第2章 国内外の原子力開発利用の状況
10.原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化

(3) 放射線利用の現状と研究開発

 放射線利用は、原子力発電と並ぶ原子力開発利用の重要な柱として位置づけられており、基礎研究、工業、農業、医療、環境保全などの幅広い分野への応用を通じて国民生活の向上に大きく貢献しています。また、開発途上国などに対する技術協力テーマとしても重要性が高まっています。

①放射線利用に関する研究開発
 加速器はもともと原子力研究に不可欠な実験装置であったが、加速器により生成される種々の放射線は、物質の特性観測や加工に利用できることから、原子核研究だけでなく様々な分野での新たな放射線利用技術の開発などに利用されている。

表2-10-7 様々な放射線

○放射光
○イオンビーム
○RIビーム
○陽電子ビーム
○陽子ビーム、中性子ビーム

 これらの技術は、原子力のみならず科学技術全般、ひいては社会環境に対して革新的波及効果を及ぼすものとして大きな期待が寄せられており、従来の成果を基に、イオンビーム及び放射光に関する研究など新しい研究分野のための加速器の開発が進められている。

(ア)放射性同位元素の利用に関する研究開発
 医療分野においては、陽電子放出核種を利用するインビボ検査(脳、心肺などの機能診断)について、PET* 装置による代謝、血流分布などの生理的データの定量的画像情報化による診断技術、短寿命放射性同位元素標識化合物の製造技術などの研究開発が進められている。また、がん関連抗原を認識するモノクローナル抗体を放射性同位元素で標識する免疫核医学的手法を用いたがんの診断・治療技術の研究も進められている。


*PET:Positoron Emission Computed Tomography
体内の特定の部位に集まる物質を陽電子放出核で標識し、これを体内に注射し、集積する場所を検査し、代謝機能を調べる方法によって、脳、心臓等の機能の画像診断を可能にする装置。

(イ)加速器を用いたビーム発生・利用技術に関する研究開発
 放射線をビームとして発生させ、利用する技術に関しては、その手段としては主に加速器が用いられている。加速器は原子核研究のみならず広範な分野で利用されてきており、その技術的進展により、今後新たな展開をもたらすものと期待されている。1996年6月、原子力委員会放射線利用推進専門部会において「加速器利用研究の推進について」の報告がなされ、産学官において、これに沿った各種加速器の整備・利用の促進が図られることが期待されている。

表2-10-8 報告書「加速器利用研究の推進について」の概要

○加速器を利用した放射線利用研究の現状と将来展望
素粒子・原子核物理研究、物質科学および材料開発への応用、生物・生命科学への応用、医療への応用、エネルギー開発への応用、産業界等への波及の観点から検討

○整備すべき加速器とその進め方
放射線利用研究に供される加速器を、比較的大規模で我が国の総力を1ヶ所に結集することにより実現可能となる集中整備型加速器施設と、広く普及させるための分散整備型加速器とに分けて検討

○加速器利用研究の推進方策
できるだけ多くの利用者による共同利用が図られるような体制を整備し、加速器利用研究を推進していくための方策について検討

図2-10-9 大型放射光施設(SPring-8)

(a)放射光の発生・利用技術
 高輝度で広範な波長の放射光は、材料分野、ライフサイエンス分野などの広範な基礎研究分野のための有力な研究手段であるとともに、原子力分野におけるこれまでの技術蓄積を活用し得るものであることから、1997年10月に大型放射光施設(SPring-8)の供用が開始されるとともに、その整備が引き続き実施されている。さらに、SPring-8の効果的な利用研究及び高度化に向けた研究開発が進められている。

(b)イオンビームの発生・利用技術
 重イオン加速器を単独あるいは複数組み合わせて発生させるイオンビームの利用研究については、高度な材料開発、がん治療法の研究開発、原子核物理などの基礎的研究が、日本原子力研究所、放射線医学総合研究所及び理化学研究所でそれぞれ進められている。
1)重粒子線がん治療装置(HIMAC*
 放射線医学総合研究所では、重粒子線によるがん治療法の研究開発を進めている。重粒子線は、従来の放射線療法では治療が困難であったがんに対する治療効果が高く、かつ重粒子線のエネルギー分布をがん患部に合わせて調整することにより患部周辺の正常細胞の障害を最小限に抑えられるなど優れた性質を有している。1987年度より世界に先駆けて医療専用の重粒子線がん治療装置(HIMAC)の建設を進め、1994年に完成に至った。


