展に伴い、人体組織の機能や形態を高い空間分解能で画像化する放射線診断技術の開発も進んでおり、ごく初期のがん病巣の発見、人体機能異常の解明、新しい治療薬の開発への貢献などにつながることが期待されています。
 放射線によるがん治療は、放射線の細胞殺傷能力を利用するものであり、最近は、加速器で発生する陽子線や重粒子線などの粒子線もがん治療に用いられています(図 3-25)。2016年9月時点で、国内には11か所の陽子線治療施設と5か所の重粒子線治療施設があります。
 放医研では重粒子線がん治療装置(HIMAC 40 )を使用して1994年6月より臨床試験を開始し、2003年10月に厚生労働省から「固形がんに対する重粒子線治療」という名称で高度先進医療(現在、先進医療)を行うことが承認されました。2016年2月までに、頭頸部、肺、肝臓、前立腺、骨・軟部、直腸などの腫瘍を中心に9,700例を超える臨床例を蓄積してきました。放医研を含む各地の治療施設においても、治療の実績が上げられており、2015年3月までに、臨床試験及び先進医療を合わせて約13,000例が報告されています。現在は、放医研が臨床研究で得られた成果を基に先進医療を推進するとともに、他の手法では治療が困難で、重粒子線による治療が確立していないすい臓がんなどの疾患の治療法開発のための臨床研究を進めています。また、重粒子線治療装置の小型化のみならず、副作用の軽減や治療精度の向上を目指し、次世代照射システムの開発も進めています。

図 3-25 粒子線治療の登録患者数(1994年6月〜2015年3月)

(出典)公益財団法人 医用原子力技術研究振興財団「各粒子線施設における治療の登録患者数(年度別)」2017年6月、国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所「放医研における重粒子線治療の登録患者数」のデータに基づき作成

 放射線による診断・治療の普及に伴い、診断・治療時に誤って患者が過剰照射や過小照射を受けるという不適切な取扱い事例が報告されています。そのため、放射線治療に関連する5つの学会及び団体 41 が、2005年9月に「放射線治療における医療事故防止のための安全管理体制の確立に向けての提言」を取りまとめました。また、学会などの関係団体において、医療現場における品質管理に関わる作業などに従事する「放射線治療品質管理士」、高度な放射線治療に従事する「放射線治療専門放射線技師」及び「医学物理士」の認定、並びに各種ガイドラインの作成を始めとする放射線医療の品質管理の向上のための取組が進められています。
 放射線治療患者数の増大が見込まれる中、放射線腫瘍医などの医療従事者が不足しているのが現状です。そうした状況を背景として、「がん対策基本法」(平成18年法律第98号)第15条では、「国及び地方公共団体は、手術、放射線療法、化学療法、緩和ケア(がんその他の特定の疾病に罹患した者に係る身体的若しくは精神的な苦痛又は社会生活上の不安を緩和することによりその療養生活の質の維持向上を図ることを主たる目的とする治療、看護その他の行為をいう。第十七条において同じ。)のうち医療として提供されるものその他のがん医療に携わる専門的な知識及び技能を有する医師その他の医療従事者の育成を図るために必要な施策を講ずるものとする」とされており、放射線医療分野の人材育成が求められています。また、2012年度から2016年度までの5年間を目安として定められた「がん対策推進基本計画」においても、放射線治療に関わる人員の不足を解消する取組を進めるとともに、質の高く安全な放射線治療を提供するために、放射線治療の専門医や、専門看護師・認定看護師、放射線治療専門放射線技師、医学物理士など多職種で構成された放射線治療チームを設置するなどして、診療体制の充実を図ることとしています [11]

C 農業分野
 農業分野では、品種改良や害虫防除、飼料などの殺菌、対象物の振る舞いや分布を追跡するアクチバブルトレーサー 42 、緑化資材の開発などに放射線が利用されています。
1) 品種改良
 植物にγ線などを照射することによって、低タンパク白米のイネや脱粒性をなくした飼料用イネ、黒斑病に強いナシ、斑点落葉病に強いリンゴ、花の色や形が多彩なキクやバラ、病害虫に強く冬でも枯れない芝など、多数の新品種が作り出されてきました。このような放射線の利用により生み出された新品種は、農薬使用量を削減できるため、農業関係者の経済的・身体的負担の軽減や環境の保全に貢献するだけでなく、消費者の多様なニーズに合った商品開発にも貢献しています。
 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構は炭素イオンビームをコシヒカリの種に照射することにより、人体に健康影響を及ぼし得るカドミウムをほとんど含まないイネの突然変異体「コシヒカリ環1号」(図 3-26、図 3-27)を開発しました。「コシヒカリ環1号」を他の水稲品種と交配させることで、低カドミウム品種の普及とカドミウムによる健康影響のリスク低減が期待されます。

