第2章 国内外の原子力開発利用の状況
10.原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化

(1) 基礎研究・基盤技術開発

①基礎研究の動向

 原子力技術はなお多くの可能性を秘めており、原理・現象の解明のための基礎に立ち返った研究は、現在の技術の改良をもたらすだけでなく、未知の新技術を生み出し、現在の原子力技術を大きく変えていくものと期待されることから、基礎研究の充実に努めています。

 原子力を支える基礎研究は、物理・化学分野、医学・ライフサイエンス分野、環境科学分野、燃料・材料その他の工学的分野など広範にわたり、日本原子力研究所、理化学研究所、大学及び国立試験研究機関などにおいて推進されている。

(ア)日本原子力研究所における基礎研究
 日本原子力研究所においては、先端的基礎研究センターにおいて研究者個人の独創的なアイデアを活かす黎明的基礎研究制度を1996年に新たに発足するなど、放射線場科学、重元素科学及び基礎原子科学の3領域における先端基礎研究をさらに充実させるとともに、大学などの研究との連携強化を図りつつ、X線レーザー開発を始めとする光量子科学や中性子科学、イオン・ポジトロン科学など、原子力の新たな可能性を切り拓くための基礎研究に積極的に取り組んでいる。
 特に、光量子科学研究に関しては1995年に拠点となる関西研究所を設置するなど研究体制の強化が図られている。
 このような基礎研究の推進に当たり、1996年に発足した博士研究員流動化促進制度により外部の若手研究者を有効に活用するなど、柔軟かつ競争的な研究環境の整備に努めている。


図2-10-1 改造により性能が向上したJRR-3Mの建屋(左)と炉室(右)

 

図2-10-2 日本原子力研究所、放射線医学総合研究所及び
理化学研究所の主な基礎的部門の研究施設の建設状況

 

表2-10-1 日本原子力研究所における主な基礎研究のテーマ (1997年度)

分野 研  究  テ  ー  マ
中性子科学



・中性子散乱による物性研究
 (超伝導体の磁気構造研究、生体物質、高分子の構造解明等)
 [中性子科学研究用高エネルギー陽子加速器を設計中]
光量子・放射光
科学



・光量子光源に関する研究
 (極短パルス超高ピーク出力レーザー、X線レーザーの開発研究)
・光量子基盤技術に関する研究
 (多層膜X線ミラー、レーザー結晶等の工学材料の開発)
・レーザー加速に関する研究
 (レーザー照射により媒質中に発生する高強度電場による電子加速の研究)
・放射光利用研究
 (放射光を利用した極限物性、構造物性、重元素科学の研究)
イオンビーム科





・耐放射線性極限材料の研究
 (宇宙環境材料の研究、核融合炉材料の研究)
・バイオ技術の研究
 (環境耐性遺伝子資源の研究、細胞加工技術の開発)
・新機能材料の研究
 (新物質創製・改質及び機能発現機構の研究、新分析技術の開発)
・新放射性同位元素の研究
高度計算科学


・並列計算共通基盤技術の開発
 (並列処理システム、並列計算手法の開発)
・原子力分野における複雑現象の解明
 (数値トカマク研究、光量子-物質相互作用シミュレーション、
 ミクロ粒子手法によるメソ・マクロ現象の大規模数値シミュレーション)
先端基礎研究


・放射場科学
 (超低温中性子散乱研究、イオンビームによる遺伝子研究な
   ど9テーマ)
・重元素科学
 (重イオンによる未知重核の探索、アクチノイドの溶液化学
 など4テーマ)
・基礎原子科学
 (原子トンネル反応の研究など3テーマ)

 

表2-10-2 日本原子力研究所の研究用原子炉の利用状況(1997年)

研究炉名用  途主な研究等使用者
JPDR
(動力試験炉)
  1996年3月に解体終了


JRR-2



・ビーム実験
・RIの生産
・医療照射
・中性子散乱による物性
研究

1996年12月に運転終了
 
JRR-3M




・ビーム実験
・照射試験
・放射化分析
・RIの生産

・中性子散乱による物性
研究
・燃料・材料の照射研究
・中性子ラジオグラフィ
による研究
日本原子力研究所、
大学、国立試験研究
機関、民間会社、そ
の他
JRR-4




・医療照射
・放射化分析
・照射試験
・教育訓練
・RIの生産
改造中
・生物医療照射研究
・基礎研究
・燃料・材料の照射研究

  同  上
JMTR
(材料試験炉)