*HIMAC:Heavy Ion Medical Accelerater in Chiba

図2-10-10 重粒子線がん治療装置(HIMAC)

 さらに、1994年6月より、患者への照射が開始され、対象部位として、頭けい部、肺、中枢神経、肝臓、子宮、前立腺、骨・軟部を中心に、臨床試行が進められている。このうち1997年8月までに照射を終了し、照射終了後6ヶ月以上経過した301例についての照射結果について、1998年3月に開催された外部専門家等で構成された重粒子線治療ネットワーク会議において、腫瘍サイズが元の半分以下に縮小した割合が約6割であったなど、概ね良好な経過をたどっている旨評価された。
今後は、同治療法の早期確立を目指し、さらに患者数や対象部位を拡大していく予定である。
 さらに、1997年3月より病床数約100床の新病院の運用が開始され、同治療を受ける患者にとって快適性の高い環境が整備された。また、重粒子線がん治療の情報化と高度化のための重粒子線治療推進棟の運用を1997年より開始した。

図2-10-11 副鼻腔がん患者の腫瘍の変化

2)理研BNL研究センター
 理化学研究所では、スピン物理研究を推進するために、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)に建設されている世界唯一の重イオン衝突型加速器(RHIC)に理化学研究所が開発した実験・研究施設を設置して共同研究を実施すべく、1995年より建設を進めている。さらに、スピン物理研究の効果的・効率的な推進のために、1999年の実験開始に先立ち、1997年10月にBNL内に「理研BNL研究センター」を設置し、理論物理研究を開始することとしている。

図2-10-12 重イオン衝突型加速器(RHIC*


*RHIC:Relativistic Heavy Ion Collider

(c)RIビームの発生・利用技術
 RIビームについては、加速器の高エネルギー化及び大強度化により利用できる加速粒子の種類が飛躍的に拡大し、これまで実現できなかった核反応や新核種・元素の合成はもちろん、物質及び材料、生物、基礎医学など幅広い研究分野への利用が期待される。我が国では理化学研究所を中心として世界最先端の研究が進められており、例えば中性子ハロー、中性子スキンの存在がRIビームを利用した研究により発見された。また宇宙における元素合成の解明が進められている。
 また、理化学研究所は、現有の重イオン加速器を入射器としてすべての核種についてのRIを世界最大強度、最高エネルギーでビーム化する次世代加速器施設「RIビームファクトリー」を建設することとしている。

(d)陽電子ビームの発生・利用技術
 陽電子ビームについては、他の手段では困難な物質の最表面での構造や状態の解析、また、陽電子の対消滅を利用した生体物質などの微細構造制御が期待でき、高強度・高品質のビーム発生をめざした研究が進められている。

(e)陽子ビーム、中性子ビーム等の発生・利用技術
 陽子ビームについては、広範なエネルギーの大強度中性子の生成が可能であり、それを利用した新しい物性、材料、核物理研究が期待されている。また、高エネルギー陽子の核破砕反応を利用する放射性廃棄物の消滅処理技術、陽子加速器と核分裂炉を組み合わせた加速器に関する技術など、燃料サイクルの将来技術の開発において、その可能性が期待されることから、大強度陽子加速器の整備を目指した研究開発や、がん治療など陽子加速器を利用する技術に関する研究が進められている。

図2-10-13 試作イメージングプレートが捕らえた世界で初めての中性子回折像

 また理化学研究所は、英国ラザフォードアップルトン研究所の大強度陽子加速器に付設したミュオンビーム発生施設を用いてミュオン触媒核融合の研究、ミュオンによる物質解析法の研究等を進めている。

(ウ)研究用原子炉を用いた中性子線利用研究開発
 研究用原子炉については、原子炉設計そのものに係る研究開発のほか、中性子源としての照射利用、中性子ビームを利用した研究開発等の広範な分野での利用が進められている。この利用により、軽水炉の高度化、高速増殖炉及び核融合炉開発等のための燃料及び材料の照射研究、微量物質の放射化分析、熱中性子等を利用した医療のための照射技術の開発、放射性同位元素の製造等が進められている。
 また、高分子化学、ライフサイエンス、材料科学等の一層広範な研究開発分野においては、高性能の熱中性子及び冷中性子ビーム等の回折及び散乱現象等の利用が進められているほか、中性子ラジオグラフィについてもこれまで主に用いられてきた熱中性子に加え、高速中性子、冷中性子を用いた研究が進められている。