図 3-26 高カドミウム土壌で栽培した時の玄米カドミウム濃度

(出典)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(当時独立行政法人農業環境技術研究所、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構)「カドミウムをほとんど含まない水稲品種 「コシヒカリ環1号」」(2014年)

図 3-27 籾と玄米の外観形質

(出典)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(当時独立行政法人農業環境技術研究所、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構)「カドミウムをほとんど含まない水稲品種 「コシヒカリ環1号」」(2014年)

2) 害虫防除
 人工的に飼育した害虫の雄のさなぎに適量の放射線を照射すると、それから羽化した成虫は正常な雌成虫と交尾することはできますが、受精させることができなくなります。このような雄の成虫を自然界の害虫集団に継続的に大量に放飼すると、雌が受精能力のある雄と交尾する機会が少なくなり、受精卵を生む割合が減り、やがて害虫集団の絶滅が期待されます。このような害虫防除方法を不妊虫放飼法といいます。
 この方法により沖縄県と奄美群島に生息するウリミバエを根絶する事業が、1972年から行われています。1993年にこれらの地域からウリミバエが根絶されたことにより、ゴーヤなどウリミバエが寄生する果菜類の移動規制が解除され、県外への出荷ができるようになりました。しかし、沖縄県は常に南方の国々からウリミバエが侵入する危険にさらされているため、現在でも不妊虫放飼法を用いてウリミバエの侵入・定着の防止を図っています。
 そのほか、沖縄県と奄美群島に生息しているサツマイモの重要害虫であるアリモドキゾウムシやイモゾウムシに関しても、久米島、津堅島、喜界島において、不妊虫放飼法を用いた根絶防除が進められています(図 3-28)。

図 3-28 防除法(不妊虫放飼法)

(出典)沖縄県病害虫防除技術センターHP 43

 海外では農作物に影響する害虫に限らず、人の健康に関係する害虫についても放射線を利用した防除法が用いられています。IAEAはジカ熱の感染拡大が認められる中南米諸国などに対して、ジカウイルスを媒介する蚊の不妊虫放飼法に関する技術を提供する取組を実施しています [12]

D 食品照射
 食品や農畜産物にγ線や電子線などを照射することによって、発芽防止や熟度遅延、殺菌、殺虫などの効果が得られ、食品の保存期間を延長することが可能です(表 3-4)。

表 3-4 食品照射の応用区分、対象品目、線量

(出典)原子力委員会「食品への放射線照射について」(2006年)

 このような食品照射は、農作物の損耗防止、香辛料、鶏肉、魚介類などに付着している食中毒菌の殺菌などにおいて、既に世界の多くの国々や地域で法的に許可されています。我が国では、食品の製造工程又は加工工程の管理を目的とし、かつ食品の吸収線量が0.10グレイ以下の場合、又は、ジャガイモに発芽防止の目的で照射する場合に限り、食品への照射が認められており、1974年から北海道士幌町でジャガイモの発芽防止のための照射が行われています。近年では、重篤な疾患を併発する食中毒を起こす可能性があるとして2012年7月から生食用の提供が禁止された牛肝臓について、厚生労働省が放射線照射による殺菌の研究進めています [13]

E 工業分野
 2015年度の我が国における放射線利用の経済規模は約4兆3,700億円と評価されています(図 3-29)。放射線利用のうち工業分野は約2兆2,200億円と、他の放射線利用分野と比較して、最も大きな経済規模であると評価されています [14]。工業分野では材料の検査や生活に身近な製品の材料加工などに放射線が利用されています。

図 3-29 2015年度の我が国における放射線利用の経済規模

(出典)第29回原子力委員会 資料第1-1号 内閣府「放射線利用の経済規模調査」(2017年)

 放射線は、部材や製品の厚さ、密度、水分含有量などの精密な測定や非破壊検査などにおいて利用されています。私たちの生活に関係する材料検査の例としては、鉄道のレールや自動車部品の検査が挙げられます。このような検査や測定に用いられる装置は、2015年3月末時点で、厚さ計が380事業所に2,522台、レベル計が141事業所に1,825台、非破壊検査装置が106事業所に956台設置されています [15]
 また放射線は、強度、耐熱性、耐磨耗性の向上など、材料の改質にも用いられています。半導体素子の加工プロセスは、露光やエッチング、不純物添加、成膜などの要素技術で構成されていますが、各プロセスで電子線、X線、イオンビームなどの電磁波や粒子線が利用されています。さらに、自動車タイヤ、テレビに使われる耐熱電線・ケーブル、熱収縮チューブ・フィルム、発泡プラスチックなどの製造にも電子線を用いた放射線加工技術が利用されています。最近の成果としては、放射線橋かけ 44 によるハイドロゲル創傷被覆材や燃料電池用電解質膜の製品化が挙げられます。
 この他にも放射線は、化学殺菌のような残留有害物がないことや包装したままでの滅菌ができることなどから、注射針、注射筒、縫合糸など100種類以上の医療用具の減菌にも活用されています。