・照射試験
・RIの生産






・軽水炉燃料の出力急上
昇試験
・原子炉圧力容器鋼の照
射研究
・高温ガス炉用燃料・材
料の照射研究
・核融合実験炉用ブラン
ケットの開発
  同  上
NSRR
(原子炉安全性
研究炉)
・原子炉の工
学的安全性
研究
・軽水炉高燃焼度燃料及
びATR照射済燃料の
照射研究
日本原子力研究所

HTTR
(高温工学試験
研究炉)
・高温工学試
験研究



1998年夏臨界予定
・高温ガス炉技術の基盤
の確立と高度化を図る
ための研究
・高温工学に関する先端
的研究
日本原子力研究所、
大学、国立試験研究
機関、民間会社(予
定)


(イ)理化学研究所における基礎研究
 理化学研究所においては、原子力関係の基礎研究として重イオン科学分野の研究を総合的に実施している。
 特に、主加速器として世界最高レベルの加速器能を持つリングサイクロトロンは、従来の加速器では困難であった原子核反応機構の解明、RI*(放射性同位元素)ビームを用いた不安定核の研究、新しい超重元素の生成などの研究を始め、物理、化学、生物、工学、医学などの幅広い分野の研究に有効に利用されている。
 1996年には中性子過剰である放射性同位元素5種(ネオン31、マグネシウム37、マグネシウム38、アルミニウム40、アルミニウム41)を世界に先駆けて発見した。さらにRIビームを用いることにより、ヘリウムの同位体の中でもっとも重いヘリウム10を発見した。1997年には、放射線同位元素であるラドン195を発見した。


*RI:Radioisotope

表2-10-3 理化学研究所における主な基礎研究のテーマ(1997年度)

分 野研 究 テ ー マ
重イオン科学
・超重元素及び新不安定同位元素の研究
・高温・高密度原子核の研究
・中間子・ミュオン粒子、中性子の発生とその応用研究
・不安定核ビームを用いた核科学の研究
・高エネルギー高電離重イオンによる原子物理の研究
・重イオンによる生物効果研究


図2-10-3 リングサイクロトロン

(ウ)放射線医学総合研究所における基礎研究
 放射線医学総合研究所の基礎研究は、環境科学部門、生物医学部門及び臨床医学部門に分けられる。
 環境科学部門では、環境中に放出された放射性物質の被ばく線量評価の体系化を行うとともに、環境放射線による国民線量を算定しリスク評価を行う安全解析などの調査研究を行っている。また、生物医学部門においては、放射線による急性障害及び晩発障害についての研究や、放射線の影響に関するゲノム解析、宇宙環境における放射線影響といった医学生物学的研究を推進している。さらに、臨床医学部門においては、放射線を利用したがん治療・診断研究や急性障害治療の基礎研究などを進めている。

表2-10-4 放射線医学総合研究所における基礎研究のテーマ
(1997年度)
部門分 野研 究 テ ー マ
環学
境部
科門

 
・環境中の放射性物質の分布と挙動に関する研究
・自然放射線の分布に関する研究
・環境放射線による被ばく線量の推定やリスク評
 価に関する研究







・放射線による
 晩発性の身体的影響に関する研究
 遺伝的影響に関する研究
 発生障害に関する研究
 内部被ばくによる障害評価に関する研究








放射線診断

・サイクロトロンによる短寿命RIの生産とその
 標識薬剤の開発研究
・ポジトロンコンピューター断層診断装置(PET)
 の開発とその臨床応用
放射線治療

・重粒子線、陽子線等によるがん治療研究

放射線障害
の診断治療
・各種線源からの被ばく者に関する臨床的研究

表2-10-5 国立試験研究機関における主な原子力研究のテーマ
(1997年度)
分野主 な 研 究 テ ー マ省 庁 名機  関  名



・速中性子による固体中軽元素の動的挙動の
 測定技術に関する研究
・核融合用エキシマレーザードライバーに関
 する研究
通商産業省

通商産業省

名古屋工業技術研究所

電子技術総合研究所











・環境化学物質に対するバイオエフェクトセ
 ンサーの開発
・抗酸化性栄養因子による放射線障害予防、
 及び修飾の解析
・放射線同位元素を用いたらい菌及び遅発育
 性抗酸菌メッセンジャーRNA定量法の開
 発研究
・脳腫瘍に対する熱中性子捕捉療法-治療適
 応と成績向上に対する研究-
・冷中性子を用いた即発γ線分析による海洋
 試料中の珪素の放射化分析に関する研究
・天然幼若ホルモンの放射標識法の開発
・特異的トリプルラベル化合物を用いた野菜
 の生育・成熟関連物質の動態解析
環 境 庁