②放射性同位元素及び放射線発生装置の利用状況

 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(放射線障害防止法)に基づく放射性同位元素(RI)または放射線発生装置の使用事業所は、1997年3月末現在、5,028事業所に達している。これを機関別に見ると、民間企業1,865、研究機関852、医療機関788、教育機関452、そのほかの機関1,071である。
 体内診断用(インビボ)放射性医薬品の供給量については、テクネチウム99mが大部分を占めるとともに、大きく増加している。また、非密封アイソトープの供給量としては、水素3(トリチウム)が最も多く、主に研究機関に供給されている。体外診断用(インビトロ)放射性薬品については、供給量が減少している。
 また、密封放射性同位元素の使用事業所数は4,300である。コバルト60はレベル計に、ニッケル63はガスクロマトグラフ装置に、クリプトン85は厚さ計に、ストロンチウム90はたばこ量目制御装置に、セシウム137はレベル計、密度計等に、イリジウム192は非破壊検査装置に、アメリシウム241は厚さ計、密度計などに主に使用されている。医療機関においては、コバルト60、ラジウム226などが密封小線源として利用されているほか、コバルト60及びセシウム137が遠隔照射治療装 置の線源として、また、コバルト60などが放射線滅菌用の大線源として利用されている。

図2-10-14 使用事業所数の推移

 放射線障害防止法に定める放射線発生装置は、1997年3月末現在、1,052台に達している。放射線発生装置の64.0%は医療機関に設置され、がん治療などに利用されている。また、35.4%が教育機関、研究機関、民間企業などに設置され、様々な研究開発に利用されている。
 なお、放射線障害防止法の規制対象とならない低エネルギー電子加速器、イオン注入装置等も民間企業などに多数設置され、幅広く利用されている。

表2-10-9体内診断用(インビボ)放射性医薬品供給量の推移

表2-10-10 主な非密封放射性同位元素販売数量の推移
(単位:MBq)

表2-10-11 発生装置の利用台数(1997年3月末現在)

③放射線利用技術の実用化等の状況
(ア)医療分野
 放射線は、医療分野において、診断、治療などに広く利用されている。
 診断の面では、放射線が生体を透過する性質が利用され、広く普及している胸・胃・骨のX線撮影を始めとし、X線コンピュータ断層撮影(X線CT)、ポジトロンCTなどにも利用されている。
 治療の面では、X線、γ線などの照射によるがん治療が実用化されており、現在、粒子線を利用したがんの治療に関する研究も進められている。また、輸血時の副作用防止のため血液照射が行われている。さらに、移植骨の放射線滅菌も実用化され始めている。

         

図2-10-15 PET装置と3D表示CT

(イ)農業分野
 農業分野では、品種改良、害虫防除、食品照射などの分野において放射線が利用されている。
 植物の品種改良では、γ線などを照射することによって100種に及ぶ新品種が作り出されている。その中には台風でも倒れにくいイネ、黒班病に強いナシ(ゴールド20世紀)、冬でも枯れない高麗芝などがある。ゴールド20世紀は、農薬散布を大幅に減らせるため、健康面でも経済面でも大きな効果を生み出している。また、冬に枯れないが病害虫に弱い西洋芝に比べ、高麗芝は病害虫には強いが冬に枯れてしまうという欠点をもっていたが、γ線照射により、その欠点は改良された。このように農薬使用量の少ない植物は、環境保全などに役立っている。

表2-10-12 放射線利用技術が役立っている主な分野と代表的な利用例

・医療分野  ・・・X線診断、放射線によるがん治療
・農業分野   ・・・品種改良、害虫の不妊化、食品照射
・工業分野  ・・・非破壊検査、医療用具の滅菌
・環境保全分野 ・・・排ガスの排煙・脱硫、汚泥処理
・基礎研究分野 ・・・DNA解析における放射性同位元素利用

 

図2-10-16 ナシの品種改良

 害虫防除では、γ線を照射して不妊化した雄を野外に放って野生の雌と交尾させると、生まれた卵が孵化しないという性質を利用した不妊虫放飼法*がある。この方法によって沖縄県と奄美群島に生息する