F 環境保全分野
 排煙、排水の処理など環境保全のためにも、放射線が利用されています。酸性雨の原因になる排煙中の窒素酸化物や硫黄酸化物や有害な有機化合物などを、電子線を排煙に照射することにより分解・除去する処理技術の活用が進められています。


(3)放射線利用に関する最近の動向

@ 放射線利用に係る人材育成
 放射線は私たちの生活や社会に便益をもたらすことができますが、取扱いを誤れば、環境を汚染したり、人体に悪い影響を与えたりする可能性があります。そのため放射線を取扱う人が適切な知識と理解をもって、安全に作業や管理を行う必要があります。しかし近年では、予算の減少や施設の老朽化などのために、放射線を利用するための教育や訓練を行う機会が減少しています(図 3-30)。また、人材不足から、技術や知識が継承されないことで、今後の安全管理に支障を来す状況が生じる可能性もあります。

図 3-30 大学などにおける放射線管理の懸案事項

(出典) 第18回原子力委員会 資料第1号 原子力規制委員会「放射線利用の安全確保における課題について」(2016年)


  1. 1957年に発足した「放射線医学総合研究所」は、2016年4月に「国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 放射線医学総合研究所」に再編されました。
  2. 陽電子は、電子の反粒子であり、質量などの粒子の特徴は電子とほぼ同等であるが、電荷は電子と反対という特徴を持っています。
  3. ラジオグラフィーは、非破壊検査の一種で、X線や中性子といった放射線を用いる透過検査方法です。放射線の物質を透過する性質を利用して、対象を破壊せずに内部の検査を行うことができます。
  4. トレーサーは、観察対象とする動植物等に放射性同位元素で標識した化合物を投与し、その放射性同位元素から放出される放射線を測定器で追跡することで、その観察対象内における化合物の挙動を調べる方法です。これに用いられる放射性同位元素をトレーサー(追跡子)と言います。
  5. マルチトレーサーは、トレーサーの一種です。加速器を利用すると、同時に複数の放射性同位元素を生成し、トレーサーとして利用することができ、これをマルチトレーサーと言います。マルチトレーサーを用いれば、多数の元素の挙動を同じ条件の下で同時に追跡することができます。
  6. http://www.nishina.riken.jp/facility/SRC.html
  7. Japan Proton Accelerator Research Complex
  8. 核変換実験施設(Transmutation Experimental Facility)は、加速器駆動システム(ADS:Accelerator-driven System)に関する技術の確立を目指す「ADSターゲット試験施設(TEF-T)」と、小型の原子炉を用いて核変換技術の成立性に係る物理的特性やADSの運転・制御に関する研究・開発を行う「核変換物理実験施設(TEF-P)」の2つの施設で構成されています。
  9. http://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/shisetsu/index.htm
  10. http://www.ncc.go.jp/jp/ncch/clinic/radiation_oncology_p01.html
  11. シンチグラフィ(核医学検査)は、人体にほとんど無害な少量の放射性同位元素で標識した薬剤を血液中に注入することにより、それが組織に集積された様子を放出されるγ線を検出することにより可視化し、がん組織を発見する診断法です。
  12. SPECT(シングルフォトエミッションCT 、Single Photon Emission Computed Tomography)は、体内に投与された放射性同位元素で標識された薬剤から発生するγ線を体軸の周囲から計測し、コンピュータを用いて体内放射能分布像を構成する方法です。
  13. PET(Positron Emission Tomography、陽電子放射断層撮影法)は、陽電子を出す放射性同位元素を含む薬剤を体内に投与して、陽電子の消滅から生じる2本のγ線を人体周囲に並べた検出器で同時に計測することで、放射線源の体内集積度を3次元的に再構成します。
  14. Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba
  15. 日本放射線腫瘍学会、日本医学放射線学会、日本医学物理学会、日本放射線技術学会、日本放射線技師会の5つの団体です。
  16. アクチバブルトレーサーは、安定な元素をトレーサー(追跡子)として農作物や農作物の育つ環境中などの化合物の挙動を調べる方法です。トレーサーは試料採取後に放射化を行うことで、定量分析されます。非放射性同位元素を用いるため、放射能による環境汚染を生じません。
  17. http://www.pref.okinawa.jp/mibae/imo/imo01.html
  18. プラスチックやゴムに代表される高分子材料に放射線を照射することにより、材料中の分子鎖にラジカルが発生します。ラジカルは反応性に富むため、高分子鎖同士は強く結びつき、高分子材料の強度を高めるなど物性が改善されることがあります。このような技術を放射線橋かけあるいは放射線架橋と呼びます。

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