厚 生 省

   〃


   〃

農林水産省

   〃
   〃

国立環境研究所

国立健康・栄養研究所

国立感染症研究所


国立療養所香川小児病院

遠洋水産研究所

蚕糸・昆虫農業技術研究所
野菜・茶業試験場













・クリープ損傷評価に基づく高速炉の接合部
 材の余寿命予測に関する研究
・機器配管系の経年変化に伴う耐震安全裕度
 評価手法の研究
・海域活断層の3次元調査:デモンストレー
 ション・サーベイ
・高レベル放射性廃棄物の地層処分用合成緩
 衝剤の製造技術に関する研究
・炉心材料の超高温熱物性計測技術に関する
 研究
・システム信頼性解析手法GO-FLOWの
 応用に関する研究
・工学的評価に基づく原子炉建屋設計用3次
 元地震動の策定
科学技術庁

   〃

通商産業省

   〃

   〃

運 輸 省

建 設 省

金属材料技術研究所

防災科学技術研究所

地質調査所

東北工業技術研究所

計量研究所

船舶技術研究所

建築研究所







・同位体制御材料の機能と応用に関する研究
・ミスマッチ修復のゲノム不安定性と放射線
 線発癌における役割
・微生物の利用による環境保全のためのリグ
 ニン分解除去法の研究
・新量子放射源の高度化と利用に関する研究
科学技術庁
厚 生 省

農林水産省

通商産業省
金属材料技術研究所
国立がんセンター

森林総合研究所

電子技術総合研究所

(エ)国立試験研究機関等における原子力試験研究
 各省庁所管の国立試験研究機関において、核融合、放射線利用、安全研究などの分野について原子力試験研究が行われており、その成果は、原子力分野の研究開発水準の向上とともに、各省庁の行政施策に反映されている。1997年度は9省庁55機関において128課題の研究が 行われている。

②基盤技術開発

 原子力技術に対するニーズの一層の多様化や高度化に弾力的に対応するとともに、技術シーズの探索、体系的な研究開発の積み重ねなどにより、将来の新しい原子力技術体系を意識的に構築していくことが必要であることから、既存の原子力技術にブレークスルーを引き起こし、基礎研究とプロジェクト研究とを結びつける基盤技術開発を推進しています。

 1993年4月に原子力委員会基盤技術推進専門部会が取りまとめた基盤技術開発の新たな推進方策及び原子力開発利用長期計画に基づき、

・放射線生物影響分野
・ビーム利用分野
  原子力用レーザー技術
  放射線ビーム利用先端計測・分析技術
・原子力用材料技術分野
・ソフト系科学技術分野
  原子力用人工知能技術
  原子力分野における人間の知的活動支援技術
・計算科学技術分野

の5技術分野7領域が、当面推進を図るべき基盤技術開発の対象とされている。
 我が国においては、日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団、理化学研究所及び国立試験研究機関を中心に、原子力基盤技術の研究開発が行われており、1997年度現在、19研究機関において95課題の研究開発が実施されている。そのうち47課題は、「原子力基盤技術総合的研究」(原子力基盤クロスオーバー研究)として各研究機関が連携をとって効率的・効果的に取り組んでいる。

(ア)放射線生物影響分野
 放射線の人体への影響を評価する放射線リスク評価については、従来の疫学的研究による知見に加えて、最新のライフサイエンス分野の研究成果を積極的に取り入れることにより、放射線リスク評価に係る新しい技術を創出することが期待されている。

(イ)ビーム利用分野
(a)放射線ビーム利用先端計測・分析技術
 放射光、陽電子等の加速器から発生する優れた特性を有するビームは、極微小領域の原子構造及び電子構造に関する計測、超短時間で起こる物理現象または化学反応などの動的過程の解明、あるいは生体物質の構造及び生体機能の解明手段として様々な分野から期待を集めている。

図2-10-4 波長可変の大出力レーザー光を可能とする自由電子レーザー用超電導加速器

(b)原子力用レーザー
 原子力用レーザーは、①原子・分子を特定のエネルギー準位に励起できる、②良好な指向性を利用した遠隔操作ができる、③大きなエネルギーを1か所に集中できるなど、優れた特性を有するため、高密度エネルギー源、効率的・経済的な同位体分離などへの応用が期待されている。

(ウ)原子力用材料技術分野
 材料技術は、21世紀の新しい原子力技術の発展の鍵となる基幹的技術要素であり、また他の分野の波及効果も大きいものと期待されることから、横断的かつ中長期的視点に立った取り組みが求められている。

(エ)ソフト系科学技術分野
(a)原子力用人工知能技術
 人間が近寄ることのできない放射線場においても複雑な判断・動作能力を発揮できる点検・補修用ロボット、マン・マシン・インタフェースに優れた運転監視システムなど、運転・保守等の人間の作業を支援するシステムを備えたプラント、さらには、自己判断・制御を行う自律型プラントを可能にする技術体系の確立が期待されている。