*不妊虫放飼法:
人工的に飼育した害虫の雄のさなぎに適量の放射線を照射すると、それから羽化した成虫は正常な雌成虫と交尾することはできるが、受精させることはできなくなる。このような雄の成虫を自然界の害虫集団に継続的に多量に放飼すると、雌が受精能力のある雄と交尾する機械が少なくなり、受精卵を生む割合が減っていくので、ついに害虫集団は絶滅する。これを不妊虫放飼法という。応用対象としては、ウリミバエのほか、IAEAがタンザニアでけいかくしているツエツエバエがある。

図2-10-17 ウリミバエの不妊化

図2-10-18 ジャガイモへの照射

 ウリミバエを根絶する事業が長年にわたって行われてきたが、1993年10月にこれらの地域からの根絶が達成された。その結果、ウリミバエが寄生する果菜類の移動規制が解除され、本土への出荷ができるようになった。
 食品への放射線照射については、食品や農産物にγ線や電子線などの電離放射線を照射することによって、発芽防止、熟度遅延、殺菌、殺虫などの効果が得られ、食品の保存期間が延長される。特に収穫後の腐敗、害虫などによる食品の損耗が大きい開発途上国にとって食品照射は重要な役割を果たし得ることから、1993年IAEA総会において「開発途上国における食品照射の実用化促進」決議案が採択され、世界では1995年10月現在、41ヶ国(地域)で農作物の損耗防止や食品衛生等のため食品照射が法的に許可されている。また、香辛料の放射線滅菌や鶏肉、魚介類など食中毒菌の放射線滅菌が欧米諸国で実用化されている。一方、オゾン層破壊原因物質の臭化メチル代替法としても食品照射技術が有望視されている。

表2-10-13 食品照射許可国と品目

 我が国では、1974年から北海道士幌町でジャガイモの発芽防止のための照射が行われている。
 なお、1996年に全国的な食中毒の発生を引き起こした病原性大腸菌O-157に対して、放射線で効率的に殺菌できることが、日本原子力研究所において確認されている。

(ウ)工業分野
放射線の透過性を利用して、製紙業界などにおける厚さ、密度、水分含有量の精密な測定や鉄鋼、航空機業界などにおける非破壊検査に広く使用されている。1996年3月現在、厚さ計が433事業所で2,671台、レベル計が191事業所で1,337台、非破壊検査装置が157事業所で990台である。

図2-10-19 非破壊検査装置

  一方、放射線との相互作用を利用して、材料に放射線を照射し、強度、耐熱性、耐摩耗性の向上などを図る材料の改質が行われている。 また、放射線による医療用具の滅菌は、化学殺菌のように残留有害物がないことなどから、注射針、注射筒、縫合糸など100種以上のものに実施されている。

(エ)環境保全分野
 排煙、廃水、汚泥の処理など環境保全のためにも放射線が利用されている。酸性雨の原因になる排煙中の窒素酸化物やイオウ酸化物などは、電子線で排煙を照射することで除去できる。そのとき排煙にアンモニアを加えておくと、硝安や硫安などの肥料に変えることができる。

図2-10-20 排煙処理法のフローシートと処理プラント

 日本原子力研究所が、1993年度までの3年間、中部電力(株)新名古屋火力発電所構内で実施した石炭燃焼排煙処理のパイロット試験で、従来法に比べて設備コストや運転コスト及び敷地面積の少なさにおいて優れていることがわかっている。この排煙処理技術は国内を始め、東欧や中国などにおいて応用が進められている。

(オ)基礎研究分野
 ライフサイエンス分野では、DNA塩基配列の決定、蛋白質などの構造解明や合成、物質代謝、免疫応答など高度な分析が必要な研究において放射性同位元素(RI)が利用されている。その他、植物に対する施肥効果、家畜の代謝の研究などにも利用されている。また、サケやマスの回遊状況を調べたり、植物の微量元素の吸収を調べるのには、放射化分析が利用されている。今後は、植物体内への複数元素の移行や分布の同時計測にマルチトレーサー*を活用することが期待される。
 一方、試料に含まれるRIの崩壊状況を測定することにより、その年代を知ることができるため、考古学の分野でも利用されている。


*マルチトレーサー:
物質の中にRIを混合し、その放射線を測定器で追跡して、その物質の動向を調べることをトレーサー法と言い、これに用いられるRIをトレーサー(追跡子)という。加速器を利用すると同時に 複数のRIを生成し、溶液の中に取り出すことができる。これをマルチトレーサーという。マルチトレーサーを用いれば多数の元素の挙動を同じ条件の下で同時に追跡することができる。

目次へ            第2章 第10節(4)へ