(b)原子力分野における人間の知的活動支援
 原子力施設の運転・保守には、複数の人間の判断が相互に作用しながら行われる事項が多く、通常グループとしての意志決定がなされる。

図2-10-5 小型ロボット群による原子力施設の協調的かつ自律的な保全作業システム

このような場合に直面する複雑な問題を解明し、解決するために、人文・社会科学的アプローチも適用した、人間の知的行動に関する研究を行う。

(オ)計算科学技術分野
 高速コンピュータによるシミュレーションなどにより、実験の計画・解析、材料や機器の設計・開発、原子力と地球環境との係わりに関するグローバルな影響の評価などを効率的に進めることができる。このように、研究開発の飛躍的な効率化・高度化や、現象を体系的に把握するための計算科学技術の推進が期待されている。

矩形状の高温超伝導体を貫く、観測困難な磁束渦糸構造の数値
シミュレーションによる推定例(矩形内の白い部分は超伝導状態
にあり、色が濃くなるほど磁束強度が強くなる)
図2-10-6 観測困難な磁束渦糸構造のシミュレーション

 

表2-10-6 原子力基盤技術開発の主な研究課題

分 野研  究  課  題実 施 機 関
放射線リ
スク評価
低減化
・放射線照射によるリンパ球の細胞死
 (apotosis)のメカニズムの解析およ
 びその回避因子に関する研究
国立公衆衛生院


・放射線及び化学物質による細胞障害
 機構の検討とリスクアセスメント系
 の開発「遺伝子改変動物におけるテ
 ロメア及びテロメアーゼの変化を指
 標にした研究
国立医薬品食品衛生研究所




・新たなDNA解析手法を応用した放
 射線突然変異の検出、解析技術の開
 発
 (原子力基盤技術総合的研究)

放射線医学総合研究所
国立感染症研究所
国立医薬品食品衛生研究所
国立国際医療センター
理化学研究所
・陸域環境における放射性核種の移行
 に関する動的解析モデルの開発
 (原子力基盤技術総合的研究)



放射線医学総合研究所
気象研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
国立環境研究所
理化学研究所
放射線ビ
ーム利用
先端計測
分析技術





・GC-AMS:加速器による生体中
、 環境中微量成分の超高感度追跡手
 法の開発
国立環境研究所


・放射線励起による量子作用の高効率
 検出技術に関する研究
電子技術総合研究所

・陽電子ビームの発生・制御技術
 の高度化に関する研究
 (原子力基盤技術総合的研究)


無機材質研究所
電子技術総合研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
理化学研究所
・高輝度放射光の先端利用のため
 の基礎技術の研究開発
 (原子力基盤技術総合的研究)


金属材料技術研究所
日本原子力研究所
無機材質研究所
電子技術総合研究所
理化学研究所
原子力用
レーザー


・高効率複合型レーザーの研究開発
理化学研究所
・原子力用レーザー実用化の研究
 開発
 (原子力基盤技術総合的研究)

電子技術総合研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
理化学研究所
原子力用
材料





・照射下での材料変形破壊に関する研
 究
金属材料技術研究所

・原子力用構造部材の非接触リモート
 モニタリング技術に関する研究
機械技術研究所

・セラミックス系多機能遮蔽材料の開
 発に関する研究
船舶技術研究所

・基盤原子力材料用データフリーウェ
 イ・システム利用技術に関する研究




金属材料技術研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
日本科学技術情報センター
計量研究所
船舶技術研究所
・複合環境用マルチコンポジットマテ
 リアルの開発
 (原子力基盤技術総合的研究)


無機材質研究所
金属材料技術研究所
物質工学工業技術研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
原子力用
人工知能


・原子力ロボットの実環境行動計画技
 術に関する研究
電子技術総合研究所

・自律型プラントのための分散協調知
 能化システムの開発
 (原子力基盤技術総合的研究)


電子技術総合研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
理化学研究所
船舶技術研究所
原子力分
野におけ
る人間の
知的活動
支援
・原子力施設における知的活動支援の
 方策に関する研究
 (原子力基盤技術総合的研究)


船舶技術研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団


原子力用
計算科学
技術



・原子力用構造物の巨視的/微視的損
 傷の計算力学的解析法の開発とその
 応用
 (原子力基盤技術総合的研究)
金属材料技術研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団
理化学研究所
・計算科学的手法による原子力分野の
 複雑現象の解明
 (原子力基盤技術総合的研究)
電子技術総合研究所
日本原子力研究所
動力炉・核燃料開発事業団